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3026  作者: Dar_3026
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21話 静かな変化

 夕方。

 研究室には、山城教授と澪、そして樹だけが残っていた。

 窓の外では、夕日が研究棟を赤く染めている。

 教授はコーヒーを三人分机へ並べると、静かに口を開いた。

「樹さん」

「一つ、お聞きしてもよろしいですか」

「はい?」

 樹はマグカップを手に取りながら答えた。

「君は、あの部品をどうやって思いついたんですか」

 樹は少し困ったように笑う。

「思いついたっていうか……」

「なんか、そうしたらできそうだったので」

 教授は静かに頷く。

「誰かに教わったんですか」

「いえ」

「本でしょうか」

「読んでません」

「論文は少し読んだことはありますけど、全然分かりませんでした」

 即答だった。

 教授は次の質問を続ける。

「では、なぜ作れるんですか」

 樹は少し考え込む。

「うーん……」

「完成したものが、なんとなく頭に浮かぶんですよ」

「だから、そのとおりに作ってるだけです」

「理由は分かりません」

 研究室に静かな沈黙が流れた。

 澪がゆっくりと口を開く。

「樹さん」

「設計図を見ているような感じですか」

「うーん……」

 樹は首を傾げる。

「設計図というより」

「完成した物を見てる感じです」

「だから途中はよく分からないんですよ」

 澪は教授を見る。

 教授も何も言わない。

 超断熱材。

 そして、エアコン。

 二度とも同じだった。

 理論を知らない。

 説明もできない。

 それでも作れてしまう。

 偶然。

 そう片付けるには、出来すぎている。

 教授はゆっくり息を吐いた。

「……予定どおり、この件は公表しません」

 樹が首を傾げる。

「やっぱりですか」

「ええ」

 教授は静かに頷いた。

「今の私たちには、説明できません」

「科学は、再現できるだけでは足りません」

「なぜそうなるのかを説明できて、初めて科学になります」

 樹は苦笑した。

「難しいですね」

「そうですね」

 教授も小さく笑う。

 そして、真剣な表情へ戻った。

「樹さん」

「これから先も、何か思いついたことがあれば」

「まず私に見せていただけませんか」

 樹は少し驚いたあと、笑って頷いた。

「それくらいなら。喜んで」

 教授も頷く。

「ありがとうございます」

 その笑顔とは裏腹に、教授の胸の中には一つの疑問だけが残っていた。

 樹は、なぜ作れるのか。

 その答えは、まだ誰にも分からない。

 山城雅人は、この日初めて理解した。

 自分が向き合うべきものは、一つの部品ではない。

 三雲樹という、一人の人間なのだと。



 数日後。

 駅前の喫茶店。

 昼下がりの店内では、テレビから昼の情報番組が流れていた。

『北日本科学大学が開発した新型超断熱材。その実用化に向けて、複数の企業が共同研究を開始しました』

 画面には見覚えのある研究室が映る。

 山城教授。

 その隣には澪の姿もあった。

「おい」

 向かいに座る誠が、テレビを指差した。

「また出てるぞ」

 樹はコーヒーを一口飲みながら画面を見る。

「あ、本当だ」

「本当だ、じゃねぇよ」

 誠は呆れたように笑う。

「お前、あの教授と知り合いなんだろ?」

「まあ」

「知り合いっていうか、お世話になってます」

「いやいや」

 誠は首を振る。

「普通の知り合いは、大学の研究なんか手伝わねぇから」

 樹は苦笑した。

「俺は手伝っただけだよ」

「教授と澪ちゃんがすごかっただけ」

 誠は腕を組む。

「本当かぁ?」

「絶対なんか隠してるだろ」

「隠してないって」

「俺、難しい話は全然分かんないし」

 誠は半信半疑のままコーヒーを飲んだ。

 テレビでは、研究成果の特集が続いている。

 省エネルギー。

 住宅。

 冷蔵庫。

 産業への影響。

 専門家たちが未来を語っていた。

 樹はぼんやりと画面を眺める。

「すごいことになってるなぁ」

 その一言だけだった。

 自分が、その始まりに関わっていたという実感はない。

 誠は肩をすくめる。

「まあ、お前は昔からそういうやつだよな」

「騒ぎの真ん中にいるくせに、本人だけ普通」

 樹は笑う。

「普通が一番だよ」

 窓の外では、夏の日差しが街を照らしていた。

 世界は少しずつ動き始めている。

 けれど。

 三雲樹の日常は、まだ何一つ変わってはいなかった。



 夕方。

 大学近くの路肩に、一台の黒い車が停まっていた。

 車内から、大学の正門を静かに見つめる視線。

 無線機を手に取る。

「こちら」

「対象に変化なし」

「監視を継続します」

 短い報告だけを終え、通信は切れた。

 やがて、一人の少女が大学の門から姿を現す。

 隣には、一人の青年。

 二人は何かを話しながら、駅の方へ歩いていく。

 十分な距離が開いたことを確認すると、車は静かに動き出した。

 一定の距離を保ったまま、二人の後を追っていく。

 夕暮れの街に、ブレーキランプだけが小さく揺れていた。

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