13.そいつはどこにいる!
「陛下……?」
私は夢を見ているのだろうか。
そうでなければシュテファンが。皇帝がこんな片田舎にいるはずなくて──。
久しぶりに会う彼は相変わらずの美貌に加え、以前以上に精悍さが増し、大人の色香漂う男性になっていた。
別れたのは十九の時だったから……、もう二十四歳……!
(どうして彼がここに──。あっ、もしかして)
さあっ、と、顔が青くなる。
(違約金の件で、私を探し当てた?)
皇妃時代より貯金が目減りしている。当時でも無理だった金額に、今の私が届くはずない。
(どうしよう。うっかり見惚れてる場合じゃないじゃない、私ったら)
動揺しながら、どうにか言葉を紡ぎ出す。
「"女主人のお気に入り"は……、ブレンドする緑茶が高価なため、この店では提供しておりません……」
「数年ぶりの再会の言葉は、それであってるか? エリザ」
少し困ったように首を傾げたシュテファンは、私の手をとり、自身の大きな手で包み込んだ。
「あなたの出した宿題はすべて片づけたつもりだ。迎えに来た。皇宮へ帰ろう」
(私の出した宿題? えっ、何? 違約金の件で来たのよね? なら"私が出した"じゃなく、"私が出された"宿題になるはず……)
疑問符しか浮かばない状況で硬直していると、私の手をとったままシュテファンが立ち上がった。
「店主。この女性は、今日で退職する」
「まっ、待ってください、陛──!」
厨房奥に声掛けた彼に対し、まさかここで"陛下"と呼ぶわけにもいかず言葉を飲み込んだ私は、そのまま手を引かれて、出入口へと連れていかれる。
「エリさん! どうしたの? 警邏隊を呼ぶ?」
「あっ、えと、大丈夫です。少し話をしてきます、きゃあ」
慌てて声かけてくれた店長に断ると、私は待ちきれない様子のシュテファンによって、店の外へと引き出された。
何しろ相手はこの国の皇帝。
呼ばれても、警邏が困るだけでどうにもならない。
「ちょっ、ほんと待って、シュテファン!」
「!」
「あ……っ」
思わず名前を呼び捨ててしまって、口を押える。
心の中でいつも呼んでる呼び方が、そのまま出てしまった。債権者サマに対し、これはマズイ。
固まった彼が、驚きをその目に湛えて私を見た。
「いま……、名前呼び……」
「うっ! ご無礼お許しください、陛下」
急いで謝るものの、様子が変。
「いや。いいんだ。エリザには、ずっと名で呼んで貰いたいと思っていたから。だがまさか、こんなに突然、心の準備もなく叶うとは思わなかった」
戸惑うように顔を逸らすシュテファンの耳が、赤く染まって見える。
(ど、どしたの? 名前を呼んで貰いたかった? 私に? なんで?)
お店の前は普通に"通り"だ。往来を道行く人たちが、何事かとこちらをチラチラ見ている。
全身をマントで隠した長身男性に、女給服を着た私の手が捕まえられていたら、それは興味を引くだろう。本当に警邏に通報されてしまう。
「と、とりあえず、ここではなんですから家へ。私が借りてるアパートに来てください」
シュテファンに告げると、「あなたの家は皇宮だろう」と呟きながらもついてきてくれた。
(ほんとにどうしちゃったの、シュテファン)
部屋に招き入れ、私が勧めたダイニングテーブルに彼がつく。
(ううっ、狭そう。でもうちにはソファとか当然なくて、すべてこのテーブルで賄ってるから、ご容赦ください陛下……!)
皇帝を粗末な席に座らせる申し訳なさに私が身を縮めている傍ら、彼はと言えば、ぐるり視線を巡らし、観察するように部屋を見ている。
狭い一室にキッチンと食器棚、そしてこのテーブルが。奥に寝室があり、それですべてだ。広い皇宮からは考えられないコンパクトさだろうけど、前世持ちの私には慣れ親しんだサイズ感でもあり、息子もまだ小さいため気にならない。
使用人無しで全部自分で回すには、あちこちに手が届き、小回りの利く部屋が便利なのだ。あと家賃が手ごろ。
さて。何をどこから話したものか。
(初手は、契約違反および逃亡を詫びるべき? 私の居所を調べ上げ、自ら出向いてくるなんて、見逃すつもりはないってことよね? リーネル家の内部情報じゃ、やっぱ足りなかったか。それとも公爵家の件で、エリザにも罪を問いたいとか? うーん、うーん。ラノベでよくあるヒロインを虐めた冤罪はないわよね? 私、いなかったし。ああああ、なんで──)
「……コップも皿もふたつずつ。誰かと一緒に暮らしてるのか?」
彼が来た理由と対策を必死に考えていた私は、シュテファンの声に滲む気配に気づかず、ポロリと答えた。
「はい、ルーイと」
「ルーイ……? 男の名前だな。──もしかして大事な相手が出来た? それが戻らなかった理由なのか?」
「……そうです」
子どもが出来たから、あなたから離れたし、子どもを産んだから、戻れない。
男子を切望していたリーネル家は以前ほどの力を持たないけれど、それはここ最近の話。当時は違った。
(シュテファンは、私の裏切り行為を怒る?)
