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23 調査報告

結局、俺の提案はフィオナ嬢と様子を見にきたアルテリアに却下された。冗談を言うなと言われた。本気だったのだが。


それからは二人が伯爵夫妻に呼ばれたので帰ることにした。なんのお構いもできずに、なんて言うフィオナ嬢に「貴女に会えたので十分です」と伝えると、やはりアルテリアに睨まれた。



「おかえりなさいませ、テオドール様、御用でしょうか」

「ああ、すまないが少し調べてもらいたいことがある。マクラレン侯爵家のことだ」

「マクラレン侯爵家ですか?」


帰宅し、家令であるジェイムスを呼び用件を伝える。身辺調査を中心に、家族関係から事業の状況など隅から隅まで。

あんなふざけたものを元婚約者に送りつけるくらいだ。相当商会の方は逼迫した状況に違いない。しかし、それだけじゃないように思う。

やはり、アルテリアの言うようにまだフィオナ嬢に未練があるのか?

冗談じゃない。そんな過去の遺物で彼女を煩わせないでもらいたい。


「機嫌が悪そうだな」

「父上、……いえ、そんなことは」

「ジェイムスに何か命じたようだが」

「……はい」

「マクラレン侯爵家か」


ジェイムスから聞いたのか、お見通しなのか、父上がそう言った。個人的なことに家令を使ったことに叱責を受けるかと思ったけれど、そうではないらしい。


「実は先月、うちにも融資の依頼が来ていた」

「我が家にですか? 何の繋がりもないのに」

「ああ、それに何の利もないからな、断った」

「そこまで追い詰められている、ということですか」

「だろうな」


父上から聞いた言葉に、耳を疑う。マクラレン侯爵家とうちは付き合いがない。王城で顔を合わせたことくらいはあるだろうが、会話という会話だってしたことがないはずだ。

そんな相手に融資を頼むなんて、よほどの利を提供できる自信がないと無理だろう。それすらないということは、なりふり構ってられないということだ。



数日待って、ジェイムスから報告があるということで、俺と父上で話を聞くことにした。調査は順調にいったらしく、思ったよりも早かった。父上の執務卓の前にジェイムスが立ち、報告書であろう紙の束を持って、それを読み始める。


「まず、マクラレン侯爵が事業に失敗したというのは本当です。新商品開発のための投資に失敗したらしく、大きく資金を失ったようです。ここふた月分の給金が滞っているということで、商会員からも大きな不満が出ている、と」

「給金が? そこまで……」

「それで、多くの家に融資を申し出ているそうですが、いずれも門前払いを受けているとのことです。調べただけでもざっと二桁は断られたとか」

「それで追い詰められているのか」


普通、事業資金と商会員や使用人への給金は別の予算から出すものである。それが、商会員への給金が滞っているということは、そちらの予算にまで手を出したということに他ならない。そんなその場限りの対策を取ったところで、人が離れてしまえば商会の体裁を保てなくなるはずだ。

思っていたよりも、ひどい状況にあるのかもしれない。


「身辺調査の方ですが、どうやらマクラレン侯爵と夫人の関係はよくないようです」

「夫妻の?」

「はい。どうやらご子息が生まれたあとから、夫人には愛人がいるようで、頻繁にそちらに通い、家を不在がちにしているそうです。マクラレン侯爵もそれには気付いているようですが、何も対処をしていないとのことです」

「なんと……」


先日の夜会を思い出す。パートナーを伴わず一人で来たマクラレン侯爵は、夫人の体調が、と言っていたけれど関係が悪く連れてくることが出来なかったのか。貴族の社交すら満足にできなくなるほどならば、相当だろう。


「マクラレン侯爵は頻繁に、離縁について周囲に相談しているそうです」

「離縁? 夫人と? ……それでか」

「フィオナ嬢への釣書か」

「ええ。恐らく離縁したあとに申し込もうと思っていたところ、夜会で彼女を見初めた者が多かったと思い焦ったんでしょう」

「愚かな……」


舌打ちをしたくなった。ということは、マクラレン侯爵は側室としてフィオナ嬢を娶ろうとしたわけではなく、離縁して正妻として迎えるつもりだったということだ。ますます厚顔無恥じゃないか。

しかし、どこかうすら寒さを感じる。商会が傾いている状況で、婚約を優先して申し込むものか? ローズ家の後ろ盾が欲しいとは言っても、頷かれるはずもないのに。


「ジェイムス、ありがとう。下がっていい」

「はい、失礼します」


礼をしてジェイムスが執務室を後にした。部屋の中に沈黙が落ちる。本当に、どうしたものか。

マクラレン侯爵の本当の意図が分からない以上、動きようがない。いや、そもそもこれはマクラレン家とローズ家の問題であって、本来ならば俺が口を出すようなことではない。それはわかっている。わかっているけれど、じゃあはいそうですか、と放置することもできない。


「テオドール、お前は本当にフィオナ嬢と結婚するつもりなのか」

「はい」

「返事もまだもらっていないのにか」

「頷くまで言うまでです」

「……お前は母親似だな」


はあ、と父上がため息を吐いた。両親のなれそめは軽くしか聞いたことがないが、母上が父上に一目ぼれをして猛アタックをした結果、父上を落として結婚に至ったらしい。押して折れてくれるような相手であれば、俺もやりやすいんだが、フィオナ嬢はそうではない。物腰が柔らかく見えても、芯をしっかり持っている。好意がなければ頷くことはないだろう。


「私もリエナもフィオナ嬢のことは気に入っている。エレノアの娘だしな」

「ああ、同級生と聞きました」

「あの家は婚姻を結ぶには好条件すぎる。他に持っていかれないようせいぜい励めよ」

「言われずとも」

「マクラレン侯爵のことは引き続き調査させる、お前も報告を適宜受けなさい」


それきり、部屋を出るよう言われ廊下に出る。

——暗に、父上に結婚の許しをもらえた。それに心が浮ついてしまいそうになる。しかし、それをぐっと押さえて、さきほどの報告を反芻する。

思えば思うほど、気味が悪い。マクラレン侯爵の行動原理がわからない。わかることは、フィオナ嬢が狙われているということだけだ。


おそらく、この件が解決しないことには返事をもらうことも難しいだろう。

彼女から出た「時間が欲しい」という言葉は、むしろ望みがある表れだと思う。全くないのであれば、彼女はそうと言う人のはずだ。


自室に入って、ベッドに仰向けに倒れる。ばすん、とベッドが沈み込んだ。

俺は、彼女の力になれるだろうか。いまは返事なんて考えずに、少しでも穏やかに過ごしていてほしい。好きな本を読んで、小さなお茶会でケーキを食べて、そんな幸せを享受して生きてほしい。


ああ、もう彼女に会いたい。己の重症具合に、笑いすら出なかった。


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