17 夜会の始まり
夜会の当日、フロアでゲストの対応をしながらテオドールはそわそわとしていた。本来ならばフィオナを家からエスコートしたかったけれど、ラングレー家主催の夜会ということでゲスト対応を言いつけられたのだ。
しかし、その代わりローズ家の馬車がついたならばフィオナのエスコートに就いてもいいと許可を得ている。その馬車がいつ到着するのか、それが気になって仕方がなかった。
「貴方って、本当にわかりやすい子ね」
「……何がです」
「フィオナが来るのをずっと待っているのだもの、ちょっとは落ち着きなさいな」
母にそう言われ、テオドールはぐ、と言葉に詰まる。幼いころから周囲に「何を考えているかわからない」と言われてきた。自分のことを「わかりやすい」というのは家族のほかにアルテリアくらいだ。
こほん、とひとつ咳払いしてゲストに向き直る。いまは、出来ることをしなければ。
「お久しぶりですね、公爵夫人」
「まあ、デイビス侯爵、ようこそ」
「相変わらずお美しいですね」
「ふふ、ありがとうございます」
母に挨拶をするデイビス侯爵にテオドールも挨拶をするとともに、内心少し警戒をしていた。デイビス侯爵には娘がおり、どうやらその娘をテオドールに嫁がせたがっているらしいのだ。
事実、公爵の隣で礼をする彼女は、テオドールのことをじっと見つめていた。
「テオドール様もお元気そうで何よりです。もしよろしければ、我が娘と少しお話でもいかがですか」
「光栄なお申し出ですが、この後所用がありまして」
「そんな、つれないことをおっしゃらないで」
しなを作りながら、デイビス侯爵令嬢がテオドールに微笑んだ。媚びを含むそれに、顔を歪めたくなるのを抑えながら丁重に断る。残念そうに、しかし諦めてはいなさそうな表情で侯爵たちは離れていった。小さく、ため息を吐く。
「わかっているでしょうけど、今日は忙しいわよ、貴方」
「……でしょうね」
「ちゃんと守りなさいよ」
「はい、もちろん」
それからしばらくは、テオドールに娘を紹介したい貴族やあわよくば近づきたいという女性をかわしながらゲストの対応を続けた。
それなりの数をこなしたころ、一人の男が近づいてきた。
「ラングレー公爵夫人、この度はお招きいただきありがとうございます」
「あら……、マクラレン侯爵ね。よくいらっしゃいました」
「……マクラレン侯爵?」
「はい。テオドール様、ですよね、はじめてお目にかかります」
微笑みながら、柔和な雰囲気な男が挨拶をした。その名前は、間違いなくフィオナの元婚約者のものだった。慌てて母の方を見れば、何も言うなというように軽く睨まれてしまった。
「奥様は?」
「ああ……、体調が悪く。お目見え出来ず残念だと伝えてほしいと」
「そう、残念ね。お大事にと伝えてちょうだい」
「はい、ありがとうございます。それでは、また後程」
あまり付き合いもない家だからか、挨拶もそこそこに侯爵は去っていった。その後ろ姿が人の波に消えたころ、テオドールは母に向き直り、声を抑えながら口を開いた。
「どういうことですか、母上!」
「仕方ないでしょう、マクラレン侯爵にだけ招待状を出さない、なんてことは無理なんだから」
「それは、そうですけど……!」
今日は、フィオナが久々に社交界に顔を出す日だ。そんな日に、彼が居ることで彼女の表情に陰りが見えたらどうするのか。憤りに、拳を握る。
母が言うことは、もっともだ。高位貴族には須らく招待状を出している。欠席の連絡が来ているものもあったけれど、筆頭公爵家の夜会ということもあり、ほとんどの家が参加している。マクラレン侯爵だって、断る理由がなかったはずだ。
「だとしても、貴方のすることは変わらないわ」
戸惑うテオドールに、ぴしゃりと母が言い放った。アルテリアに言われたことを思い出す。
『まずは姉さんを守ってくれよ、テオドール』
そうか、と頷く。たとえ相手が貴族令嬢であろうと、その家族であろうと、まして元婚約者だとしても、テオドールのやることは一つだけだった。
フィオナを守り、楽しんでもらうことだ。
少し気持ちを落ち着けたとき、執事が近づいてきてテオドールに耳打ちをした。
「まもなくローズ家の馬車が到着いたします」
「! そうか」
「やっとね、ほら、いってらっしゃい」
「はい、ありがとうございます」
母と執事に礼を言って、玄関ホールに向かう。その間もテオドールに話しかける者はいたけれど、それも軽く振り切って急いだ。自分が思っているよりも、楽しみにしていたということに気付く。
フィオナをエスコートできる権利を得ているのは、自分だと。
外に出れば、ちょうどローズ家の馬車が止まろうとしているころで、小走りにそちらに近づく。窓から、アルテリアと目が合う。ふっと微笑まれた。どこか自慢げな顔だった。
