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16 焦燥と決意

「すごい……、本当に石碑があるのですね」


王都を一望できる丘のさらに小高い場所に、大きな石碑が立っている。かつて起こったという戦争の犠牲者たちを偲んで建てられたものだった。

その石碑を見ながら、テオドールはアルテリアの言葉を思い出していた。たしかに、初めて二人で出かける場所としては、少しチョイスを間違えたかもしれない、と。


「ここで、ロレンツォが父の仇と対峙したのかと思うと、少しわくわくしてしまいます」


しかしながら、テオドールの心配をよそに、フィオナは楽しげに笑っていた。いつもの淑女然とした姿よりも、少しはしゃいでいる姿に微笑ましくなる。石碑を眺めながら、好きなシーンを語るフィオナを見ながら、テオドールは相槌を打っていた。


「この石碑の裏に隠れたロレンツォは、敵の隙をついてこう言うんです『今日が貴様の命日だ!』と」

「そして仇を討つ」

「ええ。それから、奪われた侯爵位を取り戻す」

「台詞を全て覚えているのか?」

「まさか。このシーンが大好きで、何度も読み返すので自然と覚えてしまったんです」


シリーズの中でも特に二巻が好きだと言っていたことを思い出す。帰ったなら、もう一度読み返してみようか、とテオドールは考える。フィオナと、その思いを共有したかった。


「あと、このシーンも好きです。戦いながら、ロレンツォが仇の剣を弾き飛ばして『これが』……」

「『これがお前の覚悟の浅さに他ならない!』」

「っ!?」


フィオナの言葉を遮って、どこからともなく声がした。驚いたのか、よろけたフィオナを抱きとめて、テオドールが庇うように前に出る。

どうやらその声は石碑の裏からしたようだった。そちらを見れば、ひょい、とひとりの男が顔を出した。


「いや、驚かせてすまない。とても楽しそうな声が聞こえたもので」

「……貴方は」

「これはこれは、ラングレー公爵家のテオドール殿じゃないか」


飄々とした態度の男が、テオドールを見つけてにかりと笑った。ひょろりと高い身長に、色素の薄い茶色い髪、軽薄そうに見えるけれど品の良さは隠せていない。そんな男とテオドールを交互に見ながら、フィオナは戸惑っているようだった。


「フィオナ嬢、こちらは……」

「ローランドだ。ローランド・サファヴィ」

「あ……、サファヴィ侯爵家の……」

「そうだね。レディのお名前を伺っても?」


ぱちん、とウインクをする男の名前は、社交界では有名なものだった。フィオナも知っているようで、驚いた表情を浮かべている。

ローランド・サファヴィ侯爵、王城でも夜会でも何度か顔を合わせているけれど、どこか掴めない印象の男だった。三年前に前侯爵が亡くなり、若くして家督を継いだ彼の奔放さにテオドールは内心小さなため息を吐いた。


「失礼しました。フィオナ・ローズと申します」

「ローズ家の!なんだ、アルテリアの姉上か!」


その言葉に、フィオナは眉を下げて笑っていた。弟の顔の広さに呆れているのだろう。しかし、それでもいつものとおり淑女の礼を執る。それを見てぱあ、と明るくなった表情は、男を少し幼く見せた。


「それで、サファヴィ侯爵は何故こちらに?」

「ああ、この丘が好きでね」


テオドールが問いかけると、サファヴィ侯爵は石碑をとんとん、と軽く撫でながらそう言った。あの小説が出るまでは大きく話題にもならなかった丘だ。彼もまたあの小説の読者なのかと、改めて人気さを知る。


「まさかこんなに美しい読者が居るなんて、作者冥利に尽きるね」

「……作者?」

「ああ、『ロレンツォ冒険記』は私の書いたものだからね」

「えっ……!?」


さらっと告げられた言葉に、フィオナが驚いたように声をあげた。フィオナのそんな声を聞いたのは初めてだった。そちらを見れば、きらきらとした瞳をサファヴィ侯爵に向けていた。ちくり、と胸が痛む感覚を無視して、その様子を窺う。


