■ 野本とトキとヨーコの出会い
部屋のドアがなんの前置きもなく、この場合はノックと言うことになるのだが、開けられた。
部屋の隅っこで固まっている二人は開け放たれたドアの前に立っている女と、自分をここに連れ込んだ男二人が立っていることに気付いた。
綺麗な栗色の髪は毛先だけ巻かれていて、胸元が深く開いた黒いオールインワンを着ていた。両手は腰に当てられ、何とも言えない程に・・・
生意気そうだ。
そしてまだ若いだろう。
20代後半くらいか少し下か、そのくらいにしか見えない。
女は野本と安西をにこにことした綺麗な笑顔で眺め、しばらく言葉を発しなかった。
後ろにいる男二人はしきりに左右をきょろきょろとし、全くもって落ち着きがない。
野本はこの女に見覚えがあった。
やはりさっき自分が考えた最悪のシナリオはその通りなんだと思うと、心の奥の方に一気に熱い火がつく思いがしたが、顔はポーカーフェイス、涼しい顔を保っていた。
女は野本の目をじっくりと捉えて笑顔を保つ。
しばらく女3人の無言の探り合いが続いたが、その空気を切ったのは、女だ。
「さ、行きましょうかお二人さん。最後に言い残すことは何かある?野本さん、安西さん、最後の言葉くらい、ちゃんと聞いとくわよ」
女は隣にいる男二人とアイコンタクトをすると、顔を野本と安西の方へ戻し、肩を小刻みに揺らして笑いをこらえながら、
「その言葉を届けるかどうかは私の気分次第だけどね」と言い、3人で思い切りあざ笑った。
野本と安西はそんな女を見ても何も言わず、二人ともこれからどうなっていくのかということと、どうやってこいつらから逃げればいいかということに頭を回していた。
「連れきて」
女は真面目な顔になると、自分の左右にいるアジア系外国人の男二人に命令し、男たちは従うしかないといった感じで部屋の中に踏み込んできた。
手にはナイフが握られていて、野本と安西は手を挙げて従うしかなかった。
「あんた誰よ」言葉を発したのは安西だ。
女は歩くのを止め、振り返る。
なんだか不思議なものね。
一日に何回も私が誰なのかを聞かれるのは。
と眉を八の字にして小首を傾けた。
野本はどういうことなのかを考えたが、たぶんそんなことを聞くのは根上か田ノ木か・・・そんなところだろうと踏んだ。
「ヨーコ」
ヨーコ・・・安西は頭の中でその名前を繰り返し、どこかで会ったことがあったかを考えた。
はっと息を飲んだそのとき、ヨーコは、野本さんも安西さんも私のことを知っているでしょ。
と、さっさと思い出しなさいよとでも言うようにバカにした笑みを向け、髪を弾ませるように振り返り甲板へ向かって歩き出した。
安西は野本に小声で、あいつってもしかして・・・と話しかけると、
野本は小さく首を縦に振った。
その目はヨーコの後ろ姿を睨みつけていた。
甲板に出ると、心地よい風と朝日が野本の顔を優しく撫でた。
潮の混じっている海風はあまり好きじゃない野本だが、船内の小部屋の息苦しさに比べたら有りがたい限りだった。
甲板にはコンテナが一つ、中に入れるように口を開けて待ち構えていた。
中には何も無い。
野本と安西は心臓がどきりと音を上げ、まさかこの中へ入れっていうんじゃないでしょうねと答えの出ていない問題の答えを早く聞きたいと焦った。
「中の人はどうしたの!」
ヨーコは金切り声を上げて、男二人に怒鳴った。
男は挙動不審になり、コンテナの中を外から恐る恐る覗き込んだり、周りを確認したり、無線を使って仲間に呼びかけたりしたが、反応する者はいなかった。
「残りはどうしたの!」
コンテナの入り口で怖々覗き込む男二人を押しのけ、自ら中に入ると中を調べ、誰もいないし細工もないことを確認し、コンテナから出てきた。
「この役立たずが!」
罵った言葉に加え、思い切り平手打ちをくらわす。
その言葉は日本語ではなく、男二人はあからさまに嫌な顔をし、平手打ちを食らったまま、反発は出来なかった。
「こいつらをさっさと中に閉じ込めて、中にいた人を探しな!言われる前に考えてよ!」
怒鳴りつけ、半ばヒステリーになるヨーコは綺麗にセットしてある頭に指を滑り込ませ、髪を掻きむしり、顔には嫌悪感たっぷりというような表情を浮かべていた。
独り言をぶつぶつ言いながらその辺を歩いていると、ヨーコの持っている携帯が音を立てて鳴り始めた。
彼女は気持ちを落ち着かせ、画面をスライドさせると電話に出た。
野本は田ノ木に頼まれていことを思い出した。
ここでこの中に入れられてしまっては元も子もなくなる。
辺りをざっと見回し、そこに根上がいるのかいないのかを確かめた。
前方上空には見慣れた、さっきまで自分が乗っていたヘリが待機しているのが見える。 根上はどこにいるのか・・・。
コンテナの間や左右を男に見つからないように慎重に目だけを動かして探す。
しかし、そこには何もいないし見つからない。
そして物音の一つもしない。
この船にはもう誰もいないんじゃないのか。
もしかしたらみんな既に脱出してしまったんじゃないのかという不安な気持ちが重い首をもたげてきた。




