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〈15〉ミカリ裁判

ミカリの裁判はキュートピアの注目を一心に集めていた。

そして多くのキューピッドたちが裁判の行方を固唾をのんで見守っていた。その中にはミカリの同級生のヨークやアルベルトたちや、ロマン派でロビアンの友人でもあるマクシミリアンやアルフォンソも当然、裁判の行方を窺っていた。

ミカリの裁判はキュートピア大法廷で行われることになった。それはキュートピアでも異例中のことで、新人キューピッドが、まず大法廷で裁かれること自体ありえないことだった。それが例えミカリの犯した罪が、キューピッド界、最も犯してはならない罪であっても、初うちも済ませてない経験のない新人キューピッドが、大法廷で裁かれることなど、今まで一度もなかった。それなのに今回は、大法廷で裁かれることになった。それに対して、ロマン派のものたちは口を揃えて陰口をたたいた。

〈これは、我々に対するサンタローザの嫌がらせだ!〉

しかし、その陰口はあながち嘘ではなかった。げんに、裁判長であるネヘルスコールも、他の判事も皆、もとを辿れば現実派出身であり、サンタローザの息のかかったものばかりだった。それに現実派の指導者でありながらキュートピアの先導師でもあるサンタローザは、常々、ロマン派の一掃を目論んでいた。その為にロマン派の希望であるミカリを愛弟子グラシアーノを使って見事に陥れたのだから。そして、あえて大法廷でミカリを吊し上げて、みせしめにすることで、ロマン派に大打撃を与えることが出来る。それこそサンタローザの狙いなのだ。

ミカリは裁判長のネヘルスコールと判事たちの真っ正面にあたる被告席に俯きながら静かに座っていた。そして検察側にはサンタローザの手下のモーザックがいて、弁護側には現実派でもロマン派でもない、中立に位置し、穏健派として知られるフォルランがいた。

そして、フォルランが裁判長のネヘルスコールに向かって、口火を切った。

「裁判長!大体、デビューしたての新人キューピッドを裁くのに大法廷が使われること自体おかしい。大袈裟過ぎる」

モーザックがフォルランに向かって激しく反論した。

「いや、大袈裟ではない。ミカリは掟を破ったのだ!キューピッドとして、一番、犯してはならないことを犯したのだから、大法廷で裁かれるのは当然のことだ!」

「静粛に!」と、裁判長のネヘルスコールが二人を制した。そして、ネヘルスコールは被告席にいるミカリに事件を検証するかのように尋ねはじめた。

「被告、ミカリに問う。そもそも、なぜ、人間になって、友人になりすました?初うちで覆面調査をする必要があったのか?そこまでやる必要があるのか?初うちなのだから、皆と同じように、何も考えることなく撃つことは出来なかったのか?」

ミカリは、のどの奥から声を絞り出すように呟いた。

「出来ませんでした」

「なぜだ?」

「僕には見えるんです。朧気ながらではありますが、人間の未来が。そして、その人間の未来に不安を感じたから」

ミカリの能力の告白を聞いたキューピッドたちが、一斉にざわつきはじめた。

「ミカリには、人間の未来が見えるというのか?」

モーザックが、そのキューピッドたちのざわめきを消し去るかのように言い放った。

「そんなのデタラメだ!単なる世迷い言に過ぎん!大体、新人のキューピッドに一体何が見えるって言うんだ!そんなものは人間の未来でも何でもない!お前の臆病な心が勝手にそう思わせてるだけだ!未来が見えるだなんて、おこがましいにもほどがある!」

