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3026  作者: Dar_3026
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26話 視線

 大学を出た樹が、駅へ向かって歩き始める。

 御影玲司は、その姿を少し離れた場所から眺めていた。

 目立たない位置。

 人の流れへ自然に溶け込みながら、周囲の様子を観察する。

 視線の先には、もう一組。

 監視役だ。

 昨日と同じ白いワゴン車。

 運転席には同じ男。

 少し離れた歩道には、スマートフォンへ視線を落とした若い男。

 互いに視線を交わすこともなく、一定の距離を保っている。

 訓練された尾行。

 一般人なら、まず気付かない。

 御影は小さく息を吐いた。

(やはり続けているか。)

 昨日から警戒はしていた。

 だから今日も見に来た。

 目的は一つ。

 この監視が、一時的なものなのか。

 それとも本格的なものなのか。

 その確認だった。

 そして今。

 監視は昨日より自然になっている。

 相手も素人ではない。

 少なくとも、経験者だ。



 樹はいつも通り歩いていた。

 大学で聞いた山城教授の話が、頭の片隅に残っている。

 企業。

 澪を調べる質問。

 研究ではなく、人を知りたがる相手。

 どれも妙だった。

 考えすぎかもしれない。

 そう思いながら信号で立ち止まる。

 ふと道路へ目を向けた。

 白いワゴン車。

(……さっきも見たような。)

 気のせいだろうか。

 信号が青になる。

 歩き出す。

 角を曲がる。

 また視界の端へ、同じ車が映る。

(偶然……かな。)

 前を見る。

 今度は向かいの歩道。

 スマートフォンを見ている男。

 歩く速度が、不自然なくらい一定だ。

 視線だけが、一瞬こちらへ向く。

 すぐにスマートフォンへ戻る。

 樹は歩みを止めない。

 ただ。

 胸の奥に、小さな違和感だけが残った。

(何だろう。)

 理由は分からない。

 証拠もない。

 なのに頭のどこかが、勝手に共通点を拾い始める。

 同じ車。

 同じ人物。

 一定の距離。

 視線を合わせない。

 見られている。

 ――いや。

 そうじゃない。

 そんなはずはない。

 自分で自分の考えを打ち消す。

 監視なんて、ドラマじゃあるまいし。

 考えすぎだ。

 そう結論付けても、違和感だけは胸に残り続けた。



 御影は、その様子を見て目を細めた。

(今……。)

 樹は尾行を探そうとはしていない。

 それでも顔の向きは自然に監視役を捉えていた。

 一人を見る。

 歩く。

 次を見る。

 また歩く。

 決して凝視しない。

 不自然さもない。

 だが。

 監視対象だけを、無意識に拾っている。

 偶然とは思えなかった。

(気付いた……?)

 いや。

 そんなはずはない。

 あの尾行は、相当慣れている。

 一般人が見抜けるレベルではない。

 監視の知識でも持っているのか。

 いや、それも違う。

 知識がある人間なら、あんな反応はしない。

 もっと周囲を確認する。

 もっと警戒する。

 あの青年には、それがない。

 ただ。

 まるで本能が先に反応しているようだった。

 御影は静かに口元を引き締める。

(……何者だ。)

 昨日までは、ただの一般人。

 その認識が、音もなく崩れていく。

 御影は樹の背中を見送りながら、胸の内でひとつだけ決めた。

(少し、見させてもらおう。)

 それは監視ではない。

 興味だった。



 夜風が少し冷たかった。

 澪は駅から住宅街へ続く道を、一人歩いていた。

 大学での出来事が頭から離れない。

 企業。

 山城教授の言葉。

 研究ではなく、自分を知りたがっていた相手。

(考えすぎ……だよね。)

 そう思おうとしても、不安は消えなかった。

 自宅まであと数十メートル。

 角を曲がった、その時だった。

「こんばんは」

 突然、背後から声が掛かった。

 澪の肩がびくりと震える。

 振り返ると、三十代半ばくらいの男が立っていた。

 スーツ姿。

 穏やかな笑顔。

 営業マンにも見える、ごく普通の男だった。

「白石澪さん、ですよね?」

 心臓が大きく鳴る。

「……どちら様ですか」

「少しお話を伺いたくて」

 男は名刺を差し出した。

 昨日、山城教授が話していた会社の名前。

 澪は名刺を見るだけで受け取らなかった。

「科学フェアの件で」

「先生からお話は聞いています」

 澪は一歩だけ後ろへ下がる。

「研究のことでしたら、大学を通してください」

 男は笑みを崩さない。

「もちろん、そのつもりです」

「ですが、少しだけ個人的にもお話を――」

「失礼します」

 澪は言葉を遮った。

「私は、お話しすることはありません」

 一礼すると、そのまま男の横を通り過ぎる。

 男は追い掛けてこない。

「……そうですか」

 静かな声だけが背中へ届く。

「また機会がありましたら」

 その言葉に、澪は返事をしなかった。

 早足で自宅へ向かう。玄関へ入る。鍵を閉める。

 ようやく息を吐いた。

 教授の言葉は、本当だった。

 本当に来た。

 家まで。



 少し離れた電柱の陰から、その様子を見ている男がいた。

 御影玲司。

 男と澪。

 二人のやり取りを最初から最後まで見届けていた。

 介入しようと思えば、できた。

 だが、しなかった。

 相手は接触を試みただけ。

 脅迫もない。

 暴力もない。

 現時点では、犯罪と断定できる行動は何一つない。

 ここで姿を見せれば、自分の存在まで知られる。

 この段階で姿を見せれば、相手はこちらの存在を警戒する。

 次に動く時、本当に見失うかもしれない。

 それは避けたかった。

(今日は様子見か。)

 御影は男の視線を追う。

 男は澪の家を確認すると、何事もなかったように歩き去っていく。

 その歩幅。

 歩く速度。

 周囲への視線。

(……素人じゃない。)

 組織立って動いている。

 そう確信するには十分だった。

 御影は男の特徴と時刻、立ち去った方向を手帳へ記した。

 今夜のうちに、上司へ報告する必要がある。

 静かな住宅街へ、男の影は消えていった。

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