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第6章 日誌

研究所に来てから――

時間の感覚が、少しずつ壊れていく。


朝も夜も分からない。


ただ、鳴る。


天井のスピーカーが、決まった時間に音を鳴らす。


それだけが、この場所の“時間”だった。


だが。


ユウの中で、何かがはっきりと変わっていた。


実験の日から。


いや――


正確には、“あれ”を見てから。


この場所の見え方が変わったのだ。


ここは施設じゃない。


檻だ。


清潔な白い壁。

整った設備。

無駄のない導線。


すべてが“管理”のために作られている。


人間を守るためじゃない。


壊すための場所だ。


研究者たちは看守ではない。


もっと冷たい。


もっと無機質な存在。


ただの研究者。


そして自分たちは――


囚人ですらない。


ただの材料。


実験材料。


その事実が、ユウの胸に重く沈んでいた。



その夜。


生活エリアの部屋は静まり返っていた。


白い天井灯が、ぼんやりと部屋を照らしている。


影がほとんどできない光。


すべてを均一に照らす、逃げ場のない明るさだった。


窓はない。

外の景色もない。


時間の流れすら感じられない。


閉じた世界。


ユウはベッドの端に座っていた。


冷たい金属のフレーム。

薄いマットレス。


体を預けても、安心感はない。


ただ“置かれている”だけだった。


向かいのベッド。


ソウタが膝を抱えていた。


背中を丸め、顔を伏せている。


呼吸が浅い。


まだ、実験の恐怖が抜けていない。


「なあ……」


かすれた声。


「俺たち……」


言葉が続かない。


自分でも何を言えばいいのか分からないのだろう。


ユウは少しだけ目を伏せた。


そして言った。


「人体実験だ」


短い言葉。


だが、その重さは部屋の空気を一瞬で変えた。


ソウタの顔が青くなる。


「やっぱり……」


震えていた。


ユウはゆっくりうなずく。


「さっき隣の部屋で――」


言葉が止まる。


思い出す。


石像になった少年。


歪んだ顔。


助けを求める声。


そして。


動かなくなった体。


ユウはそれ以上言わなかった。


言えば、現実になってしまう気がした。


ソウタはベッドに倒れ込む。


天井を見つめたまま言う。


「最悪だ……」


その言葉が、やけに軽く聞こえた。


本当の“最悪”は、そんなものじゃない。



コンコン。


静かなノック音。


二人は顔を上げる。


ドアがゆっくり開いた。


入ってきたのは――


レン。


タケル。


ナナ。


そしてアヤだった。


六人が揃う。


それだけで、部屋の空気が少し変わる。


閉じた空間に、わずかな“人の温度”が戻る。


ナナが腕を組んで言った。


「ユウ」


「実験されたんでしょ」


ユウは黙ってうなずいた。


レンが壁を蹴る。


ドン。


「クソが……」


「ふざけてんだろ」


声は低いが、抑えきれていない。


ソウタが震えた声で言う。


「なあ……」


「ぼく、無理かもしれない……」


全員の視線が集まる。


ソウタはうつむいたまま続ける。


「さっきの声……聞いただろ……」


「ぼく、あれに耐えられる気がしない……」


手が震えていた。


ナナが少しだけ目を逸らす。


「……あれは普通に無理でしょ」


強がっているが、声が少しだけ硬い。


タケルが静かに言う。


「恐怖は普通の反応だ」


「むしろ感じなくなったら危険だ」


ソウタが言う。


「でもさ……」


「次、僕かもしれないんだよ……?」


その言葉に、空気が止まる。


誰も否定できない。


レンが舌打ちする。


「……ビビってても変わんねぇだろ」


ソウタが言い返す。


「分かってるよ!!」


声が少しだけ大きくなる。


「分かってるけど……!」


言葉が続かない。


ユウが言う。


「怖いならいい」


全員がユウを見る。


「普通だ」


ソウタが顔を上げる。


ユウは続ける。


「俺も怖かった」


一瞬の沈黙。


「でも」


「止まらなかった」


その言葉は静かだった。


だが強かった。


ソウタの呼吸が少しだけ落ち着く。


ナナが言う。


「……ユウってさ」


「なんでそんな冷静なの?」


ユウは少しだけ考える。


そして言う。


「冷静じゃない」


「諦めてないだけだ」


その言葉に、全員が少しだけ黙る。


その時。


アヤが口を開いた。


「……ユウ」


視線が向く。


アヤはユウを見たまま言う。


「痛みは?」


「残ってる?」


ユウは少しだけ間を置く。


「大丈夫だ……」


アヤは一瞬だけ目を細める。


「嘘…」


静かに言った。


ユウが少しだけ視線を逸らす。


アヤは続ける。


「無理しないで」


「壊れる前に止まって」


その言葉は小さかった。


だが、はっきりとした感情があった。


レンはそっぽを向いたまま言う。


「明日、俺だ」


全員がレンを見る。


空気が止まる。


ナナが言う。


「大丈夫でしょ…」


レンが笑う。


「俺がか?」


「無理だろ」


軽く笑った。


だが、その軽さが逆に怖い。


ソウタが言う。


「やめろよ……そういうの……」


タケルが静かに言う。


「生きる前提で考えよう」


「全員だ」


短い言葉だった。


だが、それが一番現実的だった。


ユウが言う。


「全員でここから出る」


レンが少しだけ笑う。


「その言葉、気に入ったぜ」


ナナも小さく頷く。


「一人でも欠けたら意味ないし」


ソウタが言う。


「ぼくも……頑張るよ」


まだ震えている。


だが、さっきより少しだけ前を向いていた。


ユウの言葉のあと。


誰もすぐには動かなかった。


その一言が、あまりにも重かったからだ。


「全員で出る」


