厄介な鉄オタ
見覚えはあるが名前は思い出せない男がわたしを指差している。しかし行き交う無数の人々はわたしの名を知らない。もりさきゆめかかどうかわからない。
いまのところこの大船駅という空間でわたしを知る者はこの不審者のみ。
不審者ならば無視すれば良い。
わたしは速足でその場を離れる。男が追いかけてくる。普通に怖い。基本的にやってはならないが、スマホを操作しながら歩く。
「おいシカトしてんじゃねえ!」
チビのくせにゴリラのように恰幅を広げ、ズカズカズカズカと、気に障る歩き方。
怒声に周囲が異変を察知する。
右に比較的空いている後ろ5両の乗車口へ続く階段、左に混んでいる基本の10両までの乗車口へ続く下りエスカレーター。
普段は右だが今回は敢えて左へ。案の定、ホームは人でぎっしり。エスカレーターは歩けない。
ホームに下りて追い付かれた。
「なんで逃げるんだよ。俺様に恐れ慄いたか?」
芋洗い状態のなか、男は背後からわたしに問う。
「しつこいと警察呼ぶよ」
「……クッ……ろくに知識も語彙力もない、ダラダラ歳を取っただけのヤツが。なあ知ってるか? 電車って電気で動くんだぜ?」
「知ってますけどそのくらい」
いますぐこの場から離れたいが身動きが取れない。無視を続けると怒りで手を出してくるかもしれない。
「さすがにそんくらいは知ってたか。なら知ってるか? 人身事故で電車を止めると車輪が傷むから、修理代百万かかるんだぜ?」
車輪の価格を計算する。東海道線は普通列車が最長15両、貨物列車なら27両だが、今回は一般的な路線の10両編成で計算。この場合、装着している車輪は左右合わせて80本。安くても車輪1本8万円以上はするので、とても百万円では足りない。
では車輪は取り替えずとも削った場合。電気代は百万円には及ばず、車輪を何ミリ削るかで損失の幅は様々。
結論、なんとも言えない。そもそも車輪を全交換するとなっても一度の急停車で新品から交換基準まで傷むなど宝くじで億当たるより遥かに低い確率。
「なんだ知らなかったかー」
小馬鹿にした口調。
その後もしばらく鉄道に関する蘊蓄が続いたが、正誤不明なもの、誤っているものも多かった。
しばらく待って入線してきたのは、定時運行の特急列車。最後部の9号車が目の前に止まった。
「あ、夢叶じゃん! おつかれ〜」
乗務員室から顔を出しているのは美奈ちゃんだった。
「おつかれ美奈ちゃ〜ん! 乗せてもらうね!」
「おう、乗ってけーい!」
「なっ、なななっ……」
背後の男が先ほどとは一変、強張っている。
予めスマホで特急券を購入していたわたしは、一人でそれに乗車した。




