■ 王の思惑と振り回される根上
「どういうこと?」
根上は王に対し、警戒心を露わにした。
王は根上に背を向けている格好になっているが、両脇には中国人二人が王の肩にもたれかかりながら歩き始めていた。
根上は迷わず銃口を王に向けた。
王は動きを止めるが、言葉は何も発しない。
その奥では白戸に悟が救命ボートを海面に降ろそうと、もたもたとしていた。
「そいつらをどうするわけ?」
「・・・」
「あんたのことは撃ちたくない」
「・・・」
王は根上が言った一言に口角をにやりと上げた。
「根上さん、今はそんなこと言ってる場合じゃないんです。まずはここから脱出することを先に考えましょう」
「私の質問に答えな。あんたのオピニオンは聞いてない。何をしてるの」
王は言われた通り、男二人を甲板に落とし、手を挙げながらゆっくりと根上の方を振り返った。
根上は警戒し、銃を王にしっかりと向けたまま、動きがあれば容赦無く撃つつもりだったが、王には根上を撃とうとかいう気は無く、両手を挙げたまま根上の目をじっと見つめた。
「この人達はボートに乗せます」
「それは、私が決める。あんたには何も言う権利は無い」
「お願いします」
「願いをいちいち聞いてる刑事がどこにいる?」
鼻で笑い飛ばした根上の顔には、何か起こせば撃つという意志が現れている。
なぜ王がそんなにこいつらを助けようとするのか、根上には検討もつかなかった。
しかし、王には根上をどうこうしてまでもこいつらを助ける気はないようにも見えた。
ただ、生きている者だから助けようとしているのか、それとも本当は王もヨーコたちの仲間なのか?定かじゃない。
ヨーコの事に関しても、根上はヨーコの足を狙っていた。
動きを阻止し、生きたまま連れ帰るつもりだったが、王が最初に発砲したことによりヨーコの身体が跳ね、
自分は足を狙って構えていたが、視線を王のいる方に向けてしまった。
崩れ落ちてきたヨーコの心臓辺りを王が更に撃ち抜いた。
そしてそれは一瞬の出来事で、阻止することが出来なかった。
根上は自分にも王にも怒りを覚えていたが、そのことをここで言うのも、それこそそんなことしている場合じゃなかった。
「ボート、下に降ろせそうですー」
間延びした力の抜ける声が聞こえた。もちろんこの声は白戸の声だ。
「根上さん」
王が根上に訴えかけた。
「兎に角、今はいろいろ言い合っている場合じゃない。まずは安西を助けて、それからボートに乗せてさっさとここから出よう」
根上は銃をしまうと、王は素早く男二人を抱えて、ボートの側に引きずり、荷物を置くように雑に置いた。
「王」
根上は人指し指を振り返った王の顔に目がけて指し、脱出した後でこの話の続きはする。と、念を押し、妙なことをしたら容赦無くぶち抜くと、王の額に人指し指を向けた。
王は一つ大きく頷くと、必死にボートを降ろそうとしている白戸と悟の方へ走った。
その顔には、何とも言えない笑みが讃えられていた。
船底から爆発音とそれに付随する細かい振動が全員の身体に響く。
積まれているコンテナ群がずるりと揺れた。
王と根上が野本のいる方に目をやると、野本もこちらに目を向けているところだった。
根上が大丈夫かと叫ぶと、野本は首を上下にこくこくと動かした。
根上と違い、体力に自信も無ければ肺活量も不安な野本は叫ぶよりもジェスチャーで示した方が速いとふんだ。ように根上には見えた。
しかし、理由はこれだけじゃない。
白戸と悟はボートを海面に降ろすレバーを引いたところで止まっている。
「早く降ろして!」
根上は叫びながら白戸の方へ走り寄り、王も二人の中国人の腕を無理矢理ひっつかみ、他のボートを降ろすべく命令を下している。
