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30 祝辞

アルテリア・ローズ、財産領地豊かなローズ家の嫡男。人当たりもよく、母親譲りのブロンドと端正な顔立ちで社交界では人気を博していた。

そんな彼には、姉がいる。名はフィオナ・ローズ、二人は仲の良い姉弟だった。


そんなフィオナに、春が来た。アルテリアの友人であるテオドール・ラングレーが彼女に恋をしたのだ。学生の頃から恋愛の「れ」の字も知らなかった親友が、自分の姉を見初めた。それはアルテリアにとって、この上なく歓迎すべきことだった。

そしてフィオナもまた、テオドールのことを好きになった。大切な人たちが、幸せになる。こんなに嬉しいことはないだろう。

さて、そんなアルテリアについて情報を追加しなくてはならない。


彼は、超がつくほどのシスコンである。



「アルテリア……」


アルテリアに腕を引かれ、談話室に連れてこられたテオドールは、気まずそうに視線を彷徨わせていた。未だかつて見たことがないほどの不機嫌オーラを放つ友人に、何と声をかけていいかわからないのだ。

アルテリアとテオドールは、喧嘩をしたことがない。意見の衝突はあれど、互いを理解しているからこそすぐに解決できていた。しかし、今回は違う。


「君はもっと節度があるやつだと思っていたよ」

「いや、それは……」

「まさか寝込んでる姉さんにあんなこと……!」


後ろを向いたまま肩を震わせる姿を見て、テオドールは罪悪感を抱いてしまう。テオドールとフィオナが出会って、まだたった数ヶ月しか経っていない。これまで浮いた話ひとつなかった姉を、ぽっと出の男(アルテリアとの付き合いは長いが)が奪ったと言っても過言ではないのだ。


「アルテリア、お前にもちゃんと説明しようと思っていたんだ。だが、……その、浮かれてしまって……」

「……」


アルテリアからの返事はない。テオドールは意を決して、その肩を掴む。きちんと説明をして、理解をしてもらわなければならない、と思ったからだった。


「おい――……」

「っ……」


ぐ、と自分の方を向かせると、息をつめて俯く姿が見えた。もしや泣いているのか、と一瞬うろたえてしまう。しかし、次の瞬間、「ぷは」と小さく吹き出す音が聞こえた。


「っ、はは、あはは! 君、ほんとにまじめだな……!」

「……アルテリア?」

「ひー……ッ、ちょ、まって、あははッ! くるし、苦しい……!」

「お、前……!」


いざアルテリアが顔をあげたら、これでもかというほど満面の笑みを浮かべて大爆笑し始めた。テオドールの様子がツボに入ったのか、しばらくその笑い声は治まりそうになかった。

そこで初めて、自分はからかわれたのだと気づいたテオドールが、地を這うような声でアルテリアに呼びかけた。しかし、それは逆効果だったらしく、ばしばしとテオドールの肩を叩きながら、果てには涙を浮かべながらげらげらと笑っている。


「騙したな……!」

「はー……、っはは、君が勝手に勘違いしただけだろ。僕は怒ってるなんて一言も言ってないよ、僕は」

「減らず口を……!」

「で? なんだっけ、っふは、う、浮かれてるんだっけ……?」

「やめろ! 繰り返すな!」

「あはは!」


言い訳のように唱えた自分の言葉を、からかうように繰り返すアルテリアの肩を掴んで揺さぶる。恥ずかしさはあれど、いつものように軽口をたたくアルテリアに安心したのも、事実だった。


テオドールは、本当にアルテリアが憤りを覚えていると思っていた。それは彼が姉であるフィオナを本当に敬愛しているからだった。二人の間で交わされる会話の中で、時折フィオナの話が出る。その時のアルテリアは、穏やかな表情をして、楽しげに語っていた。

まさか彼も、こんなに早く姉が誰かと恋に落ちるなんて思ってもみなかっただろう。


「テオドール、前言っただろう、『君たちはいいパートナーになる』、あれは嘘じゃないよ」

「……、そう、か」

「まあそれはそうとして、節度を守ってほしいのも本当だけどね」

「それは、……善処する」

「はは、期待しないでおくよ。……そうか、君たちが結婚したら、僕は君の義弟になるのか」


はた、と気づいたようにアルテリアが呟いた。それは考えたことがなかった。その言葉に、テオドールは微妙な表情を浮かべる。


「姉さんのことは頼んだよ。お・に・い・さ・ま!」

「やめろ!」

「はは!」


再びアルテリアが揶揄うように笑った。学生のころからの友人にそう呼ばれるのは、違和感しかなかった。それに、本当に義兄だなんて思っているはずもない。テオドールが拒絶して手を伸ばせば、それをかわすようにアルテリアはひらりと一歩下がった。


はたから見ればじゃれているようなやりとりの途中、コンコン、と談話室のドアがノックされる。


「お茶をお持ちしました」

「ああ、ありがとう。姉さんから?」

「はい。十五分ほど経ったら持っていってほしいとお申し付けがありました」

「ほらテオ、姉さんはちゃんとわかってるんだよ。僕が君をからかっていただけだってね」

「く……!」


メアリがテーブルに紅茶をセットする。それを受けて、アルテリアがソファに腰かけた。当たり前のように姉の意図を汲み取ったアルテリアに、テオドールはどこか悔しさを覚えた。二人は姉弟なのだ、その以心伝心っぷりは当然のことだろう。勝つことが出来るはずがない。しかし、それはまだ、今の時点では、の話だ。


「すぐに、追い抜く」

「どうかなあ、僕たちは仲のいい姉弟だからね」


からりと笑うアルテリアの表情は、喜色を隠せていなかった。それくらいの気概がなければ、姉を任せることはできないと考えているからだった。紅茶を飲むテオドールを見て、ふ、と息を吐く。

きっと、その時は来る。姉がこの家から旅立っていくことを考えて、少しだけ胸の中にある寂しさを、紅茶とともに呑み込んだ。


30話まできました。完結までもう少し、引き続きよろしくお願いいたします。

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