■ 野本降臨準備 RU READY?
***
「ちょっと・・・これ、万が一の時はちゃんと浮く設計になってるんでしょうね?」
野本は田ノ木に借りていたコートを脱ぎ、薄いカーディガンの上から救命具を身につけるのを田ノ木に手伝って貰いながら幸元に確認した。
大丈夫ですよ、たぶん。
と、何故か自分を見てびっくりしている幸元を疑問に思いながらも、なんともお粗末な答えに野本の眉間には三本線がくっきりと浮かぶ。
「もしもの時はちゃんと助けるから安心しとけ」
田ノ木は救命具を取り付け終わると急いで電話を操作をし、顔も向けずに野本に言った。
「・・・ま、警察なんてあてにならないけど、いいわ」
「なんだそりゃ」
「もしもの時はちゃんと助けてよね」
「あてにしてないんじゃないのか?」
「してないわよ!」
またも言い合い合戦が始まり、それを止めたのは幸元だ。
万が一の時は私がなんとかしますからと言っていたが、どっかのプライドの高いへっぽこ女医でもあるまいし、あんたに何ができんのよと冷たく毒を吐く。
今回ばかりは何も言い返せない幸元は、助け船を出して貰おうと田ノ木をちらりと見たが、
田ノ木はそれを横で感じながらも口元をゆるめて笑っただけで、口出しをする気は無さそうだった。
そうこうしているうちに目的の貨物船が目下に捉えられるようになった。
操縦士は貨物船の上空、高い所から旋回して前後を確認し、船に乗せられている人たちを探すようにぐるぐると回った。
ついでに船にいるはずのヨーコなる女も探そうと目に力を入れた。
徐々に下降していき、貨物船の進行方向に合わせて進み、そこにいるはずの根上をGPS検索しながら、その辺りをくまなく探すが、その位置が特定できないようにわざと船の周りを回っていた。
「船首にいます」
操縦士は田ノ木に言った。
「やっぱりか」
にたりと笑う田ノ木は、自分の教えを忠実に守った根上に心の中でよしよしと思うも、全員がいることを伝えられると渋い顔をした。
それは自分が言っておいたことと違った結果だったからだ。
田ノ木は今後訪れるであろう展開を頭に叩きだし、シナリオ作りに精を出す。
野本は、船上に降りるべく用意を始めた。
トキが捉まった以上、自分が船に乗るしか方法は無い。
ヨーコがそう指示を出すということは絶対にその指示は受けなければならないことになる。
野本はそれを知っていたが、それは誰にも言っていないことだった。
というよりは、言えないというべきか。
今後も彼女は自分や安西のことを詳しく言うことも無いだろうし、言う必要に迫られたとしても・・・
言えないだろう。
船に降りたらそのヨーコとかいう鼻持ちならない女をまずはぶっ飛ばす!
と、風に揺られる頼りない梯子をヘリから貨物船に向けてゆっくりと降りながら根本は心に誓った。
生まれて初めてヘリから降りるはめになり、一歩踏み外せば落ち行く場所は海の上だ。
そしてドボンと海水に引き込まれ、そんでもってスクリューに巻かれて・・・・・
ブルリと身体が震えて手元が狂う。滑る。ドキリとする。
「余計なことは考えないでまっすぐ下へ降りろよ。お前今滑ったろ?勘弁してくれよ。滑るのは論文だけにしとけ」
耳につけられた小型のイヤホンから田ノ木の心無い声が聞こえ、根本の指に力が入る。
もちろん眉間にも。そして奥歯にも。
「あんたと違ってこっちは繊細なの。こんなことやったこともないんだから!怖いに決まってんじゃない!それにね、私の論文は、一度も、滑ったことは・・・ございません!」
「口を動かす暇があったら手と足を動かしてくださいよ、先生」
「次会ったらみんなまとめてぶっとばす!」
「おーこわ。背筋が凍る」
野本はキッと目の前の梯子を睨みつけ、こみ上げる怒りをパワーに変え、手と足をゆっくりと慎重に一歩一歩下に降ろして行く。
幸元はまた始まったかと、首を左右に振りながら小さく溜息をついて、くすりと笑った。
ヘリのプロペラから送られてくる強風に煽られ、そして強烈な爆音に耐えながらなんとか船にたどり着く頃には、例の外国人たちが根本を捉えようと待ち構えていた。
