【最終章】
「ってことはさ、結局みんなあいつに踊らされたってわけね」
野本は安西が横たわる病室の窓際で、久しぶりにご対面する桜坂、白戸、幸元と病院の売店で買ったパックのお茶で4人で即席のお茶会を楽しんでいた。
と言っても、4人はあの後そのまんま病院に運ばれ、一応の検査を受けていた。
そして、一段落した後、これまた売店で売っているチョコレート菓子や普段は食べないスナック菓子を(今日は特別!と納得させて)食べ散らしているわけだが。
ヘリでの出来事をかいつまんで話す田ノ木は、捕まえられなかった悔しさと、野本の旦那が今どこにいるのかが全く分からないということをを伝えに病院まで再度足を運んで来たわけだが、野本本人にも嘉元がどこにいるのかは、それは分からないとのことだった。
「じゃぁ、まだ事件は解決していないってことじゃないですか」
桜坂は上品にパックのお茶をすする。
「まぁ・・そうなるでしょうね。あいつがどこにいるかすら分からないんだからね」野本も反応する。
「ってことはさ、まだ狙われる可能性があるってことですか?」
白戸は肩をブルリと震わせた。
「なんであんたちゃんと撃ち抜かないのよ!」
っとに、使えないわねと幸元に毒を吐く野本はチョコレートを食べ続けている。
「それでも私の命中率は100%ですから。でもあれですよ、先に言いますけど、撃ち抜けと命令したのは、田ノ木さんですから!」
と、きちんとそこは伝えておく。
「にしても、いつどうやって船から逃げ出したんでしょうね」
桜坂は腕組みをしながら考え込む。
「でもあんたさ、いつそんなスナイパーチックなこと覚えたわけ?」
「野本さん、女性は謎めいてた方が魅力的だと思いません?」
話をはぐらかす幸元は、自分の過去を言う気はさらさら無い。
そんな幸元のことを受け入れる野本は、
あんた軍隊にでも入った方がいいんじゃない?
と、田ノ木と同じようなことをさらりと言う。
「じゃぁ、安西さんはまだ狙われるってことでしょうか」
申し訳なさそうに話に加わる白戸に、「いや、安西もヨーコも共に海に沈んだと思ってる」と、田ノ木が割って入る。
「甘い」
野本が一蹴した。
「あいつはそんな簡単じゃないよ。自分の目で確かめに来る。ちゃんと始末したのか、出来ているのかを自分自身の目で確認するか、それとも誰かを雇って死体を持って来させるか、そのくらいのことはするわよ」
ばりっとポテチの袋を開けて手を突っ込む。
「ってことは・・・」桜坂と白戸が目を合わせた。
「王ですよ」
病室のドアが開かれ、松葉杖をつきながら入って来た根上は、そこで話の一部始終を聞いていたようだ。
「王がいなくなった。どこにもいないし王たちが乗った船も無い。そしてその船には殺し損ねた中国人が乗っている。そして、野本さんの旦那さんが海に沈んだたと言った人の中にそいつらの名前は無かった。」
「ってことはさぁね、あいつにもうバレてるじゃない、私たちがまだ生きてるって」
ポテチの袋に手を突っ込み、まとめて口に入れるという動作を繰り返す野本はその手を休めようとしない。
「だからその王をさっさと捕まえないといけないって話ですよ」
根上は野本の隣へ腰をおろすと、野本が大事に抱えているポテチの袋に手を突っ込んだ。
「あんた随分図々しくなったわね」
「今日だけはスナック菓子解禁したんです」
答えにならない答えを言いながらもばりばりと派手に音を立てて口に運ぶ。
「王がもしかしたら野本さんの旦那と繋がっていたってことも考えられますよね?だったらそっちを先に捕まえた方が・・・」
「ええと、それは無いと思いますけども・・・だったらちょっと待っててください」
幸元は病室を出てロビーへと向かう。そこで携帯画面に旦那の番号を弾き出した。
しばらくして幸元が病室へ戻ってくると、さきほどとは打って変わって通夜のように静まりかえっていた。
「え?何どうしたの?なんかあったの?」
「トキが集中治療室に運ばれた」
「は?だってさっきまでここに・・・」
まさかの様態悪化?