「わたくし、本当にあのシリーズが大好きなんです。まさか作者の方にお会いできるなんて……!」


よほど嬉しいのか、感極まったようにサファヴィ侯爵に言えば、彼もまた嬉しそうに笑った。

サファヴィ侯爵が小説を書いているなんて聞いたことがなかった。否、仮に書いていたとしても明かすわけはないだろう。貴族にとって、読書とは堅苦しくも面白くない趣味であるから。しかし、それでも「ロレンツォ冒険記」は貴族でも読むものは居た。それほどまでに人気のある小説だった。


「まあ、では辻馬車で賊に襲われたというのは本当なんですか?」

「そうそう、大変だったよ。本に書いてただろう。たまたま買っていた唐辛子の粉末を投げて追い払ったんだ」

「ふふ、賊は泣きながら逃げていったそうですね」


二人は楽しげに話していた。事実をもとにしたフィクション、の答え合わせをしているのだろう。話の内容からして、どうやらすべてがフィクションというわけではないらしい。

ころころと笑いながらサファヴィ侯爵の話を聞くフィオナに、もやもやとしたものを抱いてしまう。テオドールは、その感情の答えを知っている。しかし、それを表に出す権利は己にないということもまた、わかっていた。


「おっと、あまり話していると馬に蹴られてしまうかな」

「馬に?」

「よく言うだろう、人の恋路を邪魔すると馬に蹴られる、と」

「なっ……!」


テオドールの方を見ながら言う言葉に、かっと顔が熱くなる。それほどまでに分かりやすい顔をしていただろうか。そもそも、そんなことは言わないでほしい。声をあげようとしたところで、フィオナが口を開いた。


「わたくしたち、そのような関係ではないんですよ」

「ええ? でも……」

「テオドール様は弟のご友人で、今回は公爵家の馬車を使ってこちらに連れてきてくださっただけなんです」


その言葉に、テオドールは言おうとしていた言葉全てを失ってしまった。フィオナの言っていることは何も間違っていない。しかし、その淑女然とした受け答えに、冷や水を被せられたような気持になった。

彼女に焦がれているのは自分だけなのだと、突きつけられたのだ。


「それはそれは……、強敵だね、テオドール殿」

「……いえ」

「ま、がんばりなよ。私の見立てでは悪くはないぞ」


ばんばん、とテオドールの背中を叩きながら笑う姿に、勘弁してくれ、と思う。フィオナにとって、自分は弟の友人でしかないのだ。

アルテリアの「一生発展しない」の言葉がじわじわと刺さってくる。どうすれば、彼女に伝えることが出来るのだろうか。


「そういえば、ラングレー家主催の夜会の招待状が届いていたな」

「ああ……、高位貴族の家には須らく送っていると思います」

「フィオナ嬢も来るのかい?」

「は、はい、テオドール様に誘っていただいて……」

「そうかそうか、じゃあ私も参加しよう」


そう言うなり、くるりと踵を返してサファヴィ侯爵は歩き出した。そちらは辻馬車の乗り場だった。侯爵家の馬車で来ていないのか、と呆れるとともに、そんな奔放な姿は、フィオナにはどう映っているのだろうかと不安になる。


「……フィオナ嬢」

「はい」

「その、……サファヴィ侯爵が「ロレンツォ」だったわけだが」

「そうですね、小説のイメージ通りの方で驚いてしまいました」


ぱ、と明るく笑うフィオナに、焦燥感が募る。

言ってしまいたい。貴女が好きだと。伝えてしまいたい。——しかし、できない。公爵家の夜会が終わるまでは。


「今日は連れてきてくださってありがとうございます。とても素敵な経験をさせていただきました」


その言葉に、ただ「よかった」とだけ返した。

勝手に期待して、勝手に落ち込んだだけだ。うつむきそうになる心を、隣に居る彼女の微笑みがつなぎとめる。作者だという彼に会えた喜びで、フィオナの頬はまだわずかに上気していた。

その幸福を壊したいわけではない。ただ、その隣を歩く権利がいつか自分のものになるように、祈る。

夜会の日は、もうすぐそこまで来ていた。


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