船に足が着いたとたん、根本は外国人の男に左右の腕をつかまれ船内に無理矢理誘導された。いや、むしろ引きずりこまれたと言ったほうが近いか。
ヘリから降りるので力を使い果たした野本は反発する体力も残って無く、されるがままになっていた。
ロープかなんかでさらっと降ろしてくれりゃぁ良かったのにと船に足をつけた時に気付いた野本にはそんな怒りをぶつける体力すら残ってなかった。
「一回離れます」
言うよりも早くヘリを上空へ急上昇させた。
田ノ木が『何やってんだ!』と言うよりも前にヘリは左に傾き、操縦士はボタン操作を素早く行い、幸元は顔半分が隠れるくらい大きな透明の巨大なゴーグルのような、めがねのようなものを頭からセットした。
「・・・おい、まさか」
「そのまさかのようですね」
港に着くはずの船は外洋に向けて舵を切った。
「我々を撃ち落としにかかるみたいです」
貨物船にミサイルなんて聞いたことない!と幸元が叫び、田ノ木は船とヘリを交互に見てどうなっているのかを計算した。
「こんな日本でどんぱちが始まるかもしれませんよ・・・面白いことをしますねぇ。お手合わせと願いましょうか」
操縦士はにたりと笑うと声のトーンが変わった。
隣の幸元も器用に目の前のパネルを操作し、画面にライフルの絵を叩きだした。
「おい、やはりまさかこのヘリには・・・冗談じゃなかったのかよ」
「田ノ木さん、すみませんがこれは内密でお願いします。まぁ、我々がここで撃ち落とされたらそんなこと言ってられませんが」
「でも私たちは絶対に負けないと思いますよ」
自信があるのか、幸元は選び出した武器のボタンを押した。
電子音と機械音が耳に心地よく響き渡った。
いったいいくつの武器がこのヘリには積み込まれ、装備されているのか、そしてどうした幸元がそれを所持しているのか、厳密には幸元の旦那が所有しているものだが、その当人は今ミャンマーにいるんじゃ連絡の取りようも無い。
「お前達は一体なんなんだ。どういうことだ」
全員の身元は完璧に綺麗に洗ったつもりだ。
こんなことは、どこにもそんな情報は無かったはずだと田ノ木は頭を更にフル回転させた。
「完全に全員を洗ったぞ俺は。申し訳ないがお前のことだって全て洗ったはずだ」
警察は完璧だとでも自分に言い聞かせるように田ノ木はしっかりと口に出した。
「調べたって出て来ないことなんて山のようにあるんですよ、田ノ木さん」
意味ありげに言った幸元の言葉が田ノ木の耳に届くのと同時に、貨物船はスピードを上げて外洋へと進み始めた。
貨物船には不釣り合いな物、船体から伸び出ている大砲のようなライフルのような、どうポジティブに考えても気分のよろしくない武器はしっかりとヘリをロックオンしていた。
「さて、お手並み拝見といきましょうか」
操縦士は楽しむそぶりをも見せ、幸元は今までとは違う顔を見せ、姿勢を整えるように座り直した。
ヘリは一足お先に沖へ、更に沖へと進んで行き、自分のケツを船に追わせる格好になった。
もちろん貨物船は先行くヘリをターゲットに仕留めたまま、ゆったりと追うかたちとなる。
「・・・うまくやってくれよ・・・野本」
田ノ木の独り言は前の二人の耳には届かなかった。
外洋まで出る手前で急速にスピードを落とした貨物船の横に小型船が横付けされた。
ぴったりと着けられた小型船からは何か動く人影のようなものが見える。
ヘリは前方で待機しながら貨物船の様子をじっと捉えていた。
「誰か・・・乗船するようですね」
操縦士は田ノ木に言うが、田ノ木はじっと船の上の誰かを探すようで、小型船には興味が無いようにも見える。
「速度がかなり落ちました」
「どうせ安西でも乗せ込んでんだろうよ」
田ノ木はぶっきらぼうに言うと、また船上にいるはずの根上を捜し始めた。
「その安西さんって一体何?」
幸元は意味がわからずに田ノ木に再度聞いてはみるが、田ノ木はその質問には答えずに、根上だけを捜していた。
「貨物の間にでもいるんでしょうか」
操縦士は船を少しだけ斜めに、貨物の間が見渡せる位置に動かした。
「きっとそこにいるな」
田ノ木は身体を前にのめり込ませて窓に目を押しつけるように近づいた。




