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帰還までのカウントダウン  作者: 空野 葵
帰還までのカウントダウン
5/5

3日目(朝)

 音もなく唇が離れた時、完全に陽が落ちたのか周囲が暗闇に包まれた。

 私の両腕を掴んでいるレナートのぬくもりだけが、彼が私の目の前に「在る」ことを知らしめている。


「――もう遅い。部屋へ戻れ」


 ぬくもりが消える。レナートが私に背を向けて立ち上がったのが、衣服の擦れる音で分かった。普段なら、人を監禁しといてその言い草はなんだと詰め寄るであろう私も、さすがに頭が回らずよろよろと立ち上がった。未だ灯りはないため、手探りで出口を探す。思いのほかあっさりと見つかった扉に手をかけると、廊下からの眩しい光を連れてゆっくりと開いていく。


「サキ」


 後ろから硬質な声が聞こえ、ぎくりと全身が固まる。


「サキは還るつもりだろうが、俺は認めていないからそのつもりで」

「――――っっ」


 気がつくと、力任せに扉を閉め、自室に向かって猛ダッシュしていた。


 何なに何!? 一体何なの!? てか、謝罪は一切なしか! どこで育て方間違えたんだ私……! いや、そんなことよりも私……私は……!!


「私は誰なの!!?」


 ドン引きしている守衛兵を横目に、思いっきり叫びながら自室の扉を開ける。中には、驚愕して目を見開いているベッドメイク中の侍女さん×3。

 はい、やってしまいました――。


*****


「くくく…っぶぶ…ははははは!!」

「アレクうるさい」

「だがお前……はっははははっ、はっ腹が捩れ……っ」

「そのまま笑い死ね」


 かちゃりとフォークを置き、じとりとアレクを睨みつける。軽く軟禁中だったアレクの元にも、昨晩の出来事が耳に入ったらしい。

 曰く、「サキ様、ご乱心」と。

 そんな噂を聞いてアレクが黙っている訳もなく、私が朝食をとっているところに意気揚揚とやってきたのだ。


「てかあんた、軟禁中だったんじゃないの? もう解放されたの?」

「ばーか、いくら俺が目障りだろうと、仮にも他国の王族だ。そんなのフリだけに決まってるだろ」

「目障り? ああ、確かにこの朝からの無駄なハイテンションにはうんざりね」

「言ってくれるじゃねーか。……ところで」

「うるさい」

「まだ何も言っていない」

「何もない」

「ほー。『私は誰なの!?』とか言うほど錯乱してたのに?」

「だからそれは……!!」

「それは?」


 昨晩の出来事が一気に思い出され、顔に熱が集まるのが分かる。慌てて下を向いたが、頭上でアレクがにやにやしているのが見えなくとも分かる。ついでに侍女さんの視線が生温かくて居たたまれないっ。ああもうこのまま消えてしまいたいっ。いっそのこと、このフォークでアレクを―――


「朝から未婚女性の部屋に押し掛けるのがルザンブルグの流儀か」

「っレナート!!」

「「「おはようございます、陛下」」」


 フォークを掴んだまま条件反射で立ち上がった私の横で、淑女の鑑のような礼をとる侍女さんたち。後ろでアレクが小さく噴き出すのが分かり、後で覚えてろととりあえず心の中で毒づいておく。

 アレクはというと、さきほどまでの空気をものともせずに、真面目な顔をして深々とレナートに対し礼を取っていた。

「陛下におかれましてはご機嫌麗しく、何よりでございます」

「何用だと聞いている」

「麗しの“シルビアの女神”に会いに参りました。他意はございませんが、お気に触ったのなら申し訳ございません」

 アレクの芝居がかった口調に、今度は私が噴き出す番だった。


*****


「おはよう、サキ」

「お、おはよう」


 気まずい。非常に気まずい。

 アレクを追い出……丁重にお帰り願った後、レナートは私の真向かいの椅子に腰掛け、じっと私を見てくるのだ。それはもう、穴が開きそうなほど。視線に耐えられず、手持ち無沙汰な私は何杯目かもわからないお茶を飲み干す。う、お腹がたぷたぷしてそう……。

 カップを傾けながら盗み見ると、ふ、と微笑む彼の姿。早朝からすでに執政していたのか、きっちりと着こなした濃紺の軍服に、さらりと揺れる金色の髪。うわ、駄目だ、昇天する。誰か助け……


「サキ、今夜、迎えに来るから」

「ひゃいっ!?」


 やばい、変な声でた。迎えって、何の迎え!?

 ごほごほと咽ている私の後ろで、きゃあっと侍女さんたちの歓声があがる。


「え、ちょ、な」

「政務に戻る。じゃあサキ、また宵の時刻に。皆、サキを頼んだぞ」

「「「お任せくださいませ、陛下!!」」」

 

 入ってきた時と同様に、あっという間に部屋の扉が閉まる。侍女さんたちが頭を上げるのを待って、恐る恐る尋ねてみた。


「あの……今って一体なんの」

「おめでとうございますサキ様! 陛下のエスコートでご登壇なんて、衣装選びの腕が鳴りますわあ」

「あら、私もいつもの3倍は美しく髪結いしてみせますわ!」

「それを言うならお化粧だって……!!」


 私の中の警報アラートがけたたましく鳴っている。だがしかし、聞かずに流されるのはもっと恐ろしい。


「あの、今夜って……」


 3人の侍女が一斉にこちらを振り向いた。


「「「新王陛下即位の祝賀会ですわっっ」」」


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