〈23〉素質
ミカリは、キュートピアから堕天して、人間界に人の姿として、キューピッドが人になりすます時の姿として、色白の美少年として、人間界に降りた。そして、ジャックマンことミカリの行動は早かった。それは自分の能力に疑いを持っていたからだ。自分の能力というものに。ロビアン先生が期待していたほどの素質があるのかということに。しかし、その疑いはすぐ晴れた。普通のキューピッドなら、キューピッドの矢が放たれた人間と、そうでない人間の区別ぐらいはつく。しかし、わかるのはそこまでで、誰が放った矢なのか?鏃を見抜くことは熟練されたキューピッドでさえ体得できる能力ではなかった。そうでなくてもキューピッドの能力の低下が叫ばれる中、今、鏃を見抜くことが出来るキューピッドは、五大老のほかに、ロビアン、そして友人でロマン派のマクシミリアンとロマン派の長、アルバリヨーク、そして、サンタローザの愛弟子で、あの狡猾なグラシアーノぐらいなものである。しかも、みなはじめから見えたのではない。経験を積んで能力を開眼させたのであった。しかし、ミカリは違っていた。ミカリには既に見えるのだ。人に撃ち込まれた矢が一体誰のものか、そして、思った。
〈わかる。僕にはわかる。人に撃ち込まれた矢が、一体誰が放った矢なのか、僕には見える。はっきりと、鏃が見える〉
ミカリは、体の中から自信が漲ってくるのを感じていた。
〈僕には出来る。なんだって出来る〉
そして、ミカリは緑が生い茂る森林公園を歩いていると、目の前に、芝生の上でくつろいでいる三十代のカップルが目に入った。男はスポーツ新聞の競馬欄を熱心に読んでいた。女は愛犬とボール遊びをしていた。そして、女の胸にキューピッドが放った鏃が見えた。その矢は金の矢で、鏃は現実派の紋章が入っていた。ミカリは思った。
〈なるほど。女に金の矢を放って、男と結びつけたのか。弓も矢もない僕に、キューピッドが放った金の矢から、あの女の心を奪うことが出来るのだろうか?〉
ミカリは立ち止まって、女を見ていた。すると、ミカリの足下にボールが転がって来て、ミカリはボールを拾うと、女の愛犬がミカリにじゃれついてきた。すると、女が慌ててミカリの方に駆け寄ってきた。
「スミマセン。ほら、ロブ、やめなさい」
女は愛犬ロブを捕まえようとするも、ロブがミカリの周りを回るので、捕まえることが出来ない。すると、ロブがミカリのもつボールめがけて跳ねた時に、ミカリは、「こら!」といって、ロブを抱き留めた。
女は、「スミマセン」と言って、会釈した。
ミカリは、ロブを抱きしめたまま女に尋ねた。
「ロブというんですか?」
「ええ」
「かわいい名前ですね」と、ミカリはロブを抱きながら、ミカリは女を見つめた。そして、瞳の奥底にキューピッドの鏃を見た。ミカリは女を見つめたまま、瞳の奥に見えるキューピッドの鏃を視線だけで破壊した。そして、そのまま女のハートを眼差しだけで射抜いた。女はすっかりミカリの虜になってしまった。ミカリは女の愛犬ロブを抱えたまま、
「このままドライブにでも行きませんか?」
「はい」と、女はミカリに見とれ、そしてミカリの腕をつかんで、二人はその場から立ち去った。暫くしてから、女の彼氏は、スポーツ新聞の競馬欄から目を離した。すると自分の彼女がいないことに気がつき、男は立ち上がってあたり見回しながら叫んだ。
「おい、鞠子!」
しかし、返事はかえってこなかった。もう女はミカリと一緒に去ってしまった後だったのだ。
これがミカリがはじめて、自分の能力を試し、現実派が結びつけたカップルから女をジャックし、そして、破壊したのだった。ミカリには、もう弓も矢もなくとも、眼差しだけでキューピッドの放った金の矢さえも破壊し、男から女を奪うことが出来ることを知ったのだった。
〈もう、自分には矢など必要ない。眼差しだけで、何もかもジャックすることが出来る〉
ミカリは、自分の能力の有り様をしり、ほくそ笑んだ。
それからのミカリは大胆だった。現実派が結びつけたカップルを見るや、そのカップルの間に、何の気兼ねもなく、堂々と割って入った。それは見ようによっては男を挑発するかの如く。そのとき、男は必ず、ミカリを威嚇してくるので、ミカリは、こう答えた。
「人の女をジャックする。略奪愛の使者、ジャックマン」
この人をなめきったフレーズが、女をジャックする前の合い言葉になっていた。そして、男は女をミカリに奪われ、現実派のキューピッドが結びつけた恋は、無惨に破壊されるのだった。そして、ミカリは現実派が結びつけたカップルを次から次へと破壊していった。




