〈16〉それぞれの審判
ミカリが関わったものに審判が下されることになった。
まずはじめに人間である七尾さやかに下された。
その日、さやかは、愛しいミカリを探して、あてもなく街を歩き回った。そして、夜、自宅マンションに帰ると、一日中歩き回ったせいかベッドの上でうつ伏せになるとそのまま寝入ってしまった。そして、星空が見える中、天界にあるキュートピアから黄金色した稲妻がさやかめがけて落ちた。稲妻はさやかの住むマンションを突き抜け、眠っているさやかに直撃した。その稲妻は夜空で踊りながら一分間もさやかに落ち続けた。さやかはベッドの上で黄金の光に包まれた。その稲妻はさやかから記憶を除去する為のものだった。ミカリがさやかにとりついた記憶まで遡って消去され、そしてその間、さやかに関与していた人間の記憶までもが消去された。ゆえに海斗のことも記憶から消された。そして、キューピッドが以後、七尾さやかに干渉出来ないように細工も施された。それはキューピッドがさやかに向って矢を放ったとしても、矢がさやかの体を素通りしてしまうように。そして、矢で射ぬかれた者がさやかを見ても、さやかのことが視界に入らないように。それがさやかの下された審判の内容だった。そして、その全てが終わると、稲妻は踊りながら天へと戻って行った。そして、ベッドの上には、ミカリとの記憶も海斗の記憶も全て取り除かれたさやかが、何事もなかったかのように静かな寝息を立てて眠り続けていた。
そして、次にミカリの担任でもあるロビアンに審判が下された。その内容はロビアンを監督不行き届きとして懲戒免職処分とし、教育者としての地位をはく奪するものだった。ロビアンは、いちキュービッドに戻ったのだ。
そして、最後に掟を破った張本人のミカリに下された。その審判の内容はキューピッドの裁きとしては一番重いものとなった。それはキューピッドとしての象徴ともいうべき翼をもがれるというものだった。翼のないものがキュートピアにいる。それはキューピッドとしての屈辱以外、なにものでもなかった。はっきり言って、さらしものといってもいい。そして、勿論、翼を失えば、キューピッドとして人間界に降りることは出来ない。その裁きの内容にミカリを弁護しているフォルランが、裁判長のネヘルスコールのところへ行き、異議を唱えた。
「なぜだ!デビューしたての新人キューピッドに、その裁きはあまりに重すぎる。そんな裁きはいまだかつてなかった!」
熱くなっているフォルランと違い、ネヘルスコールは平然とした態度で答えた。
「そう、確かに今まではなかった。新人のキューピッドには重すぎる裁きかもしれん」
ネヘルスコールがまるで他人事のようにいうので、フォルランは皮肉交じりに勘ぐるように言った。
「裁判長。随分、他人事のように言うんだな。もしかして、この裁きは裁判長自身が下したものではないな。サンタローザがそう言ってきたのか?」
ネヘルスコールは苦笑いをして、
「まさか。例えキュートピアの先導師でも、裁きに口を挟むことは出来ない」
「では、なぜ、このような重い裁きをした?」
「それはキューピッドの能力の低下にある」
フォルランにはネヘルスコールが何を言おうとしているのか、その真意を計りかねた。
ネヘルスコールはそんなフォルランをよそに話を続けた。
「今回のミカリの犯した過ちは、ひとえにキューピッドの人を見る能力の低下と慢心によるところが大きいと私は思っている。私はミカリに特別な能力があるとは思っていない。なぜなら能力は経験によって磨かれるものだからだ。それを、初うちも済ませてないなんの経験もないキューピッドに過度な期待をかけ、またそれに慢心したミカリの思い込みが、掟を破らせる羽目になったのだ。そうは思わないか、フォルラン」
フォルランはネヘルスコールの的確な指摘に気勢を削がれた。
「ミカリの慢心というのは賛同出来ないが、確かに、ミカリの経験不足や思い込みというのは、裁判長の言う通りかも知れない」
「フォルラン。こういうことは、二度とあってはならない。それを皆に知らしめる為にあえて重い裁きをしたのだ。特に昨今のキューピッドの人を見る能力の低下が指摘されている中では、慢心や過度な思い込みから来る掟破りは決してあってはならないのだ」
フォルランはネヘルスコールの考えに一応の理解を示した。そして、今後のミカリについてネヘルスコールに質問した。
「では、ミカリは、これから、このキュートピアで翼を捥がれたものとして、見せしめとして生きていかなければいけないのですか?」
ネヘルスコールは笑ってから答えた。
「フォルラン。私はそこまで鬼ではない。ミカリには、またキューピッドとして生きていけるように考えている。しかし、その為にもまずはミカリには現実というものを見て学ばなくてはいけない」
「現実?」
「そう、ミカリが、初うちの相手に選んだ七尾さやかの人生を見て学ばなくてはいけない。キューピッドの干渉を受けずに七尾さやかがどんな運命を辿るのか?ミカリが見た闇というのが本当にあったのか?もしあったなら、どういう時にどういう矢の選択をすればいいのか?そもそも七尾さやかにキューピッドの必要性があったのか?それを七尾さやかの人生を見て学んでから、ミカリの考えを聞く。その考えが正しければ、いや、間違っていなければ、またキューピッドとしての生をまっとう出来るように翼を与えるつもりだ」
フォルランはネヘルスコールの考えを聞き、一呼吸置いてから言った。
「ミカリにとっては辛い現実だな。例え掟を破ったとはいえ、愛した人間の一生を見届けなければいけないのだから」
ネヘルスコールは笑ってから言った。
「辛いかどうかはわからんよ。七尾さやかが、キューピッドの矢など必要なくとも幸せな人生を送れば、きっと自分の見た闇が単なる妄想だったということに気がつくはずだ」
「幸せなら」
「どの道、ミカリは現実から学ばなければいけない。それはキューピッドとして矢を沢山撃つことよりも有意義なことになるかもしれん。それはミカリ次第だ」
フォルランは沈黙した。
「私はミカリが心を入れ替え、再びキューピッドとして活躍することを期待している。その時が来るのを待とうではないか、フォルラン」
フォルランはネヘルスコールの言うことを理解し、沈黙をもって同意した。
そして、ミカリは翼を失った。




