↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3026  作者: Dar_3026
PR
23/60

23話 黒いセダン

 それから数日。

 御影は業務の合間を縫って、北日本科学大学の周辺へ足を運んだ。

 大学から少し離れた駐車場へ車を停める。

 歩いて構内の近くまで行く日もあれば、車内から人の流れを眺めるだけの日もあった。

 一日目。

 放課後になると、白石澪は大学へ姿を見せた。

 教授と言葉を交わし、そのまま研究棟へ入っていく。

 一時間ほどして建物を出ると、寄り道もせず帰っていった。

 二日目。

 同じ時間。

 同じ建物。

 同じ帰宅。

 変化はない。

 三日目。

 雨だった。

 傘を差した学生たちが足早に校舎を行き交う中、白石澪も静かに研究棟へ入っていく。

 教授と短く話し、夕方には大学を後にした。

 その姿は、ニュースで見た時と何も変わらない。

 目立たない。

 騒がない。

 必要以上に人と関わる様子もない。

 共同研究をしているとは思えないほど、ごく普通の高校生だった。

 四日目。

 御影は腕時計へ目を落とした。

 今日も収穫はない。

 資料でも。

 現地でも。

 何一つ不自然なものは見つからなかった。

 違和感だけが残る。

 それが、一番厄介だった。

 車へ戻ろうと踵を返す。

 その時だった。

 大学の正門から少し離れた場所に、一台の黒いセダンが停まっているのが目に入った。

 大学関係者でもなければ、送迎にも見えない。

 御影は足を止める。

 ――あの車。

 どこかで見た覚えがあった。



 翌日。

 御影は昨日と同じ駐車場へ車を停めた。

 大学へ向かう学生たちを横目に缶コーヒーを開ける。

 時計は午後五時を少し回っていた。

 放課後になると、白石澪は大学へ姿を見せる。

 教授と短く話し、そのまま研究棟へ入っていく。

 その姿を確認すると、御影は車のシートへ深く腰を預けた。

 空はゆっくりと茜色へ変わり始める。

 講義を終えた学生たちが正門から次々と出てくる。

 自転車を押す者。

 友人と笑いながら駅へ向かう者。

 迎えの車へ乗り込む者。

 いつもの大学だった。

 特別なことは何もない。

 御影は缶コーヒーを飲み干し、小さく息をついた。

「……今日も何もないか」

 そう呟いて車を降りる。

 空き缶を捨てようと歩き出した時、不意に一台の車が目へ留まった。

 黒いセダン。

 派手さのない、ごく一般的な国産車。

 目立つ特徴は何もない。

 それでも御影は歩みを止めた。

 昨日も、あそこに停まっていなかったか。

 大学の正門から少し離れた路肩。

 正門全体を見渡せる位置。

 人の流れへ紛れながらも、視界だけは確保できる場所だった。

 偶然かもしれない。

 そう思いながらも、御影は車体へ目を向ける。

 フロントガラス越しに運転席の人影が見えた。

 新聞を広げているようにも見える。

 助手席にも誰かいるらしい。

 だが、二人ともほとんど動かない。

 待ち合わせにしては長すぎる。

 営業車にしては荷物が見当たらない。

 御影は腕時計へ目を落とした。

 十分。

 二十分。

 三十分。

 黒いセダンは微動だにしなかった。

 やがて研究棟から白石澪が姿を現す。

 教授へ一礼し、駅の方向へ歩き始める。

 御影は黒いセダンへ視線を移した。

 動かない。

 そのまま澪は交差点を渡り、人混みへ消えていく。

「……違うのか」

 思わずそう呟く。

 やはり考え過ぎだったのかもしれない。

 そう思い、御影は自分の車へ戻ろうとした。

 その時だった。

 黒いセダンのブレーキランプが赤く灯る。

 静かに車道へ出ると、そのまま大学の前をゆっくり走り去っていく。

 御影は無言でその後ろ姿を見送った。

 澪を追うわけでもない。

 急ぐ様子もない。

 ただ、あまりにも自然にその場を離れていった。

 だからこそ、胸の奥の違和感だけが少し強くなる。

「……覚えておくか」

 御影は黒いセダンの姿を目に焼き付けると、自分の車へ戻った。



 翌日。

 御影が最初に確認したのは、白石澪ではなかった。

 昨日の黒いセダンだった。

 大学正門から少し離れた路肩。

 昨日と同じ場所。

 昨日と同じ向き。

 車はすでに停まっていた。

「……やっぱりか」

 御影はそのまま車を走らせ、少し離れた駐車場へ入れる。

 正門が見渡せる位置。

 こちらは見られにくい位置。

 仕事柄、そういう場所は自然と分かる。

 しばらくすると、黒いセダンの助手席から男が降りた。

