16.金紫の瞳の子
「あっ、ルーイくんのお母さん! 今呼びに行こうとしてたの。ルーイくんが──」
「ルーイが?」
嫌な予感に胸が軋む。
門に近づくと、乱暴な声が聞こえた。
「さっさとその子を渡せ! 俺は伯父だと言っているだろう! リーネル公……チッ。リーネル伯爵家に逆らうつもりか!」
(ベルント……!)
愕然とする。そこでは兄ベルントが、託児所の先生たち相手に無体を働いていた。
公爵家で見ていた頃より、いくぶんかくたびれ、身に纏う衣の格も下がっているが、見間違えるはずがない。
父親のリーネル公そっくりの傲慢な表情はいま、狂暴さを滲ませ荒ぶっている。
そんなベルント相手に、必死で食い下がる先生。
「いけませんっ。どんな方であろうと、預かった子どもは親御さんに引き渡すのが決まり! そちらこそ神聖な教会での狼藉、いかな貴族といえど許されませんよ!」
託児所は、不可侵の教会内にある。
警邏隊さえも踏み込めない、そんな場所で一体何を──。
「ルーイッ!」
私は思わず叫んでいた。
ベルントの腕の中には、ルーイが閉じ込められている!
「かーしゃまっ」
ルーイの反応と私の声で、こちらに気づいたベルントが、大仰に嘆いてみせた。
「あ? おお、エリザ。我が妹よ! この分からず屋たちを下がらせろ。子どもは俺が引き取る。お前、隠れて出産していたな。お前が家を裏切り、姿を晦ませたせいで、我が家は皇帝の腹いせに降格されてしまった」
「なっ──」
(腹いせですって? リーネル家の悪事を罪と認めず、腹いせだと考えてるの?)
「おかげで父上は引退に追い込まれ、リーネル家が伯爵位だと?! 俺の代でこんな、耐え難い屈辱だ」
(屈辱だなんて! 貴族籍に残れた恩情にこそ、感謝すべきでしょうに!?)
もっと厳罰でもおかしくない暗躍を、リーネル家は行っていた。けれどそんな一般常識は、ベルントの中にないようだった。生まれながらに傅かれ、優遇されてきた筆頭公爵家の嫡男にとって、現状は耐え難いものであるらしい。
彼はニタリと笑って言う。
「だがこの子がいれば、再び中央に返り咲ける」
「かーしゃまっ、かーしゃまぁっ」
「ルーイ!」
私を求めて手を伸ばす幼い息子。
「っつ、大丈夫よ。すぐ助けてあげるからね!」
私は大切なルーイに向かって叫んだ。
「お兄様、ご自分が何をなさっているか、わかっているの!?」
「ふん。"助ける"とはどんな言い草だ。だが子を産んだのはお手柄だぞ、エリザ。金紫の目をした子を探させた甲斐があった」
その言葉を聞いて、背筋をゾッと恐怖が走る。
私の妊娠は、実家に知られてなかった。
つまり"子どもがいると良い"という願望だけで、ベルントはこの場所を突き止めたのだ。
妹ではなく。金紫の目をした子を探した。
(なんて妄執……! 私がもっと、ルーイの目の色を隠せていれば……!)
