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29 貴方が私の

目を覚ますと、見慣れた部屋にいた。いつの間に、家に帰ってきたのだろう。ぼうっとする頭を動かすと、段々と、記憶が蘇ってくる。


『君を愛しているんだ、フィオナ!』


ぞっとするような経験をした。追い詰められた人間は何をするかわからないというのは、まさにあのことだったのだろう。何が彼をそこまで追い立てたのか。今となっては、もう知る必要のないことに違いなかった。


「お嬢様!」

「姉さん! 目を覚ましたのか、よかった……!」


メアリの声がして、そちらを見ると、続いてアルが入ってきた。ああ、帰ってきたんだ、とほっと息をつく。起き上がって、二人を見上げる。安心したような表情に、私も安堵する。


「突然倒れたから、怪我でもしてるんじゃないかと心配したんだ」

「お医者様は極度のストレスによるものとおっしゃっていました」

「無理もないよ、あんな状況。……大丈夫?」


アルが心配そうにこちらを見る。身体は問題ない。痛いところもないし、辛くもない。気持ちはまだ、少し混乱しているところがあるけれど、それでも立ち直れないほどではない。

私にとっては、つらい経験をしたことよりも、誰かが助けに来てくれたのだということのほうが、重要で、大切だった。


「フィオナ嬢!」

「あっ……、テオドール様」

「よかった、目を覚ましたのか……」


ばたん、と音がしてドアが開かれて、テオドール様が入ってくる。アルが諌めるように「テオ!」と名前を呼んだ。


「あの、わたくし、何とお礼を言ったらいいか……」

「いや、無事だったことが何よりだ。気にしないでくれ」


テオドール様が首を振る。きっと、本当にそう思っているのだろう。

でもあのとき、馬車の中に光が差したとき、私は本当に救われた気がした。本当はあのとき、もうだめだと思ってしまっていた。そんな中、助けてくれたのは、テオドール様だった。


私はあのとき、確かに心のなかで、彼の名前を呼んだ。


「テオ、淑女の部屋にノックもなしに入るなんて何を考えてるんだい」

「っ、あ、すまない、目を覚ましたと聞いて、……居ても立っても居られなくなったんだ」

「はあ……、仕方ないな。メアリ」

「はい」


アルが声をかけて、メアリを伴って部屋を出ていった。部屋の中に、ふたり取り残される。


「フィオナ嬢」

「っ、はい」

「……本当に、貴女が無事でよかった」

「ありがとう、ございます」


突然ふたりきりになって、緊張してしまう。あのとき、私が彼の名前を呼んだ理由について、心当たりがないわけではなかった。この胸の感覚を、私は知っている。彼に夜会に誘われたとき、夜会で告白をされたとき、いつだって心臓は高鳴っていた。


(きっと、これが)


「テオドール様」

「ああ」

「わたくし、貴方のことが好きです」

「あ、……あ!?」


テオドール様が、驚いたような声をあげる。自覚をしたら、言葉にせずにはいられなかった。あの光が差したとき、その光の中にいた貴方を見て、わたしは気づいてしまった。そして、優しく抱きしめて言葉をくれたときに、確信に変わった。きっと、これが、そうなのだと。


「フィオナ嬢、何を」

「突然申し訳ありません、驚かせてしまいましたよね」

「違う、いや違わないが、……どうして、そうなった」


それはもっともな疑問だと思う。私が同じ立場でも困惑するだろう。

でもわたしは、この気持ちを表す言葉を知っている。ずっと小さい頃から、寝物語のように聞かされていたそれを、わたしはこれまで信じてはいなかった。


「貴方が、テオドール様が、わたくしの『運命』だと、そう思ったんです」

「運命……、待ってくれ、だってそれは」


ぐ、とテオドール様の言葉が詰まるのがわかった。アルのお友達だもの、きっと我が家におけるその言葉の意味を知っているのだろう。困惑したような表情で唸っている姿が、どこか可愛らしくて、小さく笑ってしまう。

あんなに不思議で、苦しかったのに、認めてしまえばこんなにも愛おしいだなんて。


「……だめだ、言葉が見つからない」

「言葉?」

「喜びと戸惑いを同時に表す言葉が、見つからない」

「ふふ」


テオドール様なりの冗談なのだろう、眉を八の字にして、どこか大型犬のような表情をうかがう。そんな顔を見るのは、初めてだった。


「……あの告白の、返事と捉えてもいいだろうか」

「はい。……改めてお返事申し上げます。……わたくしで良ければ、お傍にいさせてください」

「そう、か……」


そう言って頭を下げると、テオドール様は、小さく頷いた。何か逡巡している様子に、首を傾げる。「あの」とかしこまった声が聞こえて、背筋を伸ばす。それから、すっと両腕を広げて、こちらに視線を送ってきた。


「……抱きしめてもいいだろうか」

「……え、と、……はい」


その言葉は予想外のもので、一瞬固まってしまう。それでも、耳を赤くしながら、こちらを窺う姿にきゅう、と胸が高鳴る。頷かずには、いられなかった。

同じように腕を広げると、ぱ、とその表情が明るくなるのがわかった。そして、ベッドに座る私を、屈みながら抱きしめてくれた。大きな身体が、私を包む。助けてもらったときとは違う、とくとくと暖かい鼓動が伝わってくる。


「フィオナ嬢……」


ゆっくりと離れて、テオドール様が私の頬に触れる。その先にあるものなんて、ひとつしかない。近づいてくる端正な顔に、緊張しながらも目を閉じる。


「はいストップ」

「っ!」

「アルテリア……!」


いつの間にか戻ってきていたのか、アルテリアの声がドアの方からしてびくっとしてしまった。そちらにはメアリもいて、この状況を身内に見られた、ということに羞恥を覚えてしまう。慌ててテオドール様から距離をとった。


「目を覚ましたばかりの姉さんに無体を働くなんて、見損なったよテオ」

「……無体ではない」

「そ、そうよアル、テオドール様は……」

「姉さんも姉さんだ。浮かれてなんでもかんでも許しちゃ駄目だよ!」


ぴしゃり、とアルに言われて、何も言えなくなる。なんでも許しているつもりはないけれど、傍から見れば、そうなのかもしれない。


「テオ、こっちに来て」


ぐい、とテオドール様の手を引いてアルがドアに向かっていく。テオドール様がこちらを見てくるけれど、手を振ってそれを見送った。


「よろしいのですか? アルテリア様、なんだか怒ってるように見えましたけど……」

「ふふ、大丈夫よ」


メアリが心配するようにドアの方を見たけれど、アルは部屋を出る直前に私に向かって微笑んだ。きっとテオドール様をからかいたいという気持ちが大きいのだろう。我が弟ながら、意地が悪いというか、可愛いというか。


「十五分ほどしたら、紅茶を持っていってあげて」


メアリが頷いたのを確認して、もう一度布団に入る。

まだ胸が、どきどきしている。しばらくは眠れそうにない。


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