21 釣書の山に
「というわけで今日、我が家はその対応で大忙しなんだ」
「……なんだそれは」
突然アルテリアにうちに来ないか、と誘われてローズ家を訪ねてみれば、屋敷のなかはかつてないほどにざわついていた。ついでにフィオナ嬢に会えないかと思っていたけれど、「忙しいから無理だと思うよ」と言われ諦めた。
その忙しさの理由が、まさか大量に届いた釣書のせいだとは思わなかったが。
「昨日の夜会で姉さんを見初めた人が多いらしい。これまで夜会やお茶会にもほとんど参加していなかったからね、年齢は置いといて深窓の令嬢とでも思ったんじゃない? ローズ伯爵家の一人娘なら条件もいいし」
「何をいまさら」
「本当にね。でも君だって、僕の姉じゃなければ多分一生会ってないよ」
「でも会った」
「……開き直るねえ」
フィオナ・ローズという令嬢は、俺が知る限り「結婚相手」としてこれ以上ない相手だと思う。美しいブロンドに、薄紫の瞳、笑顔は可愛らしくて着飾れば美しい。そして、領地財産が豊かなローズ伯爵家の一人娘だ。二十四の歳になってもどこかの後妻や商人に嫁がせていないのだから、両親からも愛されているのだろうことが分かる。
これまで「行き遅れ」というふざけた呼び名が先行していたせいで、その魅力に気付かなかった者ばかりだったのだ。
「そもそも、その『行き遅れ』なんて呼び名はどこから来たんだ」
「それなんだけど、僕も最近ちょっとおかしいなと思い始めたんだよね。何も結婚していないのは姉さんだけじゃないし。でも、社交界で『行き遅れ』と言えばフィオナ・ローズと決まっているんだ」
先王が「愛のある結婚を」と言ってから、恋愛結婚や見合い結婚が増えた。その相手を見つけるのに時間がかかるのか、少しずつ結婚する平均年齢は上がっていると聞く。結局相手が見つからず、婚期を逃す者は男でも女でも居るが、「行き遅れ」という誹りはあまり聞かない。
だからこそ、フィオナ嬢の話を聞いたときに、耳を疑った。今時そんなことを言う者がいるのかと。
「まあ、たしかに二十四といえば、だいぶ遅い方ではあるけどさ」
アルテリアが諦めたようにため息を吐く。
たしかに、その年齢で結婚をしていないというのは、貴族女性としては珍しい部類に入る。
俺も初めて会ったときには当然既婚者だと思った。……あの時のことは、忘れてしまいたいが。
「昨日はテオがエスコートしたうえに、ダンスも君としか踊らなかったのにね」
「それでは牽制にならないと?」
「ならないんじゃない? まさか筆頭公爵家の嫡男と家格もそこそこの伯爵令嬢がそこまで懇意にしてるとは誰も思わないだろう。まして、君と僕は友人だし」
その言葉に、昨日のデイビス侯爵令嬢のことを思い出す。なるほど、ああいう風に俺とアルテリアとの関係から、フィオナ嬢に繋がったと考える者が多いのか。
夜会にもお茶会にも出ない好条件の令嬢が突然現れたら、こうなっても仕方がないのか。
「だから早いとこ結婚してほしいとは思ってるんだけどね」
「俺も釣書を出せばいいのか」
「あは! 本当に君って、斜め上に真っすぐっていうか」
「斜めなのか真っすぐなのかどっちなんだ」
「そういうところだよ」
何がおかしいのか、楽しげにアルテリアが笑う。
しかし、どうしたものか。フィオナ嬢の魅力が周りに知られてしまった。夜会に誘ったのは自分だから、仕方ないとは言え、面白くない。
昨日の反応から見るに、まったく脈がないというわけではない、……と思う。
「でも本当にもう結婚申し込んじゃえば?」
「フィオナ嬢の気持ち次第だろう」
「まずは地盤固めってのも悪くないと思うけど」
君なら父様も文句を言わないだろう、と紅茶を口に運びながら言われる。……それも悪くない、と思うが。
「こら、アルテリア、変にそそのかさないの」
「母様、でもそこら辺の適当な男に嫁がせるくらいならテオの方がいいと思わない?」
「それはそうね。でも、わたくしはフィオナがいいと言うまでプロポーズなんてさせないわよ」
談話室に現れたのは、伯爵夫人だった。ぴしゃり、と言い放たれた言葉に、やはりと納得する。この家族は、フィオナを大事にしている。というよりも、単純に仲がいいのだ。そんな彼らが、彼女の望まない婚約を認めるわけがない。
「では、フィオナ嬢に頷いてもらえるように頑張ります」
「あらまあ」
「うわ、君って本当に、自覚するとそんな感じになるんだね。でもお手柔らかに頼むよ、姉さんは慣れてないんだから」
立ち上がってそう言えば、伯爵夫人とアルテリアは楽しげに笑った。その姿は、髪色も相まってよく似ていた。そして、フィオナ嬢とも。
「ああ、テオドール、来ていたのかい」
「伯爵、お邪魔しています」
「すまないね、何もお構いできなくて」
「いえ、お忙しいと聞いてますので……」
「そうよ、少し休んだらいかが?」
俺がそう言うと、伯爵は、はああ、と大きなため息を吐いた。どれほどの釣書が来ているのか、想像もできない。
アルテリアとフィオナ嬢は母上である伯爵夫人に似たようだが、伯爵もまた端正な顔立ちをしていた。この二人の恋物語は、俺たちの世代までよく届いている。
そこではた、と気づく。ここに伯爵家の三人が来ているということは、フィオナ嬢は?