貨物船は相変わらず速度を上げて突き進む。
だんだん揺れも激しくなってきて、水しぶきも上がるようになった。
沖に進むにつれ、波も大きくなり、うねりも巨大なものになる。
「さっさとここから出よう!下が爆発してるってことは、浸水するはず!」
「分かってます!ボートは私たちが降ろしますから、根上さんは野本さんたちを早くこっちへ」
王は手際よく、痛みに顔を歪める二人の中国人たちに檄を飛ばしつつ、ボートを降ろしている。
中国人二人は船底から爆発音が聞こえたと同時に、あとどのくらいで沈むかをさっと計算し、刺された足の痛さなど気にしていられなくなってきた。
そんなことを考えていたら、死ぬ。
根上は手際のいい男三人がいてくれて良かったのかもしれない(今のところは)と悔しながらに考えた。
根上が野本の方へ駆け寄ると、そこには血まみれになった野本と、安西の腹を自分の洋服でぐるぐるに巻く桜坂の姿が目に入った。
桜坂は確か血がだめだって・・・
野本は野本で力尽きる寸前のように疲れてそしてやつれて見えた。
「大丈夫?」
根上に肩を掴まれ、ようやく顔を向けた野本は、やはり首だけで頷いた。
「ここから早く逃げないとならないんだけど、動ける?」
「大丈夫」
「安西は・・・」
意識が戻っていない。
「意識は戻りません。応急処置はしましたから今のところは大丈夫だけれど、早く病院へ行かないと」
桜坂の手際のよさにびっくりする根上に今度は野本が力無く笑いながら、肩を叩いた。
「急いで・・」
「まだ大丈夫よ」
「野本さん、この船には・・・」
「爆発物でしょ?さっきの爆発音と振動から距離を測ったわ。あと20分は持つ」
いつ計算なんてしたんだ?
根上は野本の顔をまじまじと見て、あぁ、さっき爆発があった後で大丈夫かと聞いた時、野本は頷いただけだった。
きっとあのときに頭の中で計算かなんかをしてたに違いない。
だから声を出さなかったんだ。
いつもの癖で髪をかき上げた野本は、手で甲板を押しながらゆったりと身体を起こした。
その髪は血でべっとりと固まっている。
「安西さんを運びましょう。根上さんは足を持って」
桜坂はバッグを大事そうに斜めがけにすると、すっくと立ち上がった。
「それは私がします」
王が中国人の男一人を引き連れて野本の後ろから声をかけた。
「冗談やめてよ!あんたたちに任せたらトキはこのまま海に投げ捨てられるじゃない!あんた、あたしをなめてんじゃないでしょうね」
素早く立ち上がった野本は今までの気だるさはどこへ行ったのか、王の胸ぐらをひっつかみ、今にも殴りかかりそうな勢いだ。
「野本さん」
根上が野本の腕を抑えるが、王はやられたままじっとしている。
「こいつはそんなことしませんよ」
「あんたいつからこいつの見方になったわけ?」
「大丈夫ですから。私が保証しますし、なんかあったら私が遠慮無く撃ち殺しますから」
根上の目をまじまじと見る野本は、根上が本気だと分かると渋々手を王から離した。
「妙な真似したらぶっ飛ばすからね」
野本の言葉を聞いた王はくすりと笑った。
「何笑ってんのよ」
詰め寄る野本に、いえ、根上さんとなんとなく似てるなって思いまして。と、殴られる前に本当のことを早口に伝えた。
「良く知りもしないくせに偉そうなこと言ってんじゃないわよ」
捨て台詞を吐くと、腕組みをして、船内、そして船外へと自分を連れ出した中国人の男の一人を睨みつけ、あからさまに舌打ちを一つした。
もう一発、爆発音が聞こえ、船は不気味な軋み音を響かせ始めた。
「野本さんの計算、間違ってるんじゃないですか?」
不安な声で言った根上の言うことを右から左に聞き流し、
これは急いだ方がいいかもしれないと心に思う。
が、口にはしなかった。




