■ 脱出!いなくなった王
降ろしたボートは二艘。
一艘には、安西と野本と桜坂、白戸に根上。
もう一艘には、王と悟に中国人二人。
速度の上がる貨物船からボートに乗り入れるのは簡単ではなかったが、なんとか二手に別れて脱出することが出来た。
安西を男3人で抱えてボートに乗せるのは半端なく危なっかしく、とても難しい事の一つだった。安定しない上に何回も海に落としそうになり、その都度、野本の罵声が男3人の耳に入り、心臓をばくばくさせた。
王はこれを想定して中国人二人を連れて行くと言ったのか?
根上は王が必死に安西を積み込む様をじっと見ながら、こいつは一体なんなんだという思いが頭の中を回っていた。
貨物船は速度を上げ沖へ突き進む。
ボートは貨物船とは逆の方向へと逃げ、出来るだけ距離を広げた。
時折コンテナが静かに海の中に落ちて行くのが目に入った。
一歩間違ったら自分たちがあの中に入ったまま海に沈められていたと考えると、皆背筋に氷が滑り落ちる感覚に囚われた。
貨物船の船体は既に半分くらいが沈み始めているが、前進する力は衰えないように見える。
コンテナ群も半分は海水に浸り、船上では左右に流れ出ているのだろう。
ボートはどんどん距離を広げて貨物船から離れようと遅いスピードで精一杯進んだ。
貨物船が半分沈んだ時、海の中から地響きが響いた。
それはボートの底にまで響き、全員を一瞬で黙らせる。
波が細かく振動し、貨物船から出たであろう波紋がボートにまで到着するのにそんなに時間はかからない。
くぐもった爆発音が耳に届いた後、貨物船が左右に大きく振れ、オレンジ色の炎と黒い煙を立てて燃え上がった。
「信じらんない。あいつ、本当に沈める気だったんだ」
野本は燃えながら沈みゆく貨物船から目が離せない。
「田ノ木さん、間に合わなかったんだ」
「今なんて?」
根上が言った一言に野本が反応した。
「田ノ木さんは野本さんの旦那さんを追ってったんですよ」
「・・・」
「船が爆破されたってことは、間に合わなかったか取り逃したかのどちらかじゃないでしょうか」
「・・・いや、あいつはどっちにしても船は沈めるよ。だから、どうなったかはまだ分からない」
そのうちに鉄やゴムや木の焼ける臭いが鼻腔をくすぐるようになり、意識をはっきりと戻した野本は、とにかく早く陸へ上がりましょうと言い、安西を一度確認し、ボートを動かそうとしたが、そこは四方を海に囲まれた海のど真ん中。
どっちへ行けばいいのかなんて誰にも分からない。
「誰か、船かなんかの資格とか、そんな感じの持ってるのいないの?」
野本は根上を見て言った。
「例え持っていたとしても、海図とかなんかそんな感じのがなけりゃ無理ですよ」
根上は野本を睨む。
「あんた刑事のくせに船も操作できないなんて言うんじゃないでしょうね」
「刑事がみんな船の操縦ができると思ってるのなら、その頭の中はどうしようもないがらくたみたいなもんですね」
言い合いが始まったのを制した桜坂と白戸は、王たちと一緒に行けば問題無いんじゃないでしょうかと、ちょっと考えれば分かることをさらりと言った。
野本と根上は急いで王たちのボートの方を向いたが、そこに、王たちの乗ったボートはいなかった。
それらしいボートはどこにも見当たらなかった。
「くっそ・・・」
根上は悔しさを表情と態度にあからさまに表し、ボートを力の限り拳で叩く。
ヨーコの件といい、中国人二人の件といい、王には言いように踊らせられた気がしてならなかった。
「やっと私の出番じゃないですか」
白戸の一言に皆一斉に白戸の方を向く。
「皆さんさきほどからボートボートって言ってますけど、これ、歴とした救命艇ですよ。ちゃんとした装備だってありますから、助けを呼べば問題ないです」
「ボートも救命艇も対して変わりは無いんじゃないでしょうか」
「桜坂さん、ボートっていうのは、そうですね、ゴムボートでも想像していてください。でもこれはそんなものじゃないでしょ?」
「動かなきゃ意味無いのよ。トキは危ないの」
野本はのんびり助けを待ちましょうよとでも言っている白戸に苛ついた。
「動きますよ、これ。私が今から動かしますから」
「あんたそんなことできんの?」
「はい。さっきから皆さん私には何も言わないから、きっと私は何もできないと思っているんでしょうけれど、一級小型船舶免許、ちゃんと持ってますから」
自信満々に言う白戸に、だったらさっさと言いなさいよ!っとにトロいんだから!と、やはり罵声を浴びせるのは野本。
ほんと、持ってるなら早く言って下さいよ。とダメ押しで言うのは根上。
気にしないでください、ありがとうございます、これで助かりますと言ったのは桜坂だ。
白戸は、せっかく役に立てると思って言ったことを、後悔し始めていた。
黒い点はやがて大きな塊となって現れた。
根上の持っている桜坂の携帯が鳴った。
「田ノ木さん」
無事だったんだと分かった根上はぱっと明るい笑顔になった。
「今そっちに助けの船が向かってるからしばらく我慢しとけ」
「分かりました。田ノ木さんは無事なんですね」
「当たり前だろうが」
ヘリは止まることなく頭上を飛び去って行く。
飛び去った方へ進めば陸にたどり着ける!
と思った白戸は船を動かそうとした。
「いいから」
根上に制された白戸は眉を八の字に曲げた。
「私だって少しくらい役に立ちたいんです」
ここで言うべき言葉じゃないことは、白戸以外の人は皆分かっている。
意識を無くしている安西でさえも。
「白戸さんは十分役に立ちましたよ」根上がなんとなくフォローを入れる。
「・・・そうなんですか?」
「だって、コンテナの中であの子供の面倒見てたじゃないですか。白戸さんがいなかったら私ぶん殴ってましたよ、何回か」
「またそんな言い方を・・・」
「私は子供が嫌いだし、桜坂さんも好きそうには見えなかったし、あなたがいてくれて助かりました、本当に」
「そう・・・ですか」
「まぁ、あれなんじゃない?子供をあやすのが得意なんだから、結果良かったんじゃないの。でもまぁ、あいつらは逃げたけどね」
せっかく忘れていたことを思い出させたのは野本だ。
それを聞いて根上は今一度田ノ木の電話に連絡を入れた。
っとにあんたもそんな大事なこと言うの忘れてそれでも刑事って言えるのかしらと嫌みを言うのも野本。
田ノ木は根上の連絡を受けて、そんなことはもう分かってると言い、本当におまえは鈍いところがあるなと、二度目の鈍い宣言をした。
「あの、根上さん、そろそろその電話は返してはもらえませんか?」
桜坂が申し訳なさそうに電話を返して欲しいと言ってはみるが、無理ですと一蹴された。