「あ、え、テオドール様……?」
伯爵の後ろから、驚いたように顔を出したのは、フィオナ嬢だった。紫のシンプルなドレスを身に纏ったその姿を視界に入れて、一歩近づく。
「フィオナ嬢」
「……!」
「うわ」
声を掛ければ、フィオナ嬢が驚いたように目を開いて、頬を赤くした。昨日の今日だから、意識してくれているのかもしれない。それが嬉しくて、頬が緩んでしまった。
「すっごい笑顔、あんなの見たらそこら辺のご令嬢なら倒れるんじゃない?」
「テオドールがフィオナを、と聞いたときはまさかと思ったけど……」
「若いっていいわねえ」
後ろでいろいろと聞こえるが、それは聞こえないふりをしてフィオナ嬢に話しかける。やはり朝から忙しかったようで、疲れて見える。釣書のなかに、彼女のお眼鏡にかなう男は居ただろうか。
仮に居たとして、そいつが俺よりも彼女のことを知っているとは思えない。
「すみません、いらっしゃっているとは知らなくて……」
「アルテリアから呼ばれたので、先触れは出していなくて」
「アルに? もう、本当にあの子は……」
「でもこうして貴女に会えたので、結果的によかったです」
「え、あ……」
フィオナ嬢の頬に紅が差し、言葉に詰まっているようだった。しまった、アルテリアにも注意をされたばかりだったのに。恥ずかしげに視線を外す姿が、あまりにも可愛らしい。
ひと段落したのならば、一緒にティータイムをとることを提案してもいいだろうか。口を開こうとした、その時だった。
「旦那様、その、新しい釣書が……」
「ええ、また来たの。どこの家門だい?」
「それが、その……」
「どうした?」
家令が、釣書を手に言いよどむ。そんなにおかしなところから来たのだろうかと、その封筒をみると、家紋が刻まれていた。それを見て、目を疑う。
「マ、マクラレン侯爵家です……」
「マクラレン? 何言ってるんだ」
「本当でございます。間違いなく、レオナルド・マクラレン侯爵からのものです」
ひゅ、とフィオナ嬢が息をのむ音が聞こえた。談話室に、沈黙が落ちる。次の瞬間、ダン! と伯爵がテーブルを殴る音が、響いた。
「何を、考えてるんだ、あの家は……!」
レオナルド・マクラレン侯爵、それはフィオナ嬢の元婚約者の男だ。数年前に嫡男が病気で亡くなり、次男だった彼が跡目を継いだと聞いている。その際に、フィオナ嬢との婚約を破棄し、別の侯爵家の令嬢と結婚したはずだ。
「フィオナ、大丈夫?」
「え、ええ……」
この国では、側室を持つことが認められている。でもそれは、正妻に子が生まれなかったり、やむを得ない理由がある際に国王から認められて成されることだ。すでに子のあるマクラレン家に、それが必要だとは思えない。
「フィオナ嬢、座った方がいい」
椅子を引いて、座らせる。小さく震えるその肩を抱いてやりたいとおもうけれど、その資格は、俺にはまだない。
「私とエレノアはこれの対処をする。悪いがアルテリア、テオドール、フィオナを頼むよ」
「うん、わかった」
「わかりました」
慌ただしく、伯爵夫妻と家令が談話室を後にした。一体、何が起こっているのか。混乱ばかりが残る。しかしそれよりも、今はフィオナ嬢だ。向き直れば、真っ青な顔をしていた。そんな顔は、見たくない。
「あの時の、話したいという内容はこれだったんでしょうか……」
「恐らく。……たとえそうだったとしても、相当な恥知らずに変わりはない」
「……あいつ、もしかしてまだ姉さんのこと好きなのか?」
ぽつりとアルテリアが呟く。婚約破棄をしたという年から、もう数年も経っている。仮にそうだとすれば、相当な執着心だ。その可能性に、ぞっとする。
「とにかく、受け入れられるわけがない。姉さん、後は父様と母様に任せて、少し休もう」
「ええ、そうね、……テオドール様、変な話を聞かせてしまってすみません」
青白い顔で、それでも俺に気を遣う姿に、憤りを覚える。そんな心配なら、いくらだってかけてもらっていい。
「大丈夫だ。……俺にも、貴女を守らせてくれ」
膝をついて、その手を取る。驚いたように口を噤むフィオナ嬢に、頷いて見せる。その表情はいつだって、花開いているべきだ。こんなことで、曇らせていいものじゃない。
——マクラレン侯爵、何を考えているかわからないが、少し調べてみた方がいいかもしれない。




