〈22〉堕天
翼のないキューピッドが天界にあるキュートピアから人間界に堕天する、即ち、降りる方法は2つしかない。1つは天界からの追放処分を受け堕天させられる方法。そして、もう1つは自らキューピッドとして生きる道を捨て、天界を捨て、自ら堕天する方法の2つである。マクシミリアンはその後者をミカリに迫ろうとしているのだ。
ミカリはキュートピアで、あの時の自分のとった選択を、行動を、走馬燈のようにずっと思い返していた。そして、結局、最後は自分を責めた。そして、自分の能力を自ら否定した。いや、否定することで自分が七尾さやかに見た闇が、単なる思い過ごしだったと思うと安心できるのだった。
ミカリは、若くしてすでに世捨て人のような生活をキュートピアで送っていたのだった。見せしめであろうと、誰に中傷されようと、ミカリはいっこうに気にならなかった。今はただ誰の干渉も受けたくなかった。それはロビアンの親友のマクシミリアンでさえも例外ではなかった。そして、ミカリはマクシミリアンに言った。
「このままそっとしておいてくれませんか?僕はどんな陰口を叩かれようと別になんとも思っていませんから」
しかし、それをマクシミリアンが許さなかった。
「ミカリ、お前はこのまま、見せしめのままでも耐えられるかも知れないが、お前のついた人間、七尾さやかはどうだ?七尾さやかはいいのか?彼女の人生自体が教材なんだぞ、見せしめなんだぞ」
ミカリは、微笑み、ゆっくりと首を横に振って、健やかな表情で言った。
「彼女には幸せな人生が待っていますよ」
ミカリの健やかな表情とは対照的にマクシミリアンの表情は険しかった。そして、マクシミリアンは言った。
「お前は彼女の将来に闇を見たんじゃないのか?」
ミカリは、顔色変えることなく、穏やかな表情で言い返した。
「あれは僕の思い過ごしです。初うちのプレッシャーに押しつぶされて、幻覚を見たんです」
マクシミリアンはミカリに詰め寄る。
「それは違う!お前は確かに闇を見たんだ。それは間違いない。だから人間である彼女が、お前と一緒に、新人のキューピッドたちの教材になっているんだ!お前だってそうだろう、ミカリ。お前だって七尾さやかの人生を教材にしているんだろ。だから、七尾さやかが辿る人生を見ているんだろ?違うか?」
ミカリの表情は変わらなかった。しかし、何も言い返せなかった。
「ミカリ。お前の選択は間違ってはいなかった。お前は、現実派の指導者、サンタローザの手下のグラシアーノに陥れられたのだ。それで何もかも全てが狂ったのだ」
ミカリは、まるで言いたいことを押し殺しているかのように黙ったまま目を瞑った。
「ミカリ。お前が見せしめで構わないのならそれでいい。しかし、人間である七尾さやかまで見せしめになっているんだ。お前が取り付いたおかげでな!」
マクシミリアンは声を荒げてミカリを突き放すように言った。
ミカリは閉じた目を見開いて、語気を強めて言った。
「僕はただ、僕も彼女もそっとしておいてほしいだけです!どうして、そうしてくれないんですか!」
「それは無理だな。現実派はトコトンお前たちを苦しめるぞ!それが奴らのメリットにつながるからな」
ミカリの顔に悔しさが表れ、無意識に奥歯を噛みしめていた。マクシミリアンはそんなミカリの表情から悔しさを読み取り、さらに追い詰めていった。
「ミカリ。現実派をこのままのさばらせていれば、また第二、第三のお前や彼女が出てしまうんだ!それでもいいのか?」
ミカリは焦れたように言った。
「では、一体、僕にどうしろというんですか?僕はここから動くことは出来ないんですよ」
「そう、お前がここにいても何の意味もないんだ」
「じゃぁ、どうすればいいんですか?」
「堕天するんだ」
「堕天?」と、ミカリは聞き返した。
「そうだ。堕天するんだ。キューピッドとしての生を捨てて地上に降りろ!人間界に降りるんだ!」
「僕が堕天したとして、そこで何をしろというのですか?」
「現実派が結びつけたカップルを破壊しろ!ことごとく破壊するのだ!そうすることで現実派に思い知らせるのだ!お前の選択が正しかったことを証明するんだ!それが強いては七尾さやかも救うことにつながるのだ。お前はそれがしたかったんだろ?そのことをずっと考えていたんじゃないのか、ミカリ」
ミカリの目の色が変わった。それは世捨て人の目ではない。瞳に覇気が宿りつつある目つきになっていった。
「ミカリ。現実派を憎め!お前を陥れた現実派を、彼女を陥れた現実派を憎むんだ!そして、その憎しみをぶつけろ!奴らが結びつけたカップルをことごとく破壊しろ!そして、お前の力をこのキュートピアのキューピッドたちに知らしめろ!それがお前の素質を信じて疑わなかったロビアンの教師への復権にもつながるんだ!現実派どもにお前の能力を思い知らせるんだ!お前を陥れた現実派を潰すんだ!ことごとく破壊するんだ!」
ミカリの表情は明らかに変わっていた。それは現実派への憎しみを秘めた表情へと変貌していた。それはマクシミリアンにもわかった。そして思った。
〈変わった。ミカリは変わった。いや、蘇ったんだ。現実派を恐怖に陥れるために・・・〉
マクシミリアンは満足だった。そして、マクシミリアンはミカリに告げた。
「今、このときからキューピッドのミカリは死んだ。現実派どもが結びつけた恋を略奪しろ!ジャックするんだ!それがお前の使命だ!ジャックマン。これからはジャックマンとして生きるんだ!」
ミカリは目を閉じた。もうミカリには何の迷いもなかった。こうしてミカリはキュートピアを捨て、人間界に堕天した。現実派が結びつけた恋を破壊するために。
キュートピアに残ったマクシミリアンは、行方がわからないロビアンに思いを馳せた。そして、ふと呟いた。
「ロビアン。お前の大事な生徒を我々が利用しようとしていることを知ったら、お前は俺を許さないだろうな」




