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25 知ることの意味

庭園が一望できるテラスで、ぼう、と外を眺めていると、来客の知らせが届いた。いまはこの家には母と私しか居なかったから、母が友人でも呼んだのかと思っていたけれど、その客人は私の元にやってきた。


「こんにちは、フィオナ嬢」

「テオドール様?」

「僕も居るよ」

「アルテリア、どうしたの? 今日は王城に行くと聞いていたけれど」


立ち上がって礼を執る。テオドール様とアルが、テラスにあるテーブルについた。侍女であるメアリに二人の分の紅茶を用意するように言えば、彼らはため息を吐いた。


貴族は、基本的に自分の領地や事業を中心に仕事をしている。その嫡男もまた、家業を引き継ぐために学ぶ必要がある。この国では、各領地で大きな格差が生まれないように税率や法律を一定にしている。それを学ぶために、学園卒業後、爵位を継ぐまで、嫡男は王城へ定期的に行く必要があるのだ。今日はその日だったはずだ。


「教師が急な体調不良で中止になったんだ。どうせ暇になったからって帰ってきた」

「テオドール様を連れて?」

「いやあ、だって」

「俺が頼んだ。貴女に会いたくて」

「……!」


……油断していた。あの釣書が届いて以来、お会いしていなかったから、忘れていた。この方は、今はとても危険なのだと。


「これを」

「……カンパニュラ、ですか?」

「ああ、貴女に」


釣鐘のような形をした紫の花をメインに作られた小さな花束を渡される。こうして花を贈られるなんて、いつぶりだろう。その可愛らしさに、ふ、と笑みがこぼれる。


「ありがとうございます、飾らせていただきますね」

「そうしてくれ」


これは、テオドール様が選んでくださったのだろうか。花屋でひとつひとつの花を見比べているところを想像して、胸が温かくなる。

ちょうど紅茶を持ってきたメアリに花束を渡して、部屋に飾ってもらうことにした。

それを見ていたアルが、こほん、とわざとらしい咳ばらいをする。


「二人の世界に入ってるところ悪いけど、僕のことを忘れてない?」

「ッ、忘れてないわ」

「ならいいけど。……今日は姉さんに話があってね」

「話?」

「マクラレン侯爵のことだ」


その名前が出てきたことに眉を顰める。あれ以来、何の音沙汰もない。両親に聞いても「大丈夫だから」としか帰ってこず、正直に言うともやもやしていた。それをアルとテオドール様から聞くことになるなんて。

姿勢を正して、二人に向き直る。


「聞かせてください」

「うん。……んー、どこから話そうか」

「まずはマクラレン侯爵家の状況からだな。投資に失敗して事業が傾いているというのは本当らしい」

「ええ、この前アルも言っていたことですよね」


あの夜会でサファヴィ侯爵が仰っていたことでもある。社交界では有名な話であるらしく、それはアルも知っていた。商会の経営が上手くいっていない、と。前侯爵のときは、そんなことはなかったはずだけれど。


「それから、釣書のことだけど、あいつ離縁するつもりらしいよ」

「離縁? あの、奥様と?」

「ああ、上手くいっていないと聞いた」


彼の結婚式で見た奥様を思い出す。社交界で何度か会ったことのある、品のある女性だった。言葉を交わすことはなかったけれど、仲睦まじいように見えた。それが、どうしてそんなことに。ご子息だって、生まれているはずなのに。


「奥さんに愛人が居るんだってさ、それを理由に離縁したいんだって」

「待って、それじゃあ、あの釣書は……」

「姉さんを正妻として迎えるためのものだよ」

「そんな……!」


思わず、言葉を失う。夫婦仲が悪いのは、それは理由があってのことだから仕方ないと思う。でも、その先に自分がいるなんてどうして思えるだろうか。離縁なんて、勝手にすればいい。でも、そのあとに元婚約者に釣書を送るなんて非常識にもほどがある。まして、あちらの事情で破棄したというのに。


「理解が、出来ないわ……」


ぽつり、と零れた言葉は、思ったよりも力のないものになった。

仮に彼が、私のことをまだ想っているとしても、それを表に出すなんてありえない。もしもこれで結婚することになれば、きっと口さがない人たちは邪推するだろう。私が結婚しなかったのは、彼が離縁するのを待っていたのではないか、と。


「我が家が認めることは万に一つもないけどね、まあ、そう言うことらしい」

「厚顔無恥とはこのことだな」


我が家が認めなければいい、それはわかっている。受け入れるつもりもない。でもどこか、嫌な感覚が拭えない。あの日、私を見た彼の瞳の昏さが、頭から離れない。


「ま、姉さんは気にしなくていいよ。父様と母様がなんとかするだろうから」

「そう、……そうね」

「あいつだってそのうち諦めるだろうしね、商会のこともあって本来それどころじゃないはずなんだから」


私を励ますようにアルが言った。こうして元気づけようとしてくれている弟に、姉である私がくよくよしていてはいけない。よし、と心の中で頷いて、笑顔を作る。


「ありがとう、アル。それから、テオドール様も、我が家の問題に巻き込んでしまい申し訳ありません」

「いや、これは俺が好きでやっていることだ」

「そうだよ。うちより早くあいつの家のこと調べてたんだから」

「そうなんですか? なんとお礼を言ったらいいか……」


公爵家の情報網を使えば、きっと我が家よりも早く詳細な情報をつかめたことだろう。どうしてそこまでしてくださるのか、なんて聞くことはできない。私は、その理由を知っているから。きっと、自惚れではなく。


「礼なんて、……そうだ、それなら我が家に招待していいだろうか」

「ラングレー家に、ですか」

「ああ、新しくサンルームが出来たんだ。母上の趣味だが、よく陽が当たって調度も凝られていて、きっと気に入ると思う」

「いいじゃないか姉さん、ラングレー家なら父様も許してくれると思うよ」

「そうかしら。……それでは、ぜひ」


私がそう答えると、テオドール様は「よかった」と笑った。

答えを保留にしている状況で、お屋敷にお邪魔するなんて、無神経ではないだろうかとも思うけれど、それを望んでくれるというのならば。

私も、いい加減にこの気持ちを整理しなくてはいけない。マクラレン侯爵のこと、それから、テオドール様のことをどう思っているのか。

いつまでも、このままでいいわけはない。


「きっと両親も喜ぶ。もちろん、俺も」

「……ありがとう、ございます」


その笑みが、あんまりにも眩しくて、つられて頬が緩む。


私の「運命」は、ここにあるのだろうか。


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