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3026  作者: Dar_3026
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13/62

13話 再現性

 静まり返った実験室に、電子音だけが響く。

 ピッ。

 ピッ。

 モニターには、一定間隔で数値が並び始めた。

 山城教授は画面へ目を向けたまま言う。

「記録開始」

 隣では佐伯が、ノートへ時刻を書き込んでいく。

 澪は何も言わない。

 ただ、食い入るようにモニターを見つめていた。

 樹も表示される数値を追う。

 少しずつ変化していく値。

 上昇量。

 時間。

 グラフ。

 理論式と照らし合わせるように、澪の視線だけが静かに動いていた。


 数分後。

 山城教授が口を開く。

「ここで一度止めます」

 装置が停止し、実験室に静けさが戻る。

 山城教授は記録されたデータを画面へ表示した。

 数十個の測定値が、整然と並んでいる。

 樹は眉をひそめた。

「……思ったより綺麗ですね」

 誠が首を傾げる。

「綺麗?」

「普通は、もう少しばらつくと思ってた」

 山城教授が頷いた。

「その認識で合っています。測定には必ず誤差があります」

「ですが、今回のばらつきは非常に小さい」

 佐伯も画面を覗き込む。

「科学フェアで見たデータと、かなり近いですね」

「ええ。まずは再現には成功しています」


 その一言で、実験室の空気が少し変わった。

 だが、山城教授はすぐに続ける。

「……とはいえ、まだ一回目です。この結果だけで結論は出しません」

「何度繰り返しても同じ結果になる。そこまで確認して、初めて信頼できるデータになります」

「一回だけなら、偶然かもしれない」

 樹の言葉に、山城教授は笑みを返した。

「その通りです」

 その時だった。

 黙っていた澪が、小さく口を開く。

「……もう一回」

 全員が彼女を見る。

 澪はモニターから目を離さなかった。

「同じ条件で、お願いします」

 山城教授はゆっくりと頷く。

「もちろんです」

 二回目、三回目。

 同じ手順で測定が繰り返されるたび、モニターには新しいグラフが描かれていった。

 樹は腕を組み、画面を見つめた。


 一回目と比べても、大きなずれは見えない。

 三回目の測定が終わると、山城教授は三つのデータを一つの画面へ重ねて表示した。

 実験室が静まり返る。

 時間変化。

 グラフの傾き。

 数値の誤差。

 山城教授は一つひとつを確かめ、やがて小さく息をついた。

「……一致しています」

 誰も言葉を返さない。

「三回とも、測定誤差の範囲内です」

「同じ条件では、一貫した結果が得られています」


 その一言で、部屋の空気が変わった。

 佐伯が感慨深そうに呟く。

「科学フェアで見たときも驚きましたが……」

「まさか、ここまでとは」

 山城教授は静かに頷く。

「ええ」

「研究室の設備で同じ結果が得られた以上、この現象は偶然とは考えにくいでしょう」

 樹はモニターへ目を向ける。

 そこに並んでいるのは、ただの数字だ。

 けれど、その数字をここにいる誰もが同じ意味で受け止めている。

 それが、何より大きかった。

 山城教授はゆっくりと澪へ向き直った。

「白石さん」

 澪も顔を上げる。

「科学フェアで発表されたときから興味は持っていました」

「ですが、今日で考えが変わりました」


 一拍置き、穏やかな口調で続ける。

「これは、一度の発表で終わらせるには惜しい研究です」

「さらに検証を重ねる価値があります」

 澪は少しだけ目を伏せ、小さく頷いた。

「……はい」

 それだけだった。

 それでも、その返事には確かな決意が感じられた。

 山城教授は笑みを浮かべる。

「ありがとうございます」

「さて」

 教授は全員を見回した。

「ここからが、本当のスタートです」

 実験を終えた一行は、隣の研究室へ移った。


 テーブルの中央には、先ほどまで測定していたデータが並んでいる。

 誰も席に着いてすぐには口を開かなかった。

 実験の熱気が、まだ部屋に残っているようだった。

 やがて山城教授が資料を閉じ、静かに口を開く。

「皆さん、お疲れさまでした」

 一人ひとりの顔を見渡し、小さく頷く。