モーザックは捲し立てた。

モーザックの気勢を制するかのように、フォルランが言った。

「確かにミカリは、初うちも済ませてない新人キューピッド。しかし、その素質は他のキューピッドの追随を許さないものがあったと言われている」

「誰が?誰がそんなことを言った?ロマン派か?ロマン派の連中がそう言っているだけではないのか?」

「ロマン派ではない。ミカリの担任で、多くの優秀なキューピッドを輩出してきたロビアン先生も、ミカリには他のキューピッドとは違う特別な力を感じていた」

「ロビアンか・・・。怪しいものだな。そのミカリへの過度な期待が、ミカリを慢心させ、このような暴挙に出るようにしてしまったのではないか?」

「暴挙ではない。熟練したキューピッドならまだしも、人に恋する行為は、デビューしたての新人キューピッドにとって一番陥りやすい盲点だ」

モーザックは含みを持たせるように言った。

「なら、その盲点を知りながら、制することが出来なかったロビアンにも問題がある。裁判長、ロビアンの審議も重ねて要求します」

「今は、ロビアン先生について審議しているのではない。ミカリの行動について審議しているのだ」

ネヘルスコールはモーザックの要求を突っぱねた。そして、ネヘルスコールはミカリに向かって言った。

「ミカリよ。朧気ながら未来が見えるというが、それは確かなのか?お前が、初うちに選んだ相手、七尾さやかの未来に不安を感じたから、覆面調査を行ったとでもいうのか?」

「はい」

ミカリは力なく答えた。

「その覆面調査の結果、七尾さやかにとって、七尾さやかの想い人でもある泉堂海斗はふさわしい男ではないと思い、鉛の矢を選択したのだな」

「はい」

ネヘルスコールは一呼吸置いてから、

「初うちでいきなり鉛の矢か・・・。なぜだ?何がふさわしくないと思ったのだ?」

「それは、泉堂海斗が七尾さやかを単なる欲望のはけ口としか考えておらず、そんな人間性をもった男が七尾さやかを幸せにすることは出来ないと思ったからです。だから、七尾さやかの身を守る為にあえて彼女に鉛の矢を撃つことにしたのですが・・・」

「それがはずれた。はずれて泉堂海斗に鉛の矢が刺さってしまったとでもいうのか」

「はい」と、ミカリは力なく答えた。

それを聞いたモーザックが体を叩きながら、高笑いした。

「キューピッドが的を外すなんて聞いたことがないわ。これは滑稽だ!」

モーザックは笑い続けた。それを見ていたフォルランがモーザックに注意した。

「モーザック。今は審議中だ!その馬鹿笑いもいい加減にしろ」

モーザックは口に拳の親指をあてて、

「いや失礼。しかし、素質あるキューピッドが的を外すなんて、あまりに滑稽なのでな」

ネヘルスコールはモーザックに構わずミカリに問うた。

「人間性に問題があるからといって、鉛の矢を選択するというのはいささか短絡的過ぎるのではないか?」

ミカリは顔をあげて、ネヘルスコールを見た。ネヘルスコールが何を言いたいのか真意をつかみかねていたのだ。

「例え、人間性に問題があったとしても、悪い人間を金の矢の力で良くするという選択肢はなかったのか?鉛の矢を七尾さやかに撃つのではなく、金の矢を泉堂海斗に撃つという考えには及ばなかったのか?」

ミカリは、「アッ」と呟き、ネヘルスコールを見つめた。ネヘルスコールが出した考えに、一瞬、視野が広くなる思いがした。その考えはミカリには浮かばなかった選択肢だった。

そんなミカリをよそにネヘルスコールは続けた。

「人間性はどうあれ、泉堂海斗の心を金の矢で射ぬき、七尾さやかの恋を成就させていれば、また違った未来もあったであろう。そうは思わないか?ミカリ」

ミカリはそれでも、心の中にある迷いをネヘルスコールにぶつけた。

「人間性に問題があっても金の矢で結びつけるのですか?それは偽りの愛ではないのでしょうか?」

「何が真実で何が偽りなのかということは、そう簡単には決められない。人間性に問題があるからといって、その人間がそのまま変わらないとはいえない。それこそ早計過ぎる考えではないのか?」

ミカリは何も言えなかった。

「それに人間性の問題から端を発したそなたの行動とそなたの犯した行為は全くの別物だ。キューピッドとして掟を破ったことは紛れもない事実だ。そなたは罰は受けなければならない」

フォルランはネヘルスコールを見て、

「裁判長、掟を破ったとはいえ、ミカリはまだ、新人キューピッド。これからキュートピアを背負っていくものです。それに更正するにも十分すぎるほど時間もある。何分寛大な裁きをお願いします」

その言葉にモーザックも同調した。

「それに関しては私も同感です。私は別にミカリが憎く糾弾しているわけではない。その逆です。私はミカリに同情している。そして一日も早く更正して欲しい。キューピッドとして正しい考えをもって欲しい。これから輝かしい未来が待っている筈のキューピッドを、このキュートピアを背負っていく筈のミカリをこんな目に合わせて・・・。私はロマン派に恐怖を感じる。ミカリはロマン派の夢想といってもいいロマンチシズムの犠牲になっただけです。可哀想に・・・」

聴衆は、ざわついた。モーザックは、全てのキューピッドたちに向かって、このミカリの掟破りは全てロマン派のせいと言わんばかりに言い退けたのだ。

それに、マクシミリアンはモーザックに憤りを感じた。そして、アルフォンソが怒りの情を込めて吐き捨てた。

「畜生、モーザックの奴め!」

そして、ざわめきの中、モーザックは締めくくった。

「裁判長、私からもミカリに寛大な裁きをお願いします」

しかし、その言葉とは裏腹にモーザックの眼差しはギラついていた。

ネヘルスコールは答えた。

「追って裁きをくだす」


そして、その夜、キュートピアでは、ミカリに裁きの内容が公表され、審判がくだされた。そして、裁かれるのはミカリだけではなかった。ミカリの担任でもあるロビアン。そして、人間である七尾さやかにも審判がくだされた。



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