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■ 本当の王とはまだ分からない


 王はすぐに発砲してきた男を発見した。

 見たことのないアジア系の外国人だ。

 その格好からして撃ち慣れているとは思えなかった。

 内ポケから手術用の薄いゴム手袋を取り出し、慣れた手つきで手にはめて、音を立てずに近づいた。

 コンテナの上から見下ろすとそこには拳銃を構えて根上たちを探している男が一人。

 周りには誰もいない。

 王はコンテナの上から男の首元に狙いを定めて周りに気を配りながら、静かに舞い降りた。

 殺気を感じた男は後ろを、いや、上を振り返り拳銃を構えてその正体が何なのかを確認し、引き金を引く準備をした。

 逆光になって見えないが黒い影は人だと分かる。

 上から覆い被さられるように自分の上に降りてくる人に向け、一発発砲した。

 王は避けることなくその男の首元に目がけて細長く綺麗な指を絡めた。

 カーテンが風に揺れてたなびくように王は男の後ろへとゆったりとした動作で入り込む。

 指に力を入れたまま。

 

 自分の首元に指が絡まりつき、呼吸ができなくて苦しくもがく男は左手で自分の首に巻き付いている王の指をほどこうと爪を立てるが、むなしくもその特殊な手袋が伸びるだけだった。

「撃ち慣れていない奴が撃ってもしっかりとは命中しませんよ」

 王は男の耳元で舐めるように囁いた。

 男は一瞬動作を硬くしたが、すぐさま逃げようと力を込めた。

 右手に握りしめられている拳銃を王はいつの間にか奪い取り、その男の腿に一発撃ち込んだ。

 首元を抑えられている男は痛くても悲鳴も上げられず、目をひんむき口元に泡をため込むだけとなった。

 王は躊躇することなくその男を海に突き落とした。

「一人片づきました。一人目は簡単すぎましたね、話になりません」

 一人ごとは誰にも聞かれなければその言葉は自分だけのものだ。

 男がズボンのポケットに入れておいた弾丸をいつの間にかに抜き取り、確認し、自分の懐に忍び込ませていた。

 根上たちの元へ戻るついでに、他に誰かいないかを気配を感じ取りながら慎重に追いかけるが、

 その顔には、不気味な笑顔が浮き上がっていた。

 

 ナイフを手に持ったアジア系の恰幅のいい男が一人、先を急ぐ根上の後ろ姿を捉えていた。

 根上は丸腰だ。

 それを知っているのか、男に危機感は無く、むしろ、いつどのタイミングで出て、根上を刺そうかと様子を伺っているようにも見える。

 腹を空かせたライオンが獲物を捕らえるのに全神経を集中させるように。

 コンテナの影に隠れるようにして進む根上は辺りに気を配っているが、後ろの男にはまだ気付いていない。

 気を付けているのは、操舵室に誰かがいるのかを確認することと、救命艇の正確な位置だけだ。

 今のところ操舵室に人の気配は無い。

 根上はコンテナ群を抜け、船に横付けされている小型ボートを確認した。

 中には男が一人乗っている。

 しかしまだ船を出す気配は無い。

 ここからだとわけなく小型ボートにたどり着けるが、武器が無ければ倒せそ

うにもない。


 何か武器になるものはないかと両サイドを確認する根上の視線の片隅に人の影がちらりと入った。

 動きを止めるが、そこに視線は向けずに気配を感じ取る。

 久しぶりに心臓が早鐘を打つのを感じ、懐かしい気持ちと高揚する興奮に、体中の血液が一斉に走り出した感覚になる。

 肋骨は大きく左右に開き、鼻からの呼吸で一端心を落ち着かせた。

 ここで仕留めて武器を手に入れれば、簡単に事は運びそうな気がした。

 あとはこの誰だかわからない奴の出方を待てばいい。が、何人いるのか?

