どう見てもパワハラ
「チッチッチッ……」
車輪が削られて、鈍色の踏面がテカテカ銀色になってゆく。機械の中でぐるぐるぐるぐる、ゆっくり削られてゆく。
そんな最中、わたしの背後でガタイの良い男が仁王立ちで執拗に舌打ちをしている。森本力也だ。暇を持て余して構いに来たのだろう。自分が削っている車輪の監視をしなれけばならないはずでは?
「おい、テメエ」
ドスの効いた声で脅迫とも取れる呼びかけ。
「はあ〜い〜」
車輪を監視しなれればならないので、覗き窓から顔を背けず空返事をした。
「さっきから俺が後ろにいるのわかっててシカトしただろ」
「仕事中なので。森本さんは車輪視てなくていいんですか」
「うるせえ、俺は状態のいい車輪を低速で削ってるんだ」
いくら代務とはいえそれはいいの? 切屑がリボンみたいにデロンデロンに長くなるよ。
切削時に発生する切屑はコンベアーに落下してクラッシャーまで運搬され、粉砕して切屑スキットに溜まる。
「なあ森崎、お前、鉄道は好きか?」
「いや、そんなでも」
「おいなんだてめぇコラ! いまお前が削ってるこれはなんだ!? 愛情持って削ってるんじゃないのか!?」
バンバンバン!
森本がわたしの横に踏み込んできて研削機の青い扉を力強く叩いた。どう見てもパワハラだが、いつものことだし構って欲しいだけのおじさんなので物怖じしない。
自分が手がけた車両に愛着はあるけれど、鉄道全体が好きかと訊かれるとそうでもない。他社はほとんどわからない。いつしか乗った小田急ロマンスカーと近鉄特急しまかぜは良かった。
そんな風に語っても面倒なので「好き好き大好きです」と棒読み口調で応えた。
「そんな森崎にクイズだ。うちとか小田急とか相鉄とかの軌間は?」
レール間の幅を軌間という。
「1067ミリ」
「そうだ。それを一般になんという?」
「挟軌」
「おう、標準軌の1435ミリより狭いから挟軌だ」
標準軌は高速走行をメインとする新幹線や京急電鉄等で採用されている。カーブも高速で通過できるので車両を効率的に運用できるが、日本は国土が狭いため、挟軌が一般的となったという。
車輪を切削するカッターが疵の部分に突入したのでレバーで回転速度を下げた。
「けどよ、世の中には1067より狭い軌道があるんだ。鉄道が好きなら当然知ってるよな?」
「遊園地の豆汽車?」
「てめぇナメてんのか!」
それからくどくどと蘊蓄を垂らされているうちに、車輪は無事綺麗に仕上がった。ちなみに森本が語りたかったのは三重県の三岐鉄道だったらしい。
定時退社し、自室でノートPCと向き合う。車輪削正は見栄えと数値がハッキリしているので出来の良し悪しが一目でわかるが、小説のトルツメはとても手間のかかる作業だ。場合によっては泣く泣く削る章も発生する。
でも、小説を書いていると死にかけながら生きた心地がして、つまるところ自らの存在意義を発揮している感覚がある。
わたしにとって執筆は、やはり止めてはならないカルマなんだ。