簡単に言える言葉じゃない。


だが――


誰も否定しなかった。



タケルが静かに口を開いた。


「……なら、現実を見る必要がある」


空気が少しだけ引き締まる。


レンが言う。


「現実って?」


タケルは言う。


「この施設は閉じているようで、完全じゃない」


「人が出入りしている」


「物資も運ばれている」


ナナが言う。


「つまり、どこかに“外と繋がる場所”があるってこと?」


「そう」


タケルは頷く。


「問題は、それがどこかと――」


「どうやってそこに辿り着くかだ」


ソウタが言う。


「でもさぁ……」


「警備とかあるんじゃないの?」


「ある」


タケルは即答する。


「だから正面突破は無理だろう」


レンが笑う。


「だろうな」


「じゃあコソコソ行くしかねぇか」



その時


タケルが言う。


「なら前提が決まる」


「脱出は“情報戦”だ」


アヤが続ける。


「この施設は閉じてない」


「完全隔離じゃない」


レンが言う。


「なんで分かる?」


アヤはスマホを見せる。


「これ」


「内部ネットワークに繋がってる」


タケルが言う。


「つまりログが残る」


「監視も記録も」


アヤが頷く。


「だから日誌」


「ただの体調記録じゃない」


ユウが言う。


「観察データか」


「そう」


ナナが言う。


「じゃあ逆に使えるってことね」


レンが言う。


「書いてるフリして情報集めるか」


タケルが言う。


「それと構造」


「通路、扉、警備ルート」


ユウはスマホを開く。


白い画面。


カーソルが点滅している。


その光が妙に冷たい。


ユウは打ち込む。


――日誌 ――

1日目


この施設では人体実験が行われている。


被験者は番号で呼ばれる。

名前ではない。


連れていかれた者は戻ってこない。


実験内容は石化。

薬を投与され、体が石のように変質する。


ほとんどの人間は耐えられない。

途中で止まることなく、完全に石になる。


それを研究者は「失敗作」と呼んだ。


人間を、人間として扱っていない。


ここは研究施設ではない。

人間を壊す場所だ。


俺の体は途中で止まった。

理由は不明。


「適応」と呼ばれた。


特別だと言われた。


ふざけている。


ここにいる限り、全員死ぬ。


必ず脱出する。

――――――――――――

指が止まる。


その時


アヤが静かに言う。


「抜け道が一つだけある」


全員がアヤを見る。


アヤは続ける。


「食堂の奥」


「セキュリティが壊れてる扉」


ナナが眉をひそめる。


「それ、本当に使えるの?」


「分からない」


アヤは正直に答える。


「でも」


「唯一の突破口」


その言葉に、全員が反応する。


レンが言う。


「いいじゃん」


「分かりやすくて」


ソウタが不安そうに言う。


「でもさ……」


「見つかったら終わりだよな」


沈黙。


誰も否定できない。


ユウが言う。


「だから人数を絞る」


全員が見る。


「三人で行く」


レンが言う。


「はあ?」


「なんで三人なんだよ!」


ユウは答える。


「多すぎると動きが鈍くなる」


「少なすぎると咄嗟の出来事に対応できない」


タケルが頷く。


「……妥当だな」


ナナが言う。


「で、誰が行くの?」


ユウが言う。


「俺」


「ソウタ」


「タケル」


ソウタが驚く。


「ぼく!?」


ユウは言う。


「この作戦は一人じゃ無理だ」


「でも、お前は逃げない」


ソウタが言葉を失う。


レンが言う。


「俺じゃねえのかよ」


ユウは首を振る。


「レンは残ってくれ」


「戦えるやつが必要だ」


ナナが言う。


「守り役ってことね」


ユウは頷く。


「そうだ」


レンは少し考えてから笑う。


「いいぜ」


「ちゃんと戻ってこいよ」


「ぜってぇに死ぬんじゃねぇぞ…」


ユウが言う。


「もちろん、死ぬつもりはない」


短い言葉だった。


だが、はっきりしていた。


アヤが静かに言う。


「時間は?」


タケルが答える。


「見張りの交代タイミングを確認する必要がある」


「明日じゃない」


「準備が必要だ」


ナナが言う。


「焦ると死ぬ」


レンが言う。


「慎重に、か」


ソウタが小さく言う。


「……怖いけど」


少し間。


「ぼくやるよ」


ユウが頷く。


「ありがとうソウタ」


ソウタは何も言わなかった。


だが、その目は前を向いていた。


その時。


アヤがスマホを差し出した。


「充電しておいた」


ユウが受け取る。


アヤは少しだけ言う。


「……絶対帰ってきて」


その言葉は、小さかった。


だが、全員に届いた


ユウは強く頷いた。



その夜。


六人は初めて――


脱出計画を立てた。


だが。


まだ知らない。


この研究所の外が。


すでに――


“普通ではない世界”であることを。


第六章まで読んでいただきありがとうございます。


この章では、研究所という場所の本質と、

ユウたちが置かれている状況を改めて描きました。


ここはただの施設ではなく、

人間を「材料」として扱う場所です。


その中で、ユウたちは初めて「脱出する」という共通の目的を持ちました。


同時に、それぞれの弱さや恐怖も少しずつ表に出てきています。

特にソウタの反応は、この物語の中で重要な役割を持っています。


そして、この章の最後でようやく“出口の可能性”が見えました。

ですが、それが本当に出口なのかはまだ分かりません。


次の第七章では、いよいよ外の世界が描かれます。

ここから物語はさらに大きく動き始めます。


引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

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