どちらにしても、ここは神妙にしてた方がいいだろう。
「やはりあの日……俺があなたの合意なく、身体を重ねたから……。それが原因なのか……?」
「ええ」
身体を重ねない限り、妊娠はない。
その意味ではシュテファンの責任でもあるんだけれど、シュテファンが私との子どもを望んでないのを承知の上でルーイを産んだのは、また別の話だから……。
「っ!」
シュテファンの秀麗な顔が苦しげに歪み、ぽつり、静かな声を落とす。
「だから嫌気がさしたのか? そいつのことを……愛しているのか?」
(! "そいつ"。望まなかった子どもは、"そいつ"扱いなの、シュテファン……!)
一縷の望みを砕かれ、私の気持ちがズンと暗くなる。
でも、母様だけでもあなたを愛するからね、ルーイ!
「もちろん、愛しています……!!」
「よくも……! そいつは今、どこにいる」
ゆらり、と立ち上がったシュテファンは腰の剣に手をかけている。
「待ってください! ルーイをどうするつもりです?!」
私も慌てて席を立つ。
彼を止めなくちゃ!
「どう? さあ? やっと探し当てた妻に男がいたんだ。話し合いが無理なら、当然、身体に分からせることになる」
「は、話し合い、は、まだ難しいかも」
(利口な子だけど、"父親は遠くにいる"と誤魔化してる状態、えと、それで何て言った──……。!!)
「身体に分からせるって! 子ども相手に何を!?」
(こんな人だなんて! 冷酷と言われても、本当は違うと信じてたのに!)
"ルーイに手を出させるわけにはいかない"と必死になる私に、シュテファンが言う。
「子どもだと!? ルーイとやらは、あなたに子どもまで産ませたのか!!」
「……え?」
「こんな……、俺でさえ触れるのをためらうほど繊細なあなたを相手に……、ルーイは厚かましく……。あなたを抱いた……?」
(ルーイの場合、"抱いた"というより"抱き着いてくる"が表現として近くて──)
なんだろう。何かさっきから、嚙み合ってない気がする。
「だからその、ルーイとあなたの間には、子どもまで出来たと、そういうことなのだろう……?」
傷ついた顔で、私に問うシュテファン。
待って。これは。
(もしかして……、とんでもない誤解が生じているのでは?)
「あの、陛下?」
「シュテファン」
「え」
「先ほどのように、名を呼んでくれ。あなたはルーイのことを、名で呼んでるじゃないか」
息子に対し、悔しそうな謎の対抗心。ううん、そうじゃなくて。
まさか、なのだけど。
「シュテファン様。確認なのですが……。"ルーイ"と"私の子"を、別の人間だと思っていませんか?」
「それはそうだろう? どういう質問だ」
(やっぱり! 違和感の正体はこれだったのね)
「ルーイは私の子で、父親はあなたです! 私はシュテファン様以外の誰かと、寝所を共にしたことなんてありません!」
お読みいただき有り難うございます。
あの…、ほんとすみません…。きっと前回、期待してくださったと思うんですよね…。なのに、「こういう時は、お約束のボケ展開を入れなくては」と、なんか使命感があふれて…。ほんっっっとうにすみません!!
書いてて「どうしよう、読者様が待ってるのはこれじゃない、たぶん」という気持ちになりながら、冷や汗が止まりませんでした。
いえ、あの、雨降って地が固まる準備と思っていただいて、このくだりはお見逃しください。
(でも「これは好き、いる部分」って思っていただけると非常に嬉しく…。おや?「いいね」の反応が、おや?(滝汗))
それはそうと「4歳児はもっとはっきり発音するよね」という疑問があり、ルーイの年齢をもっと低くするか、喋り方を修正するか、どちらかの手直しをしたいと思っています。しれっと修正してましたら、「あ」と思ってやってください。
では引き続き次話もどうぞよろしくお願い申し上げます。