「なんだかよく分かんないけど検査だかなんだかで行ったわよ」
野本はまるでそんなこと気にも止めないとばかりに幸元に返す。
「心配じゃないんですか?」
「だってここ病院だし。心配したってどうにもなんないでしょうが」
「ですけど・・・」
「まぁ、あれだ。俺は一回戻って対策を練り直すからお前達はここから動くなよ。いいな」
田ノ木はお茶を楽しむ淑女たちに念を押す。
案の定、シャワーを浴びたいだとか、食事の支度をしなきゃいけないとか、家に連絡も入れてないのに、これじゃ家族が心配してる!などと言いたい放題言いまくった。
それはこっちでしっかり手を回してるから心配すんなと言い切ると、根上に頼むなと言い、田ノ木は病室を出る前に野本の方をちらりと見た。
が、彼女はまだポテチと格闘中で田ノ木の視線には気付いていなかった。
「野本さん、本当になんとも思ってないんですね。てか人のこと気にしたりします?」
「・・・何?」
「いや、やっぱいいです」
根上は杖をつきながら立つと田ノ木を見送りに病室の外へと出て行った田ノ木を追った。
それから二週間が経ったが、何事も起こらずに時間だけが過ぎ去った。
安西の状態は回復に向かい、4人の主婦たちもそれぞれの生活を送っていた。
一日に一回は病院に顔を出すスタンスになっていたが、時間が合わない為、朝一で来たり、夜面会時間ぎりぎりで来たりしていた。
田ノ木も根上も仕事に追われながらも分かったことは、野本嘉元は自分が作り上げたクローンを回収するためにいろいろと手を尽くしていたということだ。
考古学者が仮の姿で、実際はグレーゾーンの研究を、世間や関係機関にカムフラージュするためにアフリカの奥地で秘密裏に行ってきていた人体実験がリークされ、保身のために廃棄処分を決行した。
廃棄処分の最後の一体が安西で、これが一番の出来だった為に最後まで残しておいた訳だが、何体作ってどこにあるということまでが世間に分かってしまった以上、証拠隠滅のためにそうするしか方法はなかった。
しかしやはり一筋縄ではいかない状態になり、オリジナルのツグミ共々沈めてしまおうという形になった。
自分の妻でさえも・・・
貨物船から脱出した王とは未だに連絡がつかず、どこにいるのかの居場所もつかめていない。
そして逃げ切った野本嘉元も何の音沙汰もなく、アフリカにある研究所にも戻っていないし、今現在の所在は分からないと言うことだ。
ただ、研究所と大学に籍は残っているのでいずれどこにいるかは割れるだろう。
野本の自宅にもしかしたら連絡が入るかも知れないと思った田ノ木は、(渋々、いや、嫌嫌)野本に頭を下げ、家の中と電話に盗聴器をつけさせてくれと頼み込んだ。
リビングの電話のみならいいわよと、仕方なく取り付けを許した。
が、電話の一本も無ければ、怪しい人物が辺りをうろつくということも全くない。
細く繋がっていた糸は切れそうになっていた。
一ヶ月が過ぎようとした頃には安西はすっかり元気になり、食欲も出てき始め、笑顔も見せるようになった。
しかしまだ完治ではないので病院から出ることは許されず、外には私服警官が常に待機している状態だ。
話すことのメインは野本の旦那が今どこにいるのかということと、王のことについてだ。
アフリカの研究所にはもういない。
そしてどこに行ったかということすら告げずにいなくなっている。
研究所側、そして大学機関でも探してはいるが、見つからないということからして、アフリカにはもう戻らないってことで間違いないだろう。
ということは、次に行く先は・・・
「南米」野本が自信たっぷりに言った。
「だよね、あのバカ女が最後にぽろりと言っちゃったもんね」安西も同じ事を言う。
ヨーコが言った言葉を聞き逃すことなく耳に入れていた二人は、次に行く場所の検討はだいたいついていた。
「南米っていったらあそこしかない」
野本は足を組んで髪をかきあげた。
「だね。でもあそこにはもう誰もいないはず」
安西は腕組みをして考え出した。
「だからじゃないの?もしかしたらまだ何体か隠しているのかもしれない」
「もしかしてって思ったんだけど、あの王親子もそうなんじゃないかしら?」
「それはないと思う。あいつらにはそんな血は入っていないはず」
野本が意味深に言ったことに対し、安西は野本が他にも何か知っているということを確信したが、そこは敢えて聞かなかった。
「じゃ、私たちは今のところは狙われてないってこと?」
安西が話を変えた。
「そうね。あいつが今日本に戻ってくることは出来ないし、結局貨物船の爆破の件も、こっちに責任があって、してやられた状態になってるって言ってたから例えこっちで捕まったとしても何の罰も受けないわ。
そしてわざわざそんなバカみたいなことする人じゃない。
ほとぼりが冷めるのを見計らってなんらかのアクションは起こしてくるだろうけど、もしかしたらもうあんたには用事は無くなって、他の事を進めるつもりかも知れない」
「どういうこと?」
「あいつの研究材料としてあんたは一番の出来だよ。それを潰すことを最後まであいつは渋ってた。ってことは、この状況から考えても、たぶん消しには来ないと思う。いや、むしろ生き伸ばすと思うの」
「でも残念なことにどこかで誰かに監視されてると。私はいつまでたってもモルモットってことね」
「その言い方はやめて」
ごめんと素直に謝る安西は、病室の壁の一点をただ睨み続けている。
「おかしなことは、考えないでよトキ」
さすがに自分の血が入っている安西の考えを先読みした野本は釘を刺す。
「あんたは退院したらうちであたしと一緒に生活しなさい。近くには警察もいるし安全だから」
「・・・そうする」
安西の膝頭をぽんぽんと叩くと、じゃ、あたしちょっと大学行かないといけないから、また明日来るわね。
と言い、カーディガンを羽織った。
「ツグミ」
病室を出て行こうとした野本を呼び止めた。
「ん」
振り返ると、ベッドの上で姿勢を正して座っている安西がまっすぐに野本を捉える。
「ありがとう」
まっすぐに目を見て、目の奥にある昔から知っている、本来の野本に訴えかけた。
「何言ってんのよ」
じゃぁねと手を挙げてドアを閉めた野本の目にはうっすらと涙が光っていた。
それは、病室に残っている安西も同じだった。




