〈9〉苛立ち
海斗は苛ついていた。この数日間、冴子の携帯に電話しても一向に出ないのだ。メールを出しても音沙汰なし。海斗は冴子と連絡が全く取れなくなっていた。
「畜生!なぜ冴子は出ない?何かあったのか?」
海斗は、衝動にかられて、思わず冴子のマンションに行く。しかし、そこにも冴子はいなかった。
「一体、何がどうなってるんだ!どこにいけば冴子に会える?」
海斗は、考え、ふと思った。
「こうなったらジムに行くしかないな。そこなら冴子に会うことが出来る筈だ」
しかし、冴子がインストラクターをしているスポーツジムに行っても冴子には会えなかった。スポーツジムの受付の人の話では、冴子は体調を崩して、しばらく休むと連絡があったとのことだった。海斗はそれを聞いて思わずジムの受付の人にやつ当たるように言った。
「なら一体どこで休んでるっていうんだよ。俺はここに来る前に冴子のマンションに行ったんだぞ!一体いつから冴子は休んでるんだ!」
海斗は見境もなく受付の人に怒鳴った。するとそれを見かねたスポーツジムの会員の主婦が海斗に言った。
「冴子さんなら、先日、彼氏と一緒に出て行くのを見かけたけど、それ以来かな、冴子さん休んでいるのは。何かあったんじゃないの」
「彼氏?冴子の彼氏は俺だよ!俺は冴子に会ってないぞ」
主婦は海斗の反論に強気で答えた。
「そんなこと私に言ったって知らないわよ。私はただ手を繋いで、楽しそうに走っているところを見ただけだから。あとは冴子さんに聞きなさいよ!」
海斗は、怒りを押さえながら、何も言わずにスポーツジムを後にした。
そして、次の日、海斗は会社の同僚で友人の吉沢敦と昼食をとった後、テラスで珈琲を飲んでいた。そして、海斗は吉沢に冴子のことを愚知た。
「全く電話ぐらい出ろっていうんだよ!ほんと腹立つわ!大体、付き合っていても、なんかノリ悪いしよ。俺のことがイヤならイヤだって、ハッキリ言えばいいんだよ。なんなんだよ、あの女は!ほんとむかつくわ。こんな扱いされるの、生まれて初めてだよ!」
吉沢は、海斗を宥めるように、
「まぁ、そうカッカするなよ。将来総理になる男なんだろ?お前の親父さんだって、こないだの選挙、失言がもとで苦戦したじゃないか。こんなことぐらいで熱くなっているようじゃ、永田町の俗物どもを手玉にとることなんて出来ないぞ」
「言ってくれるな」
「まぁ、冴子さんとは、はじめから相性が合わなかったのかもしれない。そう考えた方がいいんじゃないか?お前には冴子さんのような人よりもっと他の人の方がいいのかもしれないぞ。ほら、あの子なんてどうだ。前に紹介した七尾さやかちゃんは?可愛かったじゃないか。それに、あの子、お前に気がありそうだったし。お前だってああいう子、別に嫌いじゃないだろ。可愛し、癒し系でスタイルもいいし、いうこと無しだろ?あんな子と付き合えるなら俺が変わりに付き合いたいぐらいだよ」
吉沢は笑った。
「まぁ、確かに見た感じは癒し系で、可愛いとは思ったよ。でも、冴子とは違うな。それに俺はああいう肉っぽいタイプよりスレンダーの方が好きだな」
「肉っぽい言うな!グラマーと言え」
海斗は笑った。
「でも、あの子なら海斗から電話があっても、足蹴にするような子じゃないよ。そんな子じゃないよ」
「気配りが効きそうな感じはしたけどな」
「この際、付き合ってみたらどうだ?ああいう子の方が海斗には案外いいかもよ。冴子さんのようにヤキモキさせられることもないだろうし。どうだ、政界のプリンス、可愛いシンデレラと一夜の、夢のひとときでも過ごして見たら?」
吉沢は芝居がかって、さも目の前にさやかがいるかのように手を広げて、そして抱きしめ、そして、唇を尖らせてキスするような仕草をした。そんな吉沢のふざけた芝居を見て、海斗は笑いながら言った。
「おい、なんだか心配だなぁ」
「何が」
「俺が選挙に出る時は、お前に選挙ポスターのキャッチフレーズ、頼むって言ってたよな」
「お、任せとけ」
「ほんと、選挙に冗談はいらないからな。いっぱしのコピーライターになってくれよ」
吉沢は自信満々に言った。
「大丈夫だよ。キャッチフレーズがそのまま流行語になるよ」
海斗は鼻で笑った。
吉沢敦は会社である程度名声を得てから、将来はコピーライターとして独立して自分の会社をもちたいと思っていた。そこは政治家になるまでの単なる腰掛けと思っている海斗とは違っていた。
「ほんと、ここ数日、冴子に振り回されて、もうホトホト疲れたよ・・・。でも、あの子ならこの疲れを癒してくれるかもしれないな。この溜まりに溜まったフラストレーションを晴らすには、格好の相手かもしれない」
海斗は、つくづくそう思った。それを聞いた吉沢は考え深げに言った。
「羨ましいねぇ~、ほんとモテる男は。将来も保証されていて、なんの心配もなく前途洋々じゃないか」
「冴子のことに関しては違うけどな」
「贅沢言うな。合う合わないというのはあるさ。お前と冴子さんは相性が合わなかったんだよ。そう思えよ」
海斗はイスに座りながら背伸びをして、
「じゃぁ、あの子と合うかどうか、会ってみるか」
吉沢はニヤニヤしながら言った。
「なに?何処で会うんだよ。ホテルでか」
「それも悪くないな」
海斗は冗談めかしに言って笑った。そして、吉沢に言った。
「とりあえず、合コンのセッティング頼む。すんなり入っていけるように、きっかけは必要だからな」
「はいはい、わかりました。未来の総理大臣閣下殿。ちゃんと高級料亭をご用意しておきます」
二人は笑った。
その会話をキューピッドとして聞いていたミカリは、海斗に失望した。そして、ただ、さやかの好きな人に金の矢を撃てばいいと思った己の未熟さ、浅はかさを恥じた。
そして、その様子をグラシアーノも見ていた。グラシアーノは新人ではあるが同じキューピッドでもあるミカリにも悟られぬよう気配も殺していた。そして、海斗たちの会話を聞いて好感触を受けた。そして内心思った。
〈さて、ロマン派期待のひよっ子ちゃん、これからどう出るのかな?少しは俺を楽しませてくれよ〉
グラシアーノは、不敵な笑みを浮かべた。




