14.彼の本心
「ルーイは私の子で、父親はあなたです! 私はシュテファン様以外の誰かと、寝所を共にしたことなんてありません!」
「──え?」
「私が知る"男性"は、シュテファン様だけです」
他の異性とそういう関係になったことは一度もないと、彼に届くようしっかりと言う。
「……俺が、父親?」
冷酷皇帝の、こんなにポカンとした表情を見たのは、後にも先にも私くらいじゃなかろうか。
「そうです」
勢いのまま、伝えてしまった。もう後戻りはできない。
固唾を飲んで、反応を待つ。
「つまり……俺に子どもがいる。俺と、エリザの子……」
脳にじわりと沁み広がるように、彼は自分の言葉をなぞって、そして。
意味が、行き渡ったらしい。
一気に天を仰いだシュテファンは、手で顔を覆って呻くような声を漏らした。
「どうして……、教えてくれなかったんだ」
「っつ」
罪悪感から、思わず目を伏せてしまう。
と、シュテファンは自分を責め始めた。
「いや、俺のせいだ……。俺が最初に"子どもを望まない"と告げてしまったから、エリザを追い詰めてしまった……。なのにこの五年、何も知らずに今頃ノコノコと……」
そしてハッとしたようにこちらを見ると、私の両腕を掴みながら、切迫した声で尋ねて来た。
「か、身体は大丈夫なのか!?」
「え、あっ、はい。この通り元気です」
迫力に気圧されながらも答えると、シュテファンはまじまじと私の様子を探り、そして。深く長い吐息を漏らした。
「良かった……」
安堵から下がった頭が、そっと私の肩に触れる。
ささやかな接触なのに、服越しに、ほわりと彼の温かさが伝わってきた。
(いま、私の心配をしてくれたの……?)
痺れるような感覚が、胸に突き上げてくる。
シュテファンが顔を上げると、やるせなさを湛えた金紫の双眸が、私をとらえた。
「俺の母は、俺を産んで亡くなってしまったから……」
「あ……っ」
「あなたに子を望むことは、あなたの命を奪う行為だと、ずっと恐れてた」
「!」
「最初の夜は、言葉選びを間違えたんだ。だがそのことに気づいてからも、俺は臆病な自分を隠すため、あなたに謝りもせずに──」
彼が落とす言葉が、ひとつ、ひとつ、私の耳殻を震わせていく。
(そうだわ……。シュテファンの母親は、彼を産んだ時に亡くなった。彼自身も母に会えず辛い思いをしたのに、父親からは責められながら育ったのよね……)
小説で読んだ時は"設定"としか思わなかった冷酷皇帝の過去。
だけど、生身の彼を前にした今、その事実はあまりに残酷で、痛切で。
私との子を作らないのは、リーネル家絡みのせいだとばかり思っていた。
事実、それは大きいはずだが。
でも彼の心により強くあったのは。
鎧のように固い態度の内側に、そっと隠されていた柔らかな本心は。
(私の命を、案じてくれてたの──?)
ふいに、目頭が熱くなる。
(そうか……。そうだったんだ……)
思い至りもしなかった。
彼が不器用だけど優しい人だと、気づいていたはずなのに。
初夜では私も、思い込みのまま彼に取り引きを持ち掛けた。
きっと鼻持ちならない花嫁だっただろうに、彼は話を聞いて、契約と言うカタチで私を安心させてくれた。
私に触れている彼が、微かに震えている。
どうにか慰めたくて、そして詫びたくて、そっとその背に手を回しかけた時、シュテファンが言った。
「あなたに対し、酷い侮辱をしてしまった。俺は──、夫として失格だ……! こんなに失敗ばかり繰り返して、見限られても仕方がない……!」
違うの、シュテファン。
「臆病だったのは私です、シュテファン様。黙って消えた、私がいけなかったのです。あなたに相談するべきだったのに……」
何のかんのと理由をつけて、逃げてしまった自分が恥ずかしい。
彼をこんなにも傷つけた。
そんな私に、彼が言う。
「やっとわかった。あなたが姿を消したのは、子どもを守るためだったんだな……。それに、俺を」
「──っっ」
私の頬を、涙が伝う。
私の父、リーネル公爵は子どもを利用しようとしていた。
私ひとりの力では妊娠を隠し切れず、しかもシュテファンは戦場という、常に命の危機に晒される場所にあった。
もし私の妊娠を公爵が知ったら?
遠征先で、不測の事態を仕組まれるかも知れない。
そして公爵は皇帝唯一の赤子を帝位につけ、当然のようにその隣に座っただろう。
不安だったのだ、私は。
初めて恋した相手には生きて欲しいと願ったし、子どもを利用されるのも、その子が望まぬ人生を強いられるのも嫌だった。
(その気持ちに彼が、気づいてくれた──)
たまらずぎゅっと、彼の背中を包み込む。
すぐに熱く、抱き返された。あたたかな腕と厚い胸に包まれて、彼の脈打つ鼓動が、私と一つになる。
訥々と、彼が言葉をつなぐ。
「遠征から戻り、あなたの姿がなくて置き手紙だけが残されてあった時、俺は心臓を握りつぶされた思いがした。あなたを失って、信じられないほどの喪失感に戸惑って。それでやっと気づいた。あなたが俺にとって、どれほどかけがえのない存在になっていたかと」
(シュテファン、まだ震えてる……?)
「すぐに国中を探したけれど、見つけることが出来なくて。どんどん不安になって」
(私の腕が回りきらないほど大きな身体なのに。なんて哀しい声……)
彼の背をゆっくりと撫でさする。
「手紙に手がかりがないかと、何度も読み返した。そして……、あなたを苦しめたリーネル公爵家を片づけることが出来たなら、戻ってきてくれるのではないかと、そう考えた」
なのに、公爵家を縮小しても、一向に戻る気配がない。
もうどんな手がかりでも拾っていこうと、それらしい報告が届くたび、直接現地に駆けつけて私を探したと、彼は言った。
シュテファンが私から少し身体を離し、顔を見て言う。
「あなたの父親に対して、こう言うのは何だが、公爵は中枢から除いた。あなたが残した政策の数々も、可能な限り実現させた。これからもあなたが過ごしやすいよう、出来る限り心を配る。だから──どうか皇宮に戻ってきて欲しい。俺の……子どもと一緒に」
刻んでいって申し訳ないのですが、シュテファンとエリザの間にはもうひとつ、解かないといけない誤解が残っています。
というわけで会話回が続いております(;´∀`)
月末は予定が込み入っておりまして、更新日がマチマチになるのすみません!
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