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3026  作者: Dar_3026
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14話 研究の余波

 研究室を出ると、廊下には夕日が差し込んでいた。

 窓ガラスを橙色に染める光が、昼間とは違う静けさを感じさせる。

 エレベーターで一階へ降り、大学の正面玄関を抜ける。


 外へ出ると、昼間の暑さは少し和らぎ、心地よい風が吹いていた。

 佐伯が振り返る。

「今日は本当にお疲れさまでした」

 誠が軽く伸びをする。

「いやぁ、緊張しましたよ」

「俺なんて何もしてないのに、胃が痛くなりそうでした」

 その言葉に、皆が小さく笑った。

 山城教授も柔らかく目を細める。

「それだけ真剣だったということでしょう」

「今日は皆さんのおかげで、有意義な時間になりました」

 教授は澪へ向き直る。

「白石さん」

「また連絡します」

「次回は、今日のデータを基に今後の検証方法を相談しましょう」

 澪は少しだけ緊張した表情で頷く。

「……はい」

 それでも以前より、返事ははっきりしていた。


 教授と佐伯は大学へ戻っていく。

 残ったのは、樹と誠、そして澪だった。

 一瞬、静かな時間が流れる。

 澪は二人へ向き直り、小さく頭を下げた。

「……今日は」

 少し言葉を探してから続ける。

「ありがとうございました」

 樹は照れくさそうに頭をかく。

「いや、礼を言われるようなことはしてないよ」

「俺は見てただけだし」

 澪は首を横に振った。

「……見てくれて」

「うれしかったです」

 その一言だけ言うと、また小さく頭を下げる。

 樹は思わず苦笑した。

「また何かあったら呼んでよ」

「見学くらいなら喜んで行くからさ」

 澪は少しだけ口元を緩めた。

「……はい」

 ほんのわずかだった。

 けれど、それは樹が初めて見る、自然な笑顔だった。

「じゃあ、また」


 澪は駅とは反対の道へ歩き出す。

 小柄な背中が夕日に照らされ、やがて人混みの中へ溶け込んでいった。

 誠がその後ろ姿を見送りながら笑う。

「最初に会ったときより、だいぶ話せるようになったな」

「ああ」

 樹も頷く。

「少しずつだけどな」

 誠は大きく伸びをする。

「さて、俺たちも帰るか」

「腹減った」

「結局、それか」

 二人は顔を見合わせて笑った。


 大学を背に歩き始める。

 空はすっかり夕焼け色に染まり、一日の終わりを告げていた。

 今日起きた出来事を思い返しても、まだどこか現実味がない。

 大学で実験をして。

 教授に評価されて。

 研究を続けることになった。

 そんな一日だった。

 樹は肩の力を抜き、ゆっくり息を吐く。

「……明日はゆっくり寝よう」

 誠が吹き出した。

「お前らしいな」

 二人の笑い声は、夕暮れの街へ静かに溶けていった。



 研究室には、空調の低い音だけが響いていた。

 窓の外はすっかり暗くなり、学内を歩く学生の姿もほとんどない。

 机の上には、今日の測定結果が並んでいた。

 三回分のデータ。

 条件一覧。

 実験手順。

 そして、白石澪が科学フェアで発表した資料。

 山城教授は椅子に腰掛けたまま、もう一度すべてに目を通す。

 確認するたびに、結論は変わらない。

 再現できている。

 しかも偶然とは考えにくい精度で。

 教授は眼鏡を外し、静かに目を閉じた。

「……高校生、ですか」

 思わず漏れた独り言だった。

 長年研究に携わってきた。

 優秀な学生も、若い研究者も数多く見てきた。

 だが、今日目の前で見たものは、その経験則では測れない。

 机の上の資料へ視線を戻す。

「このまま研究室だけで抱えるべきではありませんね」


 パソコンを開く。

 メールソフトを起動し、新規作成を選ぶ。

 宛先には、共同研究を続けてきた数名の研究者の名前。

 大学も専門も、それぞれ異なる。

 それでも、山城教授が信頼を寄せる相手ばかりだった。

 件名を入力する。

『検証結果について(至急・共同検証のお願い)』

 本文は簡潔だった。

 今日の実験概要。

 再現性を確認したこと。

 そして。

 可能であれば、第三者による独立検証をお願いしたいこと。

 添付ファイルに今日の測定データを追加する。

 送信ボタンの上で、指が止まる。

 慎重になるのは当然だった。


 もし自分たちが見落としている要因があるなら、今のうちに洗い出さなければならない。

 逆に。

 他の研究室でも同じ結果が得られたなら。

 教授は小さく息を吐いた。

「……それなら」

 もう迷いはなかった。

 マウスをクリックする。

 送信完了。

 画面の隅に、小さな通知が表示された。

 それだけだった。


 研究室は再び静寂に包まれる。

 山城教授はモニターに映る送信履歴を静かに見つめた。

「さて」

 そう呟くと、教授は椅子から立ち上がり、研究室の照明を消した。

 廊下へ漏れる光が消え、静かな夜が戻る。

 残されたのは、送信済みのメールが一通。

 そして、その先に広がる、まだ誰も知らない未来だった。

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