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3026  作者: Dar_3026
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12話 大学での検証

 北日本科学大学の研究棟は、月曜日の朝らしい静かな活気に包まれていた。

 白衣姿の学生が測定器を運び、廊下の先では教授同士が立ち話をしている。

 佐伯は研究室の扉に書かれた「応用材料工学研究室」のプレートを見上げ、小さく深呼吸した。

 コンコン。

「失礼します」

「どうぞ」


 扉を開けると、資料から顔を上げた山城が穏やかに微笑んだ。

「佐伯先生。先日はお疲れさまでした」

「山城先生も」

 山城は椅子を勧める。

「先日の続き、でしょう?」

 佐伯は少し驚いたように笑った。

「話が早くて助かります」

「先日の白石さん」

 山城はコーヒーカップを手に取りながら続ける。

「いい研究でした」

「ええ」

「ですが」

 二人の視線が自然と重なる。

「最後の質問は、もっと興味深かった」

 佐伯も静かに頷いた。

「私も同じです」

「あの後、三雲さんと白石さん、それに朝倉さんも交えて少し話をしました」

「机の上だけでは結論は出ませんでした」

 山城は腕を組む。

「実験が必要、と」

「はい」

 佐伯は姿勢を正した。

「お願いがあります」

「大学の設備をお借りできないでしょうか」


 研究室が静かになる。

 山城は少し考えるように視線を落としたあと、小さく笑った。

「もちろん構いません」

 即答だった。

「ありがとうございます」

「ただ、一つ条件があります」

 佐伯は顔を上げる。

「私も立ち会わせてください」

「昨日のやり取りを見ていて思いました」

「答えを知りたいんじゃない」

「どうして、その発想に至ったのかを知りたいんです」

 佐伯は安心したように笑った。

「きっと三雲さんも喜びます」

「では日程を調整しましょう」

「よろしくお願いします」



 打ち合わせを終え、佐伯は研究室を後にした。

 廊下へ出ると、胸ポケットからスマートフォンを取り出す。

 連絡先を開き、『三雲 樹』を選択する。

 呼び出し音が二回鳴った。

『もしもし』

「三雲さん、佐伯です」

『こんにちは』

「大学の設備、お借りできることになりました」

 一拍置き、少しだけ声が弾む。

「山城先生も立ち会ってくださいます」

「ご都合のいい日はありますか」

 電話の向こうが一瞬静まり返る。

『……本当に借りられたんですか?』

 思わず笑みがこぼれた。

「ええ」

「いよいよ検証できますよ」



 電話を切ると、しばらくスマートフォンを見つめたまま動けなかった。

「……マジか」

 思わず声が漏れる。

 大学の設備。

 しかも山城教授まで立ち会う。

 先日の控室では「そんなことになったら面白いですね」と笑っていただけだった。

 まさか、本当に実現するとは思っていなかった。

 樹は頭をかきながら苦笑する。

「行動、早すぎないか」

 先日出会ったばかりだ。

 それなのに、もう大学で実験をする話になっている。

 机の上に置かれたメモ帳を開く。

 昨日書き留めた走り書き。

『熱が逃げる』

『逃げない』

『前提』


 たった数語だけなのに、不思議と気持ちが高ぶる。

「もし、本当に違ったら……」

 そこまで考えて、首を振った。

「いや」

「だから検証するんだ」

 自分に言い聞かせるように呟く。

 思いつきと事実は違う。

 頭に浮かんだから正しいとは限らない。

 だからこそ、確かめる価値がある。


 樹は連絡先を開き、『朝倉 誠』をタップした。

『おう』

 電話はすぐに繋がる。

「大学、決まった」

『……は?』

「設備、貸してくれるって」

 一瞬、沈黙が流れる。

『マジで?』

「マジ」

『昨日の今日だぞ?』

「俺もびっくりしてる」

 電話の向こうで誠が笑った。

『相変わらず、お前は変なことに巻き込まれるな』

「巻き込んでる自覚はないんだけど」

『ある意味、一番タチ悪いな』

 二人とも笑う。

『で、いつ行く?』

「先生からは都合を聞かれた」

「誠、休み取れそう?」

『有給なら何とかなる』

 即答だった。

「ありがとう」

『いや』

 誠は少しだけ真面目な声になる。

『俺も気になるんだよ』

『あの高校生の研究も』

『お前の言ったことも』

『あれが本当に証明できるのか』


 樹は窓の外へ目を向けた。

 雲ひとつない青空が広がっている。

「俺も」

「だから、見に行こう」

『了解』

 短いやり取りで電話は終わった。

 樹は静かにスマートフォンを机へ置く。

 大学。

 研究室。

 実験設備。

 昨日までは、自分とは無縁の世界だった。

 それが今は、自分を待っている。

「さて」

 小さく笑う。

「面白くなってきた」



 数日後。

 約束の時間より少し早く、樹と誠は北日本科学大学の正門をくぐった。

 夏の日差しを受けたキャンパスには、学生たちの笑い声が響いている。

 講義へ向かう者、ベンチで談笑する者、ノートを片手に足早に歩く者。

 それぞれが自分の目的へ向かって動く光景は、どこか眩しく映った。

「大学なんて久しぶりだな」

 誠が辺りを見回しながら呟く。

「俺は修理の仕事で来たことはあるけど、こうして歩くのは初めてかもしれない」

 樹も周囲を見渡す。

「なんか場違いな気がするな」

「それは俺も同じだ」


 二人は苦笑しながら歩き出した。

 スマートフォンに表示された佐伯からの案内を頼りに研究棟へ向かうと、入口で一人の男性が手を振っていた。