もちろんベルントがルーイを求める理由に"愛"なんて存在しない。あるのはただ"利用する"の一択のみ。
そんな相手に絶対、我が子を渡すわけにはいかない。
苦しそうにもがくルーイの顔を、ベルントがまじまじとのぞく。
「ははっ。金紫の瞳に、鼻の形やこの口元。見れば見るほど、あの男にそっくりじゃないか」
「!」
「これなら誰もが、皇帝シュテファンの血を引く唯一の皇子と認めるさ」
「──!」
周囲の人だかりが、一斉に息を呑んだ。
それはそうだろう。帝国の隅、こんな田舎町に皇子がいるなんて有り得ない話で。
「わかったら全員道を開けろ! 皇子に対する不敬罪を問われたいのか!」
「そこまでにするんだ。ベルント・リーネル」
「?」
私のすぐ後ろから、力強い声がその場を打つ。
「シュテファン様っ」
「は? まさか」
私の背後に立つシュテファンがフードを外すと、ベルントが目を見開いた。
さっと人垣が割れ、町の人たちが驚きの表情でシュテファンを見る。マントからのぞく金銀糸の刺しゅう入り被服に立派な剣、何よりその秀麗な顔と威厳が、佇まいだけで高貴な人間だと知らしめていた。
「な、んで、ここに……?」
ベルントの声が動揺で揺れている。
「それはこちらのセリフだ。貴様こそ、何をしている」
シュテファンのどっしりとした声が頼もしい。
いまこの信じられない現場に、彼がいてくれてる心強さが、なんとか私を立たせている。
「何を、とは心外な。ずっと行方知れずだった妹と甥をようやく探し当て、感動の再会を果たしているところですが」
「感動の再会には、到底見えないがな。すぐに子どもから離れろ。その子はお前がみだりに触れていい相手じゃない」
「お言葉ですが陛下、これは我が妹の子です。長く身勝手をしました妹ともども、親族として、教育をする責任がありまして──」
「俺の子に、貴様が教育、だと」
「っつ!」
シュテファンの眼光にたじろいだベルントが、たたらを踏む。
幾多の戦場を乗り越えてきたシュテファンと、王都でのうのうと過ごして来たベルントではもともと役者が違う。
勝負になるはずもない。
で、あるのに。
「っは! はははっ! 陛下のお子だと、お認めになりましたね。では大切な皇子殿下は私の手中にいらっしゃるのですが──。リーネル家の公爵位復権をこの場でお認めくだされば、殿下は素直にお返ししましょう。けれど、断られる場合は……」
ベルントの目に、狂気が満ちた。
「私の手が滑るかもしれません。幼い首がうっかり折れたら大変だ──」
「貴様、正気か!」
「お兄様!!」
まさかの要求に、唖然とする。
こんな衆目の中で、皇帝が脅しに屈するわけにはいかない。
もしこの場で復権を認めれば、皇帝の権威は地に落ち、国が乱れる。かと言って、いくら目に見える反逆罪でも、大勢の前で約束し、捕えて後に違えるとあっては、国民に対する信用問題にかかわる。
(なんで……? もしこれで公爵に返り咲いたとして、誘拐と脅迫の罪が見逃されるわけがないわ。でも今は、ルーイの命が!)
知らぬ間に握りしめていた手に、汗がじっとりと滲む。
いくらベルントでも、ここまで無謀なことをする馬鹿じゃないはずはないのに。
蒸気した頬、血走った目、荒い呼吸。まさか酔ってる?
産まれてから今日、世間に打たれたことのないベルントが境遇の変化を受け入れられず、酒浸りの日々を送っていたとしてもおかしくない。そして判断力を失ったまま、この凶行に及んでいるのだとしたら。
切り札であるはずのルーイを簡単に害するだろう。後先なんて考えてない。何をしでかすかわからない!!!
ルーイがベルントに掴まっている以上、シュテファンにも手が出せない。
どうすれば。
硬直する局面に、澄んだ声が落とされた。
「とーしゃま、ですか?」
(ルーイっ)
ルーイが涙目で、まっすぐにこちらを見ている。
「ああ。ああ、そうだ。迎えに来るのが遅くなった。すぐに助けてやるからな」
そんなルーイから目を逸らさず、シュテファンが答えた。
「助けるなど、人聞きの悪い。陛下が私の要求を呑んでさえ下されば、何の問題もないと言うのに」
ベルントが嘲るように言う傍ら、ルーイはジッと私とシュテファンを見つめていたが、突然。
「みてて! とーしゃま!」
叫ぶなり、両手をベルントに向けた。
途端にルーイの掌底から、魔力が炸裂する。
「わああッ!」
ベルントが目を押さえてのけ反り緩むその手から、転がり落ちるようにルーイが全身を乗り出した。
「!!」
私の息が止まる。
風が駆け抜ける。
何が起こったのか、私の目では捉えられなかったけれど、次に認識した時には。
走った風はシュテファンだった。
いま彼は片手にルーイを抱き、足下に伏せたベルントに剣を当てていた。
(ダッシュと同時に抜剣して、落ちるルーイを救いながら、ベルントに足かけて倒した???)
状況から私の脳が推測出来るのは、これが精一杯だ。
「ルーイ! シュテファン様!」
私はふたりのもとに駆け付けた。
お読みいただき感謝です!
数日ぶりの更新となってしまいましたが、今回で冒頭のシーンとつながりました。
もうすぐ終幕ですので、残り数話もお付き合いくださいませ!(所用のため、更新はゆるゆるペースとなります、すみません)
誤字報告、ご感想などなどいつも有り難うございます!




