いいよ
男女で入る目的はどう見てもあれだが、千鳥足の僕をこのまま帰すのは危険と判断したためと考えるのが自然である。帰途の駅でもし線路に転落して電車に轢かれたら……。
そういった人を、彼女は見てきたのだろう。
ここは素直に応じておくべきだ。
僕は美奈さんの提案に応じ、ホテルの中に入った。
自動ドアを抜けると質素なフロントがあり、美奈さんがグレーのTシャツを着た小太りの女からガラス越しに鍵を受け取った。
このようなホテルは初めてだが、何通りかのムーディーな部屋があって、自由に選べるのではなかったか?
美奈さんに手を引かれ、カビとタバコの臭いが染み付いた狭い通路を抜け、幅3メートルほどの階段を上がる。全体的に薄暗い。
「えーと、にいまるごにいまるご……あった、この部屋だ」
鍵に刻まれた205号室は奥まった突き当たりにあった。
ガチャリ。美奈さんが解錠するだけで、緊張が迸る。
部屋の中に入ると、一般的なビジネスホテルの一室の5倍くらいは広かった。まず玄関に申し訳程度のクローゼット、靴を脱いでフローリングに上がると、二人で寄り添って寝るにはちょうど良い幅のベッドがある。このフローリングが一人がようやく収まる程度の幅しかない。
驚くべきは、ベッドと浴場の間に壁がなく、しかも浴場のタイル部分がやたら広い。反して奥の壁際に設置されたバスタブは一人用である。ゆったり脚を伸ばして入れる大きさだが、二人で入るには狭い。
トイレは恐らく向かって右奥の、後付けと思しき簡易個室だ。
「わ〜、これはすごいお部屋だね」
美奈さんも呆気に取られている。
「美奈さんは、その、こういうホテル、来たことあるんですか?」
「こーら、そういうのは訊くもんじゃないぞ」
フグのように頬をぷくっと膨らませ、人差し指で僕の頬をツンツンした。
「さて、歩き疲れたし、ちょいと寝ますかな」
床にバッグを置いた美奈さんは、両手を広げて正面からベッドにダイブした。そのまま弧を描きながら転がり、鏡張りの壁際に詰めて横向きになり微笑んで
「おいで」
と僕を誘った。
恐る恐るベッドの縁に腰を下ろした僕は、頭から枕に横たわり、仰向けに寝た。天井まで鏡張りだ。
「可愛い」
耳元の不意な囁きに心臓が飛び跳ねた。
「いいよ。それで、ゆっくり眠ろう」
彼女はいま、どんな表情をしているだろうか。普段の天真爛漫な立ち居振る舞いからは想像し得ない、澄んだ、甘美な声だった。