「今回の検証で、一つだけ確かなことがあります」

「白石さんの理論は、この環境でも再現できました」

 樹は改めて、その言葉の重みを噛みしめる。

 科学フェアの一発勝負ではない。

 大学の設備を使い、同じ条件で繰り返しても、同じ結果が得られた。

 それは素人の自分でも、大きな意味を持つことくらいは分かった。

 山城教授は、そこで一度澪へ視線を向けた。

「ですが」

「実は、私にはもう一つ気になっていたことがあります」

 澪が顔を上げる。

「昨日も申し上げました」

「私は答えを知りたかったわけではありません」

「知りたかったのは――」


 一拍置く。

「どうして、その発想に至ったのかです」

 研究室が静まり返る。

 澪は少しだけ考え込み、小さく息を吸った。

「……思いついた、というより」

「ずっと違和感がありました」

「違和感?」

 教授が静かに聞き返す。

「教科書には、そう書いてありました」

「でも……」

「そうじゃない気がしたんです」

「だから、計算しました」

 それだけだった。

 樹は思わず口を開く。

「教科書を疑ったってこと?」

 澪はゆっくり首を横に振る。

「……違います」

「疑ったんじゃなくて」

「確かめたかっただけです」


 その言葉に、山城教授は静かに目を閉じ、小さく頷いた。

「なるほど」

「昨日から感じていた違和感は、それでした」

 教授は穏やかに笑う。

「白石さん」

「あなたは答えを覚える人ではなく、問いを立てる人なんですね」

「研究者にとって、それは何よりも大切な資質です」

 澪は照れたように視線を落とした。

 山城教授は改めて全員を見渡した。

「さて」

「三雲さんから先ほど質問がありましたね」

「本当に世界が変わるような話なのか、と」

 樹は少し照れくさそうに頷く。

「はい」

「正直、そこまで大きな話なのか、まだ実感がなくて」


 山城教授は椅子にもたれ、静かに話し始めた。

「科学には、大きく分けて二種類の研究があります」

「既にある技術を改良する研究」

「そして――前提そのものを書き換える研究です」

 樹も誠も、黙って耳を傾ける。

「例えば、自動車の燃費を一割改善する」

「これは社会にとって価値のある研究です」

「ですが、自動車そのものが必要なくなる移動技術が生まれたらどうでしょう」

 誠が小さく息をのむ。

 山城教授は続けた。

「蒸気機関」

「電気」

「半導体」

「インターネット」

「生成AI」

「これらは便利な技術ではありません」

「社会の前提を変えた技術です」


 部屋が静まり返る。

「白石さんの理論が、もし今後の検証でも成立するなら」

「影響は一つの分野では終わりません」

「エネルギー」

「医療」

「輸送」

「通信」

「製造」

「現在の技術体系そのものを見直す必要が出てくるでしょう」

 樹は思わず呟いた。

「……そんなに」

「はい」

 山城教授は静かに頷く。

「もちろん、今日の実験だけで結論は出せません」

「実用化できる保証もありません」

「ですが」


 一拍置く。

「もし実用化まで辿り着けば――」

 教授は穏やかに微笑んだ。

「教科書を書き換える程度では済まないでしょう」

 その場にいた誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 沈黙を破ったのは、澪だった。

「……まだです」

 全員が澪を見る。

「まだ、分からないことがたくさんあります」

「今日分かったのは、再現できたということだけです」

「だから、もっと調べたいです」

 山城教授は満足そうに頷く。

「ええ」

「その言葉を聞いて安心しました」

「大学としても、この研究を正式に支援したいと考えています」

「今日からは、一つの研究として進めていきましょう」

 佐伯は安堵したように息をついた。

 誠は樹の肩を軽く叩く。

「とんでもないことに付き合っちゃったな」

 樹は苦笑しながら頷く。

「ああ」

「でも、ここからなんだろうな」


 研究室の窓から差し込む午後の日差しが、テーブルに広げられたデータを照らしていた。

 その紙の上に並ぶ数字は、まだ誰にも未来を語ってはいない。

 だが、この日を境に。

 世界は静かに、動き始めようとしていた。

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