馬車が止まって、まずアルテリアが下りてくる。白いスーツに薄いブルーのシャツ、濃紺のネクタイをした姿は相変わらずそのブロンドに似合っていた。アルテリアは、すれ違いざまに「君は幸せ者だよ」と言って歩き出した。
そして、次に姿を現したのは、濃紺のドレスを身に纏ったフィオナだった。
思わず、言葉を失う。
「……テオドール様?」
馬車の中から、戸惑ったような声を溢すフィオナにはっとして、慌てて手を差し出す。その手を取って、フィオナが馬車から降りてくる。
こつ、とヒールが地面に落ちる音がする。濃紺のドレスが、ふわりと揺れた。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
淑女の礼を執り、フィオナが微笑んだ。美しいブロンドに、薄紫の瞳がきらきらと輝いて見えた。いつもよりもしっかりとメイクをしているのか、頬は控えめな桃色に染まっている。
「……綺麗だ」
「え……、あ、ありがとうございます」
「っ、いや、あの、……今日は来てくれて、感謝する」
思わず口をついて出た言葉に、恥ずかしくなってしまう。しかし、それほどに今日のフィオナは美しかった。惚れた欲目ではなく、きっと、誰が見たってそういうだろう。
普段の可愛らしい雰囲気は、アップにした髪とメイクによって美しく変身していた。この姿を、他の男に見せるのかと思うと、悔しかった。
そして、アルテリアの言葉に納得してしまう。彼女をエスコートできる誉を得ることの、なんと幸せなことだろう。
フィオナを伴ってフロアに入ると、会場がざわついた。
当然だろう、これまでテオドールが誰かを伴って夜会に参加したことなどないのだから。まして、その相手は普段夜会に参加しないフィオナだ。中には、フィオナがどこの家の娘か知らない参加者もいるようだった。
「まあ、フィオナ! よく似合っているわ!」
「公爵夫人、この度はご招待いただき……」
「そんな堅苦しい挨拶は良いのよ。エレノアは?」
「母と父は、別の馬車で来ておりますので、まもなく到着すると思います」
母のもとに行くと、ぱ、と表情を明るくしてフィオナを歓迎した。その様子に、また会場がざわついていた。テオドールがエスコートするだけでなく、公爵夫人の覚えもめでたいという。その存在は、あっという間に注目の的になってしまった。
「久しぶりの夜会はどう?」
「……視線が痛いです」
「ふふ、貴女が綺麗だからよ」
楽しげに笑う公爵夫人に、フィオナもつられて笑う。あんまりにも歓迎してくれるものだから、緊張も解け始めているのだろう。そんな彼女の微笑みを見て、テオドールもほっと息を吐く。
「この度はご招待、そしてドレスまでありがとうございます。テオドール様のパートナーとして精一杯努めさせていただきます」
「ええ、よろしくね」
「では母上、失礼します」
二人で礼をして、その場を離れる。ちょうど視線の先で、アルテリアが手をあげていた。そちらに向かう間も周囲の視線は二人に注がれていた。
「いやあ、すごい注目だね」
「……これほどだとは思わなかったわ」
「すまない」
「いえ、テオドール様が謝られることではないですわ」
慌てて首を振るフィオナを改めて見る。その濃紺は、テオドールの瞳の色だと気づいているだろうか。自分の瞳の色を纏わせる意味も。
テオドールはこのドレスを以て、他の男を牽制していた。フィオナが夜会に出れば、きっとその美しさと人柄に惹かれる男が居るはずだからだ。年齢など、関係なく。
その証拠に、周囲の男たちの視線はテオドールよりもフィオナに刺さっていた。かつて彼女を「行き遅れ」と揶揄した社交界は、いまは彼女を欲する舞台に変わろうとしていた。
テオドールとアルテリアが、フィオナを隠すようにその視線たちを遮る。
「二人とも、どうしたの?」
「……なんでもない。人が多いから、はぐれないようにしてくれ」
嘘ではない。だが、半分は独占欲からくるものだった。
フィオナの纏う濃紺のドレスが、シャンデリアのひかりを反射して夜の海のように波立つ。それをどこかに、閉じ込めてしまいたいとさえ思う。
ふと、背後に嫌な気配を感じた。
振り返れば、人波の向こうに、マクラレン侯爵が立っていた。彼は、信じられないものを見るような目でフィオナを凝視していた。
いよいよ、夜会の幕が上がる。
誰の視線も、言葉も関係ない。今夜この会場で、彼女を最も想う男は自分にほかならないのだから。
久しぶりの更新にも関わらず読んでいただける方が居ることを幸せに思います。
完結まで必ず更新しますので、どうぞよろしくお願いいたします。




