病み垢より深い闇
普段から行列ができている香川屋分店。なぜ閉店するのかは敢えて訊かないが、別れを惜しんで行列がブーストをかけている。50メートルくらいはあるだろうか。わいわいガヤガヤ、どこかちゃらんぽらんな茅ヶ崎の人たち。
「夢叶、小説の原稿は進んでるのか?」
歩道がない、一方通行でも良いくらいの道幅のラチエン通りの路側帯にまみ子ちゃん、わたし、猫島くんの順に南北1列で並びながら、主にまみ子ちゃんとの雑談は続く。
「本文はもう完結というか、1冊分の構想はできてるんだけど、作中に入れる楽曲の歌詞ができておらず……」
「そっか」
「え、それだけ?」
「大変だな」
「大変だよ?」
「私も何かやれば可処分所得増えるかなぁ」
「可処分所得が増えると戦いに使っちゃうんじゃなかったっけ」
「そうなんだけどよ、そこをなんとかこう、変えてだな、変革と前進とだな、したいと思ってるんだよ」
眉間に皺を寄せて心持ちを騙るまみ子ちゃん。
「何かあったの?」
「何もないんだよ、ないから困ってるんだ」
行列が2歩進んだ。
「茅ヶ崎の連中は大体リア充だし陽キャだしさっさと結婚してせっせと子作りしてそれなりの着地点を見つけてるのはわかってる」
まみ子ちゃんも陽キャでは? と思ったが黙って聞く。
「ところがどっこいだ。SNSを見ると、いわゆる病み垢ってヤツが、少し経つといつの間にか結婚してノロケ話をしてやがる」
「それな!」
凄まじい共感に思わず声を張り上げ、行列の視線をいくらか集めてしまった。まみ子ちゃんがSNSをやっているのも意外だが突っ込まない。
猫島くんは眼をパチクリしている。概ね共感といったところだろう。
「それでだ、もしかしたら自分は日頃から希死念慮に駆られてるヤツらより深い闇の中にいて、延々と進歩してないんだって気付いたんだ」
「ああ……」
「それで極めつけに夢叶が小説家デビューだ」
「あ、いやわたしはこれからが勝負でありまして……」
「私はまだスタートラインにすら立っていないんだ。クソ野郎を立派な生徒に育て上げる教師になりたいもんだけどな」
数分に数歩、行列は着実に進んでゆく。けれどこのままではわたしたちの順番が来る前に売り切れるのでは? せっかく長い時間並んだのに、手に入れられないのでは?
頭上から受信した不安感がからだを蝕んで、じわじわと全身に行き渡ってゆく。




