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【第十章】一人を抜かし、勢揃い

 

 ★

 

 野本が荒々しく放り投げられた部屋には口をガムテープで貼りつけられて手を背中で縛られている安西トキが部屋の隅で小さくなって座っていた。

 ことに、まだ野本は気付いていない。

 彼女は乱雑な扱いを受けたことに対し怒り、中国人相手に中国語でまくしたてていた。

 内容は、私をこんな目に合わせてあんたタダじゃおかないからね!覚悟しときなさい!あんたの顔は覚えたわよ!どこまでも追ってって、明日の太陽拝めないようにしてやるか

ね、覚えときな!

 と、こんな具合だ。

 中国人かどうかも定かじゃないアジア系の外国人は、うっとうしそうに顔を背け、いやな仕事は早く片付けてしまおうとでもいうように、野本を半ば強引に部屋に押し込み、外側からカギを掛けた。

 ちょっと暗いじゃないよ!電気くらいつけてきなさいよ!このタコ!と暴言を吐きながらドアを思い切り叩いたり蹴っ飛ばしたりしていた。

「なんて扱いなの!」

 体力のあまり無い野本はすぐに疲れ、乱れた長い髪をかき上げ一息つく。


 普通、スイッチはどこについているのか・・・

 ドアの横の壁を触り続け、スイッチは無いのか探し始めると、なんてことはない、すぐに見つかりパチリと音を立てて明かりを付けた。

「ほんとバカな奴ら」

 一人でも暴言を吐くのは、もう癖なのか。

 ドアに背をもたれ、部屋の中を振り返ったとたん息を飲んだ。

 部屋の隅っこに小さくなって座る安西トキの姿をここでやっと発見した。

「トキ!」と、言うよりも早く身体は動き、何かを言わなきゃという思いで言葉を口から出した。

 大丈夫?とまずは口に貼られているガムテープをゆっくりと取る。

 肩を上下し口から深く呼吸をするトキを横目に急いで縛られている手を解放してやった。

「ツグミ」

 安西は涙目になり野本に抱きついた。

 もう大丈夫だからとなだめる野本の頭は既にここからどうやったら脱出できるかということに脳みその大半を使用していた。

 どこを見てもこの部屋の入り口は一つしかない。

 ということは、もう一度誰かがこのドアを開けなければ出て行けないと言うことだ。

「でもなんであんた・・・っとに!身体は大丈夫なの?」

 安西の身体を気遣う野本は、安西が病院で入院患者が着るあの病院に常備されている薄っぺらいパジャマのようなもののままだということに気づき、新たに怒りを覚えた。

 ついでに言えば、靴も履いていないし、上着も着ていない。

 田ノ木が言った言葉をようやくここで思い出した。

『どっちにしろ殺される』

 どうせ殺されるのなら、配慮はいらないってことか。

 野本は自分の着ているものを確認し、まず自分のスニーカーをトキに履かせた。

「なんでスニーカーなんて履いてるの?珍しいね」

 何か冗談でも言わなきゃと思った安西は、くすりと笑ってスニーカーを指さした。 

 いきなり警察がうちに来てね、そのままあんたんとこへ行ったから、まさかこうなるとは思ってもなかったから部屋着のままなの。今度からは部屋でも気を抜けないわ。完璧なメイクにファッションでいなきゃね。

 と、冗談で返す。

 野本はデニムに白いTシャツに黒くて薄い大きめのカーディガンという至って普通の本当に部屋着だった。

 スニーカーを私が履いたらツグミが困るでしょ。と言うトキを、そんなことあんたが気にしなくていいのと一蹴し、羽織っていたカーディガンも安西に着せてやった。


「ほんといやになるんだけどね、あいつうちに来るのにパトカーで来たのよ?信じられる?普通はさぁ、覆面で来るじゃない」

「それはきっとツグミを守ろうとしてのことなんじゃない?」

「どういうこと?」手を止めた。

「だってツグミ狙われてたもん」

「・・・何それ」

「え?聞いてないの?」

「警察になんか言ったの?」

「ツグミん家、あいつらに監視されてるかもしれないからって。だからこそパトカーで来て、ここは警察がちゃんと見張っているってことを見えないあいつらに言いたかったんじゃないのかな?」

「・・・タヌキはそれを知ってたわけ?」

「・・・うん、あのね、昔から言ってるけど、ツグミが分かってるってことはみんな分かってるだろうって思ってるみたいだけど、そんな頭回る人なんていないからね。私ですら無理なんだから。で、タヌキって誰?」

