第5章③ 決意
クロードはユウを見て言った。
「君は特別だ」
「神城ユウ」
「君はこの研究の未来だ」
その言葉を聞いた瞬間、ユウの目に怒りが宿った。
未来。
その言葉が、吐き気がするほど不快だった。
誰かが石になって死んだ。
目の前で、人間が「失敗作」と呼ばれた。
それを踏み台にして語られる未来に、価値なんてあるはずがなかった。
ユウは拘束具に縛られたまま、目を閉じた。
暗闇。
その奥に浮かぶのは、研究室の白ではなかった。
朝の光だった。
窓から差し込む柔らかな光。
白いカーテン。
まだ静かな空気。
ミサキの横顔。
眠そうに目を細めながら、黒髪を耳にかけていた姿。
「駅で合流ね」
あの時の声。
何でもない、いつも通りの言葉。
何の特別さもない朝の会話。
それが――
最後だった。
次に見たのは。
銃を構えたミサキ。
白い廊下。
倒れる“もう一人”。
そして。
「ごめん」
あの一言。
(……何なんだよ)
ユウの胸の奥で、感情が渦を巻く。
分からない。
何も分からない。
ミサキが何者なのか。
なぜ同じ顔がいたのか。
なぜここへ来る前の世界が、あんなふうに崩れ始めていたのか。
何一つ分からない。
だが。
一つだけ分かることがあった。
もう、戻れない。
あの朝には。
あの光の中にいた自分たちには。
二度と。
ユウはゆっくりと目を開いた。
目の前には、白い研究室。
白衣の研究者。
笑っているクロード。
石像になった少年。
そこにあったのは――
恐怖ではなかった。
怒りだった。
静かで、深い怒り。
燃えるような激情ではない。
もっと冷たく、もっと確かな怒り。
(全部、壊す)
その言葉が、ユウの中に静かに沈む。
(ここを)
(こいつらを)
(この研究所を)
もう迷いはなかった。
クロードが何かを話している。
だが、ユウにはもうその声は遠かった。
未来だの、適応だの、特別だの。
そんな言葉は、何一つ心に届かない。
届く必要もない。
無音。
時間の感覚が曖昧になる。
数秒なのか。
数分なのか。
誰にも分からなかった。
その後ユウは周りの兵士にささえられながら
みんなの集まる広場に連れていかれた
――ガコン
廊下の奥で、扉の開く音がした。
全員の体が反応する。
ソウタが顔を上げる。
ナナが振り向く。
レンがゆっくりと顔を上げた。
アヤだけが、少し遅れて視線を動かす。
足音。
コツ。
コツ。
規則的な音。
誰も言葉を発さない。
その音が近づくたびに、胸の奥が締め付けられる。
そして。
白い廊下の奥に――
人影が現れた。
小さい体。
ゆっくりとした歩き方。
片足を少し引きずっている。
ソウタが息を呑む。
「……ユウ?」
その声に反応するように。
その影が、少しだけ顔を上げた。
神城ユウだった。
だが。
違った。
顔色が悪い。
唇の色も薄い。
呼吸もわずかに乱れている。
腕には、まだ灰色の跡が残っていた。
石化の名残。
完全には消えていない。
その姿を見た瞬間。
ソウタが走り出した。
「ユウ!!」
勢いよく駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「何されたんだよ!?」
声が震えていた。
ユウは一瞬だけ目を向ける。
そして、小さく言った。
「……生きてる」
それだけだった。
だが。
その一言で、ソウタの顔が崩れた。
「よかった……」
その場に崩れそうになる。
ナナがゆっくり近づく。
ユウの腕を見る。
灰色の痕。
その瞬間、顔が歪んだ。
「最悪…、」
かすれた声だった。
レンが歩いてくる。
無言で。
そしてユウの前で止まる。
じっと見下ろす。
数秒。
何も言わない。
そして。
「負けんじゃねぇぞ」
たった一言
短い言葉。
だが、それ以上のものがその言葉には全部詰まっていた。
タケルが静かに言う。
「実験の内容は?」
ユウは少しだけ息を整える。
「……石化する薬の投与だった」
全員の顔が変わる。
言わなくても分かる。
誰もが、さっきの音を聞いていたから。
「……俺は止まった」
タケルが目を細める。
「どうしてユウは止まったの?」
ユウは答えない。
その時。
一歩。
ゆっくりと近づいてくる足音があった。
アヤだった。
一番最後だった。
だが、一番まっすぐユウを見ていた。
ユウの目の前で止まる。
少しだけ見上げる形になる。
何も言わない。
ただ、見ている。
ユウも何も言わない。
沈黙。
数秒。
そして。
アヤが手を伸ばした。
ユウの腕に触れる。
石化の跡が残る部分。
そっと。
確認するように。
震えていた。
わずかに。
「……痛い?」
小さな声だった。
ユウは一瞬だけ言葉を探す。
「……もう、大丈夫」
アヤは何も言わない。
ただ、そのまま少しだけ手を置いていた。
そして。
ぽつりと。
「……よかった」
それだけ。
それだけだった。
だが。
その一言は、今までのどの言葉よりも感情がこもっていた。
アヤはすぐに手を離す。
いつもの表情に戻る。
戻そうとする。
「データ、後で聞くから……」
少しだけ早口だった。
ユウはわずかに息を吐いた。
「分かった」
その時。
スピーカーが鳴った。
『被験者の回収が完了しました』
無機質な声。
まるで何事もなかったかのように。
『本日の実験は終了です』
誰も反応しない。
ただ。
全員が同じことを思っていた。
ここは。
地獄だ。
ユウはゆっくりと前を向く。
目の奥に、はっきりとした光が宿っていた。
恐怖ではない。
迷いでもない。
ここから
必ず脱出する。
そして――
この研究所を
壊す。
それはただの決意ではなかった。
生きるために必要な、たった一つの答えだった。
第五章まで読んでいただきありがとうございます。
ここまでで、研究所の正体と「迷い子」という存在の一端が見えてきました。
そしてユウにとっても、ただ生き残るだけではなく、
「ここから出る」という明確な目的が生まれた章になっています。
実験のシーンや音の描写は、直接見せすぎない形で書いています。
その分、想像してもらえるような空気感を意識しました。
また、この章では仲間同士の関係も少しずつ変化しています。
特にアヤの反応は、これからの展開にも関わってくる部分なので、
ぜひ覚えておいてもらえると嬉しいです。
次の第六章からは、いよいよ「脱出」に向けて動き出します。
物語もここから一気に加速していきます。
引き続き読んでいただけたら嬉しいです。




