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【第四章】 淑女には、深い雰囲気がある


「それで、病院はどこだか分かったわけ?」

 タヌキとメガミに呼びつけられ、いろいろとうっとうしい話をさんざんさせられた桜坂と野本は、帰りがけに二人で話ながら帰っているわけだ。

 そして野本はまたも核心だけをダイレクトに伝えた。

「わかりますそのくらい。でもひとついいですか?」

「・・・はぁ・・・、白戸さんといいあんたといい、なんなのよ?どうぞ、一つと言わずたくさん、はいどうぞ」

 野本は、こんなお気楽主婦の対応なんて朝飯前と言わんばかりに、両手を大きく広げた。

「病院はわたくしの夫の勤める病院です。ですが、どうしてそこまでこの事件にこだわるのか、教えて頂けませんか?」

「へぇ・・・あんたの旦那が勤めてる病院なんだ・・・・ふーん」

「野本さん、私はあの二人とは違います。彼女たちはおもしろ半分でしたけど、私・・・わたくしはそうはいきません」

「どうでもいいんだけどさ、私でも、わたくしでもどっちでもいいから、決めてくれる、自分の呼び方っていうの?いちいち言い直されるとそれだけで寿命縮めてるの分からない?私たち人間って、けっこうたくさん時間あるように見えてそうでもないのよ。たかだか80年くらいしか生きられないんだからさぁね、あたし、あんまり時間無駄にしたくないの、分かる?今のでもうけっこうな時間のロス。手っ取り早くお願い」

 野本は哲学の部分にかけても長けていた。

 そりゃそうか、数学を極めるということは、すなわち、哲学を極めるということに他ならないのだから、そのまま、マスター・オブ・フィロソフィーが与えられるわけだ。

 この手の話をさせたら長くなりそうになるので、桜坂は自分もその世界に多少はいた事はぐっと伏せることにした。


「野本さんは、あの女性かあの男性に何らかの面識がおありになるんですよね?」

「それ、なんでさっき刑事の前で言わなかったわけ?」

「それは・・・・」

 淑女4人はタヌキとメガミには何一つ情報を流さなかった。

 もちろん犯人の顔を見せられたが、野本を筆頭に、誰一人としてその男を知っているとは言わなかった。

 そもそもが全員見覚えのある顔で、あの男で間違いがないとは思ったが、野本の言葉を思い出し、また、彼女に誘導されて、ここにはその男はいないと、嘘の供述をしてしまった。

「ねぇ、桜坂さん、交換条件といきましょうよ。あなたの思うとおり、私はあることを知っているわ、でもそれを警察に言うわけにはいかないの。同じようにあなたも、あのタヌキとメガミに言えない何かを持っている・・・・違う?」

 桜坂は野本の目をまっすぐ見ることが出来なかった。

「おっけ、それが答えってわけね」

 野本は桜坂の前に自らの手を出した。握手だ。

「いいわよもちろんそれで。私はあなたには全部言う気はあるわ。あの二人とは違うからね、でもいいわ、あなたが言いたくなった時、それででいい。そのときは、真っ先にあたしに教えてほしい。いい?」

 まっすぐに捉えられた瞳を外すことはできなかった。

 桜坂は野本の目を見つめ、言うべきか、言わぬべきか、その選択を迫られていた。




「お前は遠慮というものを知らないのか?」

「ええ、そうですね。田ノ木さんと違って私は安月給ですから、食べていいと言われたら遠慮なく食べます」

 焼肉屋に連れて来たのが間違いだったと、目の前で遠慮無しに肉を胃袋に押し流していく、うら若い女刑事の根上を憎々しそうに睨む田ノ木は、網の上で焼かれる丸腸をトングでころころと転がした。

「もう出来てますね、それ」

 言うやいなや、田ノ木が大事そうにころころしていた丸腸を、鳶が獲物をかっさらうように、素早い箸さばきで奪い取った。

「おい!それは俺の肉だ」

 既に根上の口の中で噛み砕かれている自分の肉を恨めしそうに見て、でもしかし、可笑しそうに笑った田ノ木の口元には、渋い笑いじわがくっきりと入った。

「あのおばさんたちから目を放すなよ。あいつらは何かを知ってるからな」

「・・・そうでしょうか。私にはただの呑気で脳天気な主婦にしか見えませんけど」

「俺の目に狂いはない」

「こんな小さい事件、どうでもいいじゃないですか」

「根上、よく事件に大きいも小さいも無いというだろう、あれはクソだ」

「はぁ」

「確かにそれは確実にある。しかしだな、そのお前が言う小さい事件から、蜘蛛の糸のように細ーい線で繋がっている先に、大きい事件と絡んでいるっていう場合も、ある」

「あ、そうですか・・・それ、食べないならもらっていいですか?」

 網の上で食べられ待ちをしている肉を箸で指した。


 はぁ・・・

 田ノ木は溜息をつき、「食えよ」と残りの肉全て根上のを皿に取ってやった。

「田ノ木さん、私はあの野本っておばさんが一番怪しい感じがしてならないんですけど」

 話がやっと肉から離れたことに田ノ木は気持ちを上向きに持ち上げ、根上の話に耳を傾けた。

 あの数学者は頭で人間を動かそうとします。全て計算して、その式に乗っ取って人が動くと思っています。いや、もしかしたらあの人の言う通りなのかもしれません。

 しかし、あのおばさんはもしかしたら、安西トキが誰にやられたのか、知っているような気がしてならないんですよ。

「あのおばさんたちに安西トキのことは?」

「話していません。名前も病院も伏せてあります」

「絶対に言うな」

「分かってます」


 で、事件後に野本だけが冷静でした。他の3人は興奮状態にありましたが、あの人だけは何かを考えているようにも見えました。

 だってそうじゃないですか?

 目の前で人が血まみれで転がってるんですよ、慌てふためかない方がおかしいんです。

 4人に事の成り行きを聞いていた時だって、あの人は3人だけじゃなく、私たちのことをも観察していました。

「お前もなかなか見てるじゃないか。確かに野本は要注意人物だ。うかつに近づくと怪我をさせられる。あいつは真綿で首を絞めてきて、最後にはキュッと握り潰す奴だ」

 首を絞めるジェスチャーをする田ノ木を、口をくちゃくちゃしながら変な目で見る根上。

「野本は何かを隠していると思います」

「じゃ、そのシッポはお前が掴めや」

 試すような笑みを根上に向けて、田ノ木はウーロン茶をゴクリと飲んだ。



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