 野本にずばりと言えるのは安西くらいだろうか、はたまた子供の頃から、いやそれ以前から一緒にいるから言えることなのか、まずはタヌキとはなんぞやからの説明を要求した。


 野本は安西には言葉を被せることなく端的に説明し、今までの経緯をざっと話してやった。

「だったら簡単、みんなここにいるってわけだ」

「今のところは・・・関わってる奴は・・・そういうことになるわね」

「ツグミ、たぶん私たちは消されることになるよ」

「それもタヌキが言ってた。でもさ、それを阻止すればいいんでしょ?」

「やっぱりあんたは簡単に言うよね。でも私にはもう出来ないかもしれないな」

 自分のお腹の辺りを叩き、そのお腹には包帯が何十にもグルグルに巻かれていることを示した。

 まだ傷はふさがっていない。

 暴れたらどうなるかなんて考えなくても分かることだ。

「だから大丈夫。助けるから」

「誰が?」安西は野本の目の奥を覗き込み、楽しそうに笑う。

「タヌキとメガミとあとはその雑魚たち」

「相変わらず口が悪いね」

 くすくすと笑う安西は笑うだけでも痛むのか、時折顔を歪める。

「でも、もうそろそろその口の悪さは無くしてもいいのかもしれないよ。たぶん、これが片づいたら」

 安西は野本の目をまっすぐに見て笑った。

 野本もまた肩の力を抜き、そうかもしれないね。と、静かに微笑んだ。

 ヨーコとその手下たちが野本と安西の部屋に近づいてきていた。

 そのヨーコの顔には不気味な笑みが浮かび上がっていた。


「それで、なんであんたあんなめった刺しにされてたわけ?」

 しかも新宿で、私の目の前に落ちてきたときにはそれはそれは心臓をえぐられるかと思ったし、これは何かあるって思った。

 わざわざ私に見せつけるためにやったとしか思えないしね。と付け加える。

「・・・そうだ。思い出した。その、それをなんとか阻止するために私はあのホテルへ向かったんだった」

「何を阻止するのよ」

「私を廃棄処分にしようとしてる奴」

「・・・まさか」

「その、まさかだよ」

 初めて野本の顔に戸惑いと悲しみと怒りの表情がこみ上げてきた。

 それを私は知ってしまったから、直談判に行ったんだけど、まさかそんな形で裏切られるなんて思わなかったからさ。

 だって、言って見りゃ私の親も同然じゃない?

 やっぱこの世に完璧なんてことはないんだなって思った。

「そしてグサっと」

自分で刺されるまねをしておちゃらけてみるものの、野本にその余裕は無くなっているように見えた。


「ツグミ。らしくない顔しないでよ。そんなんじゃ私が自信無くすわ」

 真面目な顔をして野本を見る安西の目は、本当にやめてと言っているようだ。

「ごめん。そこはぜんぜんノータッチってか、思ってもいないことだったから。ちょっと考えるのに時間がかかっただけ。でももう大丈夫」

 こう言った野本の顔には既に戸惑いの色は無く、思考を切り変え、違う視点から事を考えていた。

「で、私もろとも消し去ろうって考えたってわけね、あいつは」

「だと思う」

「で、あのライブハウスにあんたを捨てたのは、あそこには私がいっつも出入りしてて、週末にはいつもあそこにいるのを知ってる奴」

「そう」

「・・・なんでそんな回りくどいことを・・・あったまきた」

「そう言うと思った。本当にまどろっこしいことをするよね。その意味はなんなんだろうか」

「こうなったらなんとしても殺されるわけにはいかない。この事実は私たちで片付けるしか無いし、なんでこんな面倒くさいことをするのか・・・ちょっと・・・」

「たぶんね。試してんだと思うわ。私たちのことを」

「だから、ごめんツグミ。私にはそんな時間無いかもしれないから後はよろしく」

「だから無理でしょ。何あんた、面倒くさい仕事を私に任せようとしてんのよ。それに大丈夫だって言ったじゃん。この船には腕のいい女医が一人乗ってる。勿論それは私の仲間で、あんたがいた病院に勤めてる桜坂医師の妻でもあるし」

「それはとても力強い情報。頑張ってもいいかもって思えてきた」

 にやりと笑う二人の顔は、そっくりだ。



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