■王 龍友(ワン リュウユウ)
パパ遊んで!と、まとわりつく子供が一人、広々としたリビングの中でドンドンと足を踏みならしている。
静かにしなさいと父親に顔を両手で覆われながらも、父親