マルタンヤンマのような女性
森崎さんも、ページをめくる所作は綺麗だ(肌も綺麗だし顔立ちは可愛い)。世の中にはバッ、バッとガサツにめくる人もいるが、ページの端に手を添えるようにして、さらりさらりとめくってゆく。青山さんと御城さんも同じではあるが。
注文の際も「江ノ島丼」とか「シラス丼」と素っ気なく言うではなく「〜をお願いします」と言葉遣いが丁寧な人たちだ。ちなみに青山さんが江ノ島丼で、ほか三人がシラス丼を注文した。
僕の個人的な鉄道職員のイメージは横柄、粗暴、高圧的、高飛車、エリート気取り、キラキラ上澄みばかり見て足元を見ていない意識高い系とあまり良くないが、そうでない人もいるのか。
同じ芸術家でありながら、鉄道という僕には未知の世界を知る三人。
「あの……」
恐る恐る、開口した。三人の視線が僕に集まる。
「御城さんって、どんなイラストを描かれてるんですか」
自己紹介されたときから気になっていた。
御城さんはほころんで「ご覧になりますか」と小さなバッグから徐にスマホを取り出して僕に見せた。
画面には、見覚えのあるふんわりと凛をバランス良く織り交ぜたタッチの美少女イラストが映っていた。
「まるたんやんまさん?」
驚いた。多分野でキャラクターデザインを担当しているイラストレーターは多くいるが、その中でも特に有名なまるたんやんまさんだとは。宝石のような艶を帯び、凛としつつもまるみを帯びた出で立ちは、まるでトンボのマルタンヤンマのよう。
マルタンヤンマとは、茶色いボディーにオスはトルコ石のようなコバルトブルー、メスはイエローグリーンの複眼を持つ、朝と夕方の薄暗い時間に翔び回る『黄昏飛翔種』と呼ばれるトンボの一種だ。ここ藤沢市や隣の茅ヶ崎市、鎌倉市を含む神奈川県や関東地方全域、国内でも広域に棲息しているが、間近では滅多に見られない。いわば身近にいるレアキャラである。
薄暗い時間帯に高所を高速で翔ぶ翅の茶色いトンボがいたら、マルタンヤンマの可能性がある。
まるたんやんまさん自身、コミケなどの表舞台にあまり出ないのもまた、レアキャラであるマルタンヤンマを思わせる。
「わあ、私のイラスト、ご存知なんですか?」
蕾が開くように、彼女の表情が華やぐ。御城さん、意外とチャーミングな女性だな。
「はい、僕、風天の猫っていうハンドルネームなんですけど……」
「えっ、風天の猫さん!? いつも拝見させていただいていますー! 萌えもハードボイルドも描き分けられる凄い方だなぁって、尊敬しています! 握手してくれませんか!?」
「あ、いや、僕のほうこそ」
僕は恐縮しつつ差し出された右手を取り、握手に応じた。なんて柔らかい手なんだろう。この華奢な手で、キャラクターの命を生み出し、生身の死を弔っているのか。
「いやいやいやいやちょい待ち、え、風天の猫さん? ちょ、有名人じゃん!」
あわあわと驚愕しているのは青山さん。
「いや、僕はそんな」
青山さんとも握手した。彼女の趣味は知らないが、僕を知ってくれているということは、サブカルはそれなりに詳しいのだろう。
気まぐれに、細々と食いつないでいる風前の灯火。生まれも育ちも湘南茅ヶ崎、人呼んで、風天の猫。
「有名人さんたちと、フォロワー15人前後のわたし。ホホホホホ……」
ぐいっと、森崎さんがグラスコップの水を飲み干した。
「夢叶も作家じゃん! これから伸びるよ!」
おだて上手の青山さん。
僕もだが、恐らく森崎さんも自身を否定されて育った人間だ。自己肯定感が低いのは必然である。そんな彼女の、ほんとうは心根の明るいキャラクターを掘り出してくれたのは、この二人なのだろう。
「うん、そうだね、これから伸びる!」
羨ましい。率直にそう思ったところで、僕は青山さんの視線を感じた。
その引力で、俯き加減の僕は正面を向いた。彼女は刹那、僕に微笑んだ。