「三雲さん、朝倉さん」

「佐伯先生」

 佐伯は穏やかに微笑む。

「お待ちしていました」

「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。準備は整っています」

 研究棟へ足を踏み入れると、空気が少し変わる。

 廊下のガラス越しには白衣姿の学生たちが忙しく動き、部屋ごとに見慣れない装置が並んでいる。

 樹は思わず足を止めた。

「本当に研究室なんですね……」

「ええ」

 佐伯は頷く。

「ここでは毎日、いろいろな研究が行われています」

 エレベーターで上階へ上がり、一つの研究室の前で佐伯が扉を開いた。

 中には、白石澪が一人、静かに立っていた。

 こちらに気付くと、小さく会釈をする。

「……こんにちは」

「こんにちは」

 樹も軽く頭を下げる。

 誠は澪を見て少し笑った。

「今日はちゃんと顔を上げてるじゃん」

 その一言で、澪の肩がぴくりと震えた。

 一瞬だけ誠を見る。

 しかしすぐに視線を落とし、何も言えなくなってしまう。


「……」


 小さく会釈をするのが精一杯だった。

「あ、ごめんごめん」

 誠は慌てて両手を振る。

「からかったわけじゃないんだ」

 澪は小さく首を横に振るだけだった。

 その様子に樹は少しだけ頬を緩める。

 やっぱり、人付き合いは得意じゃないらしい。

 そのとき、研究室の奥から穏やかな声が聞こえた。


「皆さん、お揃いですね」

 一人の男性が歩み寄ってくる。

 白衣をまとい、柔らかな笑みを浮かべたその姿には、不思議と人を安心させる雰囲気があった。

「初めまして。山城です」

 樹は一歩前へ出る。

「三雲樹です」

「朝倉誠です」

 澪も静かに頭を下げた。

「……白石澪です」

 山城は全員を見渡し、満足そうに頷く。

「今日は、答えを出す日ではありません」

「皆さんで確かめる日です」

 その言葉だけで、この場の空気が少し引き締まる。

 山城は研究室の奥へ視線を向けた。

「準備はできています」

「どうぞ、こちらへ」


 樹たちは後に続いた。

 ガラス越しに見える測定装置。

 整然と並んだ分析機器。

 名前も分からない実験装置が所狭しと並んでいる。

「……すげぇ」

 思わず漏れた声に、誠も静かに頷いた。

「ここなら、本当に答えが出せそうだな」

 山城は実験室の扉を開き、振り返る。

「それでは」

「始めましょうか」

 実験室へ入ると、空気が変わった。

 先ほどまでの研究室とは違う。

 中央には大きな実験台が並び、壁際には測定器や電源装置、モニターが整然と配置されている。

 金属と薬品が混ざったような独特の匂いが鼻をかすめた。

 樹は思わず辺りを見回す。

「……本物だ」

 誠が苦笑する。

「研究室なんだから当たり前だろ」

「いや、修理の仕事で大学には来たことあるけど、実験室に入るのは初めてなんだ」

 興味を隠しきれず装置へ近づこうとすると、山城教授が穏やかに声を掛けた。

「気になるのは分かりますが、まずは説明からにしましょう」

「あ、すみません」

 樹は苦笑しながら一歩下がった。

 山城教授は実験台の前へ立ち、全員を見渡す。

「では始めましょう」

 静かな声だったが、不思議と部屋全体が引き締まる。

「今日の目的は、白石さんの理論が正しいと証明することではありません」

 一拍置いて続ける。

「誰が、どこで、何度行っても同じ結果が得られるか。それを確認することです」

 樹は自然と頷いていた。

 まさに、自分が知りたかったことだった。

 山城教授は続ける。

「検証とは、信じることではありません。疑い、その上で確かめることです」

 その言葉に、佐伯も静かに笑みを浮かべた。

「学校では、ここまでの設備はありませんからね。今日は私も勉強させてもらいます」


 山城教授は実験台の上へ資料を広げた。

「今回は、科学フェアで白石さんが発表した条件を、そのまま再現します。変更は一切加えません」

 澪は静かに頷く。

「……はい」

「もし条件に違いがあれば、その時点で比較になりませんからね」

 教授の説明に、樹が手を挙げた。

「一つ、いいですか」

「どうぞ」

「測定条件は全部固定ですよね?」

「室温とか電源電圧とか、そういうものも含めて」

 山城教授は満足そうに微笑んだ。

「良い質問です。

 もちろんです。室温、湿度、入力電圧、測定時間。記録できるものは全て記録します。

 再現性を確認する以上、条件は揃えなければ意味がありません」

「ですよね」

 樹は納得して頷いた。

 誠が小さく笑う。

「お前らしい質問だな」

「気になるんだから仕方ないだろ」

 そのやり取りを見て、山城教授も穏やかに笑った。

「そういう視点は大切ですよ。研究では、『なぜ』を疑える人ほど伸びます」


 澪は装置の前へ歩き、慎重な手つきで部品を固定していく。

 動きに迷いはない。

 科学フェアで見たときよりも落ち着いて見えた。

 佐伯がそっと見守る。

「落ち着いていますね」

「ええ」

 山城教授も頷く。

「緊張はしているでしょうが、手元はぶれていません」

 やがて配線が終わり、測定器の表示が一つずつ点灯する。

 室内から会話が消えた。

 聞こえるのは機器の小さな駆動音だけ。

 山城教授は全員の顔を見回した。

「準備完了です」

「それでは、最初の測定を始めます」

 教授の指が電源スイッチへ伸びる。

 カチッ。

 静かな音とともに装置が動き始めた。

 全員の視線が、モニターへ集まる。

 ゆっくりと、一つ目の数値が表示された。

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