今のところ一人のような気がするが・・・

 少しだけ海側に身体を預け、船から上半身を乗り出す格好になった根上に、ここぞとばかりにコンテナの影になったところから様子を伺っていた男が飛び出してきた。

 引っかかった。

 根上はにたりと口角を上げ、ちらりと白い小さな歯を見せた。


 男はナイフを握りしめ、根上の腹辺りを目がけて刺そうと力をこめ、体当たりをする格好になった。

 根上は背後に神経を集中させ、刺される前に横に滑るように移動し、男の膝裏に蹴りを入れた。

 男はバランスを崩し、デッキに膝をつく。持っていたナイフは根上により叩き落とされ、デッキに乾いた音を響かせて転がった。次に誰かに持たれることを期待して待っているように、ナイフは冷たく銀色に輝いた。

 それは王の目の色にも似ていた。

 根上はそのナイフを素早く拾い上げると、立ち上がり、自分に襲いかかってきそうになる男の太ももに深く突き刺した。

 悲鳴を上げそうになる男の口を手で覆い、刺さったナイフを引き抜き、男をそのまま海に投げ落とした。

「くっそ!靴だけ片一方奪っとくんだった!」

 今自分が落とした男の行方を目で追ったが、男はすでに海の中に落ちてしまった後だった。

 右足に力を入れ、足の感覚を確かめた。悔しそうにデッキを蹴る根上は、小型ボートに目を移したが、そこにいた男は海に落とされた男に気がつき、急いで貨物船に繋いであるロープを巻き取り、エンジンをかけたところだった。


「逃がさない!」

  根上は血のついたナイフを持ったまま走った。

 誰もいないことを願いながら、乗降口につながる階段まで急ぐ。ひらりと舞い、階段を飛ぶように降りるが、小型ボートはすぐそこ、手が届くか届かないかの距離で無情にも唸りを上げ、水しぶきをお土産に海上を全力疾走して行った。男の顔は確認できなかったが、小柄な男だったということだけは頭に焼き付けた。

 根上は癖で拳銃を構える格好になり、止まりなさい!と叫ぶが、そこに握られているのは闇のように黒く輝く無機質な物のかわりに、赤い血がべたりとついた銀色に輝く飛ばない刃物だった。

 舌打ちは根上の脳に叛服した。

 しばらくその格好で動かない根上の頭と顔には怒りがこみ上げ、

 小型ボートのおしりをいつまでも睨みつけていた。

 足下からは波の音だけが心地よく反比例して耳に入ってきた。


「根上さん!」

 名前を呼ばれて我に返り、振り返って船の上を見上げると、そこには王の姿。

 目の前で構えていたナイフを下ろし、急いで今降りてきた階段を駆け上がる。

「取り逃がした」

「でもこれで二人片づきました」

 悔しそうに言う根上に、王は自分も一人倒してきたことを簡単に伝えた。

「ここの連中は簡単すぎます」

「どうせ金で雇われたアジア系の外人でしょ」

「こんなに甘くていいんでしょうか」

「・・・簡単に始末できると思ってたのか、もしくはもっとちゃんとしたのがいるのかのどちらか」

「たぶん後者でしょうか」

 王は後者の方だと読んだ。

 たぶんそうだと思う。あの女が乗ってた。と根上も言い、王の後ろにくっついてきている3人を逃がしてやれなかった自分の不甲斐なさに、自分自身に苛立ちを覚えた。

 きっとこれが田ノ木なら、逃げて行ったボートに乗った男もひっつかまえていて、ここにいる人たちをボートに乗せてここから脱出させているだろうと思うと、

 自分の小ささにこれまた苛立ちを覚えた。


「小型ボートが根上さんに捉まらずに行ってくれて良かったと思いますよ」

 王は根上の気持ちを察して口を開いたが、根上にしてみれば喜ばしくないことを言った。

「なんで?」

 眉間に皺を寄せて今にも飛びかかりそうになる根上を手でいなしながら、だって、皆さんけっこう力になりますし、野本さんを取り返すなら、私と二人よりも大勢いた方がいいと思います。ほら、空には田ノ木さんたちだっているんですから。

 と、空を指差しフォローを入れる。

「こんなやつらに何ができるって言うわけ?むしろお荷物でしかないわよ」

 根上に鼻で指し示された桜坂と白戸は、根上の手に握られている血のついたナイフに目を奪われる。

 いつもだったらこの場合、それは、そのナイフはどうしたことかと問い詰めるところだが、状況が状況なだけに、さすがの二人もそこは口を噤んだ。

 私たちだってきっと力になれると思いますし、それにそんな見下した言い方しないでください!と抗議の声を上げた。


「見下した言い方なんかした覚えはない」

 根上は桜坂をまっすぐに見た・

「なんだ・・・ちゃんとらいちゃんたちのこと信頼して・・・」

「信頼?・・・何言ってんのよ。そそもそも私は自分自信ですら信頼してなんかいない」

「またそんな言い方を」

「あのね、見下した言い方をしているんじゃなくて・・・」

「根上さん」

 急いで割って入った王を無視し、

「見下してるの」と笑顔で言い放った。



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