■ コンテナで始まる事件
「今のって・・・」
口を手で覆いながら、爆音に耳を塞ぎつつもヘリから降りてくる人物をしっかりと捉えていた桜坂は、その人物を確認して目を見開く。
「そう。野本さんです。ってことは安西もここに来たってことになる」
安西?と桜坂と白戸の頭にハテナマークが浮き上がるも、それを説明して貰っている時間は無さそうだ。
王だけは何かを考えるように一点を見つめている。
それを横目に確認しながら根上は、「あのヘリには田ノ木さんがいる。でもあのヘリは・・・
眉間に深い皺を寄せながら前方遠くの方で旋回しようとしているヘリに焦点を合わす。
「幸元さん家のものです」
王は見覚えがあるのか、はたまた自分で操縦したことがあるのか、あのヘリがいるってことは助かったも同然ですと少しだけ笑顔になった。
「ってことは幸元さんもあれに?」根上がヘリを指さした。
「ええ、そうでしょうね」
「幸元さんが操縦してるわけ?」
「いいえ、操縦しているのはひばりさんじゃありませんよ」
「じゃ、誰?」
「・・・ミャンマーにいるはずの旦那さんでしょうね。たぶん田ノ木さんも一緒なのも間違いないでしょう」
まさか・・・と、全員がヘリに目をやり、どうなっているのかと頭を働かせようにも、こんな状況では働く頭も働かない。
甲板を走ってくる複数人の足音が聞こえ、全員がコンテナにべたりと張り付いた。
「ほら!ぐずぐずするんじゃないよ!さっさとあのコンテナの中にいるやつを引っ張ってきな!いちいち動きが遅いね!ほんと使えない」
何語か分からない言葉で怒鳴るその声は、全く聞き覚えのない女性の声だ。
「あいつだ」
根上は拳を握りしめ、車をぶつけられて完璧に意識がさよならする前に、自分の胸ポケたか警察手帳を引き抜いた女の顔を覚えていた。
それを思い出してか、自分のスーツの袖で巻かれた足に力を込めた。
「くっそ、あいつはどこから・・・」
この船に乗り込んできたってことは、今行けばあるいは間に合うかもしれないと咄嗟に思った。王もまた同じことを考えていたようだ。
「行ける?」根上は王に手で合図する。
やってみましょうと王も返し、女が走ってきた方向、ここからだと後ろ船尾の方向になるが、そこに目を向け、「急ごう」と言い、一路船尾に向けて身をかがめながら進み始めた。
間に合えばボートかなんかがまだ船にベタ着けされているはずだ。
そこに何人かいたとしても王と私なら倒せるはずだ。
そのボートを奪ってここから抜け出すことだってできる。
でも・・・私はみんなが脱出するのを見届けたら引き返して始末しなきゃ気分が収まらない相手がいる。
と、根上はあの女『ヨーコ』のことをぼっこぼこにする絵を頭に描き、奥歯をぎりぎりと鳴らした。
そして、ついでに(田ノ木さんが気に入っているだろう)野本も助けなきゃならないか・・・・と、心で溜息をつきながら、おまけとして考えた。
※※※
熱い空気が頬をかすめ、すぐ後に金属音が響き、黄色い火花が横のコンテナから上がった。
それは弾け飛ぶ金平糖のようでもあり、状況下によっては心安らぐ光でもあったが、残念ながらそんな状況ではない。
根上は自分の頬を触り、傷がないことを確認した。
あの野郎・・・と、奥歯を噛みしめ、怒りを落ち着け、コンテナに開いた穴を指でなぞる。
「拳銃持ってやがる」
悔しそうに振り返り、発砲した奴を確かめようにも、隠れていて出てこない。
根上と王以外は口元を手で抑え、恐怖に目を見開いている。
「ここは私に任せて、根上さんたちは先へ!」
王が身を屈めながら根上に近づき、先に行けと告げ、根上は素直に頷き移動しようとしたが、悟が半べそをかいた。
自分の父親が残ると言ったのだから無理はないだろう。
しかし、根上はそんな悟の頭に遠慮無しに拳を落とした。
「お前の今してる行動により判断が遅くなった。誰かが死んだらお前のせいだよ」
唇を噛みしめ声を抑える悟を白戸がまたやさしく抱き締めて、そんなこと言わなくても!と抗議の目を根上に向けた。
王は白戸に悟を託すと武器も持っていないにもか関わらず、発砲してきた場所に狙いを定め、コンテナの間を滑るように抜け、猫のような身軽な動きでコンテナ群を乗り越えて行った。
「さ、行くよ」
根上は残された人たちに先へ急ぐよう急かした。
コンテナの間をすり抜け、しばらく行ったところで銃声が2発聞こえた。
皆立ち止まり、耳に全神経を集めていたが、はたしてどうなっているのか想像はできない。
悟がまたも泣きそうな顔になり、嗚咽をこらえて必死についてくる。
そんな悟をかばうのはもはや白戸だけだ。
桜坂に至っては大事そうに胸の前でクーラーボックスを抱え、顔面蒼白で根上にべったりとくっついている。
コンテナに身体を貼りつけて進んでいる一行耳に足音が聞こえた。
根上は死角になるところに皆を残し、まずは自分で先に行って道を確保することにした。
「やだよ・・・一緒に行く」
もはや泣いている悟は、いくら根上が怖いと言えど、置いていかれるのを拒んだ。
「もうパパいないもん・・・」
根上はそんな悟の顔を両手で抑えつけ、同じ目線になるように痛む足を庇いながら身体を落とした。
「脳みそはね、経験して失敗したことや、これから先に起こる未知のことに対しては防御本能を示すようになってるの」
声を出さずに涙を流している悟は、何を言われているのか分からないが、一生懸命に聞いている。
「パパは・・・」
「どうなったのかその目で見た?」
「さっき鉄砲の音が聞こえたもん」
「聞こえただけだよ」
「だからもう」
「それでパパがどうにかなっちゃったって言えるわけ?お前のパパはそんなに弱い奴か?」
「・・・」
「そんなんだからピーピー泣くクソガキは嫌いなんだよ!」
毒を吐く根上はだんだん野本と被ってくるなと思うのは白戸も桜坂も同じ。
悟の顔をしっかりと包みこんでいる両手の力を一端緩め、パシンと軽快な音が鳴るくらい大きく叩いた。
「自分で見たものだけを現実だと思いなさい!」
「根上さん」
白戸が悟を庇おうとしたが、根上はその白戸の手を払い退けた。
「脳みそが持ってくる不安に勝ちなさい」
根上は悟の目を見て、少しだけ意地悪に笑った。
「お前は女の子か?」
「ちがっ」もはや大泣きしていて声にもならない。
「よし、お前はここでこのおばさんたちを守るという大事な使命を与える」
「おばさんって失礼な」この一言でやっと桜坂が正気を戻したようだ。
「いいか、私がボートを手に入れるまでの間、ここでこの若ぶったおばさんたちを守れ」
「僕が?」
「出来ないなら、いい。お前のパパはこんなの朝飯前だと思うけど」
「・・・できる」
「よし」
じゃ、私が確保するまでの間、ここで身を潜めていて。
誰かが来ないか気配を感じ取って。この船にはそんなに人はいないから、せいぜい来ても一人二人くらいだと思う。なるべく早く片付けてくるから、それまで我慢してて。
と言い残すと、根上は王に負けず劣らずするりとコンテナをすり抜けて行った。
私たちが一緒だから上手く動けなかったんだと残された白戸に桜坂に悟までもが皆そう思った。




