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24 深窓の淑女

アルテリア視点です。

さて、突然だけれど、僕には姉がいる。

優しく教養深く、淑女という言葉を体現したような人だ。母譲りのブロンドと薄紫の瞳を持つ姉は、弟のひいき目なしに見ても可愛らしくも美しくもあった。

僕の家は領地も豊かで事業も成功しているうえに、母方の次席公爵家の後ろ盾も厚い伯爵家だ。そんな家の長女なんて、結婚相手としては引く手数多なのだ。……本来は。


「アルテリア、お前の姉上を紹介してくれないか」


ここ最近、夜会に参加するたびに言われる言葉だ。ちなみに今声を掛けてきたのは同じ伯爵家の嫡男であり、学園時代の同級生だ。そして、うちに届いた釣書の山のひとつに名を連ねている男でもある。


「断りの連絡は届いてるだろ」

「そう言わず、頼むよ、口利きしてくれよ」

「嫌だね」


僕は、夜会には運命の相手を探しに来ている。男と話している暇はないんだ。

だというのに、その話を聞きつけたのか、わっと男たちに囲まれる。なんてむさくるしい。


「フィオナ嬢、かわいかったよなあ」

「俺はじめて見たよ。彼女、夜会に出ないからさ」

「『行き遅れ』ったって、あんな人なら大歓迎だよ」

「あっ、馬鹿」

「……誰の姉が『行き遅れ』だって?」


とん、とグラスをテーブルに置き、言葉の主を見やる。しまった、と言うような顔をしている奴は、侯爵家の次男だったはずだ。

これまで、姉の話を出されても軽く流していた。「行き遅れ」だというレッテルは面白おかしく独り歩きしていて、僕一人が訂正したところで火に油だったからだ。

でも今、その噂が書き換えられようとしていた。


「でも、まさしく『深窓の淑女』だよなあ」

「滅多に会うことが出来ないもんな。でも、あの所作の美しさときたら淑女そのものだろう」


そう、いま姉は「深窓の淑女」だなんて呼び方をされている。ラングレー家の夜会で姉を見た人たちがこぞって姉のことを話題に出すうえに、あれ以来どこにも姿を現さないというところから、いつの間にかそんな呼び名が付いていた。


「みんなして都合がいいな」

「なあアルテリア、頼むよ! 一度でいいから会わせてくれないか!?」


今度は子爵家の嫡男だ。こいつも同級生だけど、前回の夜会には参加していなかったらしい。うわさだけを聞いて、俺に頼み込んできている。この夜会でもう三回目だ。いい加減諦めてほしい。


「ローズ家は夜会を開かないからなあ、お茶会だってごく身内のものっていうじゃないか」

「それが家族の意向だからね」

「はあ、……そういえば、フィオナ嬢には意中の相手はいないのか?」


それもまた、ここ最近の話題だった。突然夜会に参加したということで、いよいよ結婚を考え始めたのか、なんて言われている。しかし面白いのが、誰もその相手がテオドール・ラングレーだとは夢にも思っていないことだった。


「でもテオドールがエスコートしてたよな」

「テオドール? まさか、あいつが誰かと結婚するなんて考えられないよ」


これまた伯爵家の嫡男が言った。気づけば、周りには学園時代の知り合いばかりが集まっていた。


「でも公爵家は継ぐだろ? やっぱ見合いか?」

「だよな。でもフィオナ嬢のエスコートは羨ましい。アル、お前が頼んだのか?」

「さあね」


声を出して笑いたかった。みんなにあのテオを見せてやりたい。

学園に通っていたころ、テオはそれはそれはもう鉄壁だった。公爵家の嫡男に近づきたい女子生徒がどれだけ近づき媚びを売ろうとも、一ミリだって靡くことはなかった。それどころか男子生徒の友人だってそんなにいなかった。もちろん、関係が悪かったわけじゃないけれど。

そんな彼が、今や姉に会うたびにぐいぐいと甘いセリフを吐き続けているのだ。正直、僕だって未だに慣れない。あんな彼を見ることになるとは思ってもみなかったから。


「フィオナ嬢の次に参加する夜会とか決まってないのか? 前の噂じゃないけど、いい加減結婚相手は決めなきゃいけないだろ?」

「大量に釣書が届いたって聞いたぞ。その中の誰がフィオナ嬢のお眼鏡にかなったんだ?」

「ああもう、君たちはしつこいなあ、何も決まってないよ。大体、一度断られたら諦めてくれよ」


今こうして話している中には、すでに結婚している奴もいる。そういう奴は、ただ面白がっているのだ。渦中の「深窓の淑女」が誰を選ぶのかということを。結局こうして、姉はまた社交界の話のタネになってしまった。



「と、いうわけで、大勢の男たちが姉さんの夜会参加を待っているよ」

「……今のを聞いて、参加したいと言うと思う?」

「思わないだろうね。いつも通り引きこもってなよ」

「前と反対ね」


ふう、と姉さんがため息を吐いた。以前は早く結婚してほしくて、夜会に参加してその相手を探してほしかった。でも今は違う。姉さんを想うテオが居るし、そして、気づいていないだけで姉さんもまんざらじゃなさそうだから。夜会なんかに参加してひっかきまわされたらたまったものじゃない。

それに、今は解決しなければならない問題がある。


「あれ以来何もないね」

「ええ、やっぱり、何かの間違いだったんじゃないかしら」

「間違いで釣書が届くわけないだろ。一応ローズ家から正式に抗議は送ったみたいだけど、どこまで効果があるか」


姉は、優しすぎる。自分を裏切り置いて行った相手だというのに、そいつのことを憎みきれずに、幼馴染としての情を残している。愛しているわけでもないのに、あの婚約破棄のことを引きずっている。


——月のない夜、あの男は来た。

まるで自分が被害者かのような顔をして謝る男を、姉は許した。許されたことに傷ついた愚かな男は、僕たちの知らないところで知らないまま生きるべきだった。そうすれば僕たちだってもう何の感情もなかった。

それでも、向こうから近づいてくるというのならば、僕たちがやるべきことは一つだ。


どうせテオの方でもあいつのことを調べているんだろう。幼馴染だというのに、僕には見向きもしなかったあの男を。

この貴族社会において、ラングレー公爵家とローズ伯爵家、ひいては次席公爵家を敵に回して生き残れるとは思わない。まあ、放っておいても沈む泥船だろうけど。


「姉さんはさ、そこで見ていなよ」

「え?」

「僕たちが守ってあげるから」

「……変なことはしないでね」

「さあ、どうかな」


もうすぐディナーの時間、と言われて立ち上がる。今日も僕の分は準備させていない。


「また夜会?」

「うん、今日こそいるかもしれないからね」

「『運命の相手』?」

「そう」


ソファから立ち上がって、ドアに向かう。仕方ない、という風に微笑む姉に手を振って、部屋を後にする。


僕たちのお姫様、貴女がどうか幸せでありますように。


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