癒しと毒は紙一重
「いやーあ、久しぶりだなあ、江ノ島!」
ホームの屋根がないゾーン。美奈ちゃんが空を見上げ、左手で二の腕を掴みながら右手を掲げる。
ガヤガヤとミーハーオーラ漂う遊び気分の群衆に紛れて改札口へ向かう。終端駅なのでこの先に線路は続いていない。
「私も。みんなと会うときは大体横浜だもんね」
舞ちゃんは手を後ろに組んで下へ伸ばす。美人は一挙手一投足がセクシーである。
「近場でありがたい」
その様子を後ろから見守るわたし。三人並んで歩いたら邪魔だもの。
「夢叶は地元だもんね」
「さようでございます」
江ノ島へ渡る前に、わたしたちは国道沿いの水族館へ向かった。青を基調とした薄暗い空間は、まるで夢幻。
大きなサメやエイ、群れるイワシなど、多種多様な生物が織り成す巨大水槽は特に人気。
相模湾の生態調査も精力的に行なっているこの水族館では、湘南名物シラスを小さな水槽で展示している。ところ狭しと泳ぎ回る無数のシラスも、これはこれで見応えがある。塩茹でしたら美味しそうなどとは決して思っていない。生で生姜醤油に付けたら美味しそうだとも思っていない。
思い出したのは5歳のころ、ろくに監視もしていない母親と離れ一人、茅ヶ崎海岸ヘッドランドの西側で水深70センチほどの瀬で海水浴をしていたら、眼下に泳いでいる一匹のシラスを見つけた。直後、百メートルほど沖合でイルカが跳ねた真夏の午後。
クラゲ専門のコーナーも広々と取られていて、ほわんほわんと傘や毒を孕んだ触手が浮遊している。どこのコーナーにもスマホで撮影する人々が集っている。
「癒しと毒って、紙一重だね」
クラゲの群れを眺めながら、わたしはそう思った。
「綺麗な薔薇には棘がある、みたいな?」
美奈ちゃんが何体ものクラゲを目で追いながら言った。
「富士山は綺麗だけど噴火する、広大な海はときに荒れる」
「夢叶は詩人だねぇ」
「えっへん」
胸を張りつつ、特に叙情的なことは言っていない自分に気付く。
屋外に出て、イルカショーが披露されるステージの前に来た。客席後ろの通路から空席を探す。海岸と江ノ島を背景にしたプールと、それに沿い曲線形に配置された客席。前方の席は混雑するうえイルカがざぶーんしたら水がかかりそうなので、わたしたちは後方の席を探す。
「さすがえのすい、後ろのほうまで混んでるね」
「いいなぁ夢叶ちゃん、こんないいところが近所にあって」
「土地だけは、恵まれたと思っております」
ペコリ。
空席が少ない。一人か二人分ならちらほら、しかし三人並んではなかなかない。
「あっ、あそこならどう?」
見切れはしないものの右端に近い最後部の席は、通路側の端に男性が一人で座っていて、その左側は五人分ほどのスペースがある。あそこなら一人分空けて座れば良いかな。
二人の同意を得て端に座る男性の横へ。
「あ、猫島くん」
こんなところで会おうとは。でも、一人で水族館とは猫島くんらしい。
心なしか表情筋がゆるんで、胸がほんのり、温かくなる。
「森崎さん」
猫島くんは「二人は誰だろう?」とこちらを見上げた。