 近くの自動販売機へ向かう。

 缶コーヒーを二本。

 戻る。

 助手席へ乗り込む。

 それだけだった。

 その間も運転席の男は一度も車を降りない。

 学生へ視線を向けることもない。

 スマートフォンを眺めることもない。

 ただ正門を見ていた。

 翌日。

 車はまた同じ場所にあった。

 だが、運転席の男が違う。

 助手席も違う。

 それでも停車位置は数十センチも変わらない。

 その翌日も同じだった。

 人は変わる。

 車は変わらない。

 停める場所も変わらない。

 御影はダッシュボードへ置いたメモ帳を開いた。

 日付。

 時刻。

 人数。

 簡単な特徴。

 必要なことだけを書き留める。

 偶然は三日続かない。

 四日続けば、それは意図だ。

 御影はペンを置いた。

「……監視か」

 その言葉は独り言だった。

 警察ではない。

 探偵でもない。

 素人でもない。

 無駄がなさすぎる。

 なら、誰が。

 何のために。

 その答えだけが見えなかった。



 黒いセダンは夜の市街地を静かに走っていた。

 信号で減速し、青になると滑るように走り出す。

 助手席の男がイヤホンを耳へ当て、小型の送信機を操作した。

「第二班、終了報告」

 すぐに応答が返る。

『報告してください』

「対象、本日通常行動。

 放課後、北日本科学大学へ移動。

 研究棟滞在後、帰宅。

 以上」

『接触者』

「確認なし」

『異常』

「なし」

 わずかな間が空く。

『監視を継続してください』

「了解」

 通信は切れた。

 助手席の男は送信機の電源を落とし、ダッシュボードへ戻す。

 しばらく車内は静かだった。

「次の交代は」

「明日の十八時」

「了解」

 それ以上、言葉は続かない。

 運転席の男は交差点を左折する。

 黒いセダンは他の車列へ紛れ、その存在はすぐに見分けがつかなくなった。

 街には無数の車が走っている。

 その一台が、誰かを見続けているなど、知る者はいない。

 そして彼らもまた、自分たちを見ている視線があったことには気付いていなかった。



 小さな会議室だった。

 壁際にはモニターが一台。

 机を挟み、向かい合うように二人が座っている。

「報告します」

 御影は一枚の資料を机へ置いた。

「対象・白石澪について、大きな変化はありません」

 上司は黙って続きを促す。

「ただし、大学周辺に不審な監視車両を確認しました」

「詳細は」

「黒色セダン一台。

 確認期間は四日。

 停車位置はほぼ一定。

 運転手のみ交代ではなく、乗員ごと交代しています」

 資料には時刻と位置が並んでいた。

「監視対象は」

「断定できません」

 御影は即答した。

「ですが、行動から判断する限り、白石澪を中心に動いています」

 部屋が静かになる。

 上司は資料を閉じた。

「監視対象が白石澪である保証は」

「ありません」

 御影は首を横に振る。

「現時点では推測を排除しています。

 事実として確認できたのは、大学周辺で継続的な監視活動が行われていることだけです」

 上司は小さく頷いた。

「……分かった」

 資料を机へ戻す。

「監視対象を変更」

 御影は顔を上げる。

「白石澪ではない」

 一拍置いて、上司は続けた。

「その連中を追え」

「了解しました」

 御影は静かに立ち上がる。

 ようやく相手が姿を見せた。

 その確信だけが、彼の中に残っていた。

 夕暮れ。

 御影は大学から少し離れた歩道に立ち、ゆっくりと視線を上げた。

 道路脇には、一台の黒い車。

 数日前から確認を続けている車両だった。

 運転席の男は前方を見据えたまま動かない。

 助手席の男が無線機を手に取る。

「こちら」

「対象に変化なし」

「監視を継続します」

 短い報告だけを終え、通信は切れた。

 やがて、一人の少女が大学の門から姿を現す。

 隣には、一人の青年。

 二人は何かを話しながら、駅の方へ歩いていく。

 十分な距離が開いたことを確認すると、黒い車は静かに動き出した。

 一定の距離を保ったまま、二人の後を追っていく。

 御影は黒い手帳を開き、時刻を書き込んだ。

 十八時二十分。

 対象車両、追尾開始。

 ペンを閉じる。

 追う相手は、白石澪ではない。

 あの黒い車だ。

 御影は一定の距離を保ったまま、その後を追った。

 黒い車は、自分たちを監視する存在がいることに、まだ気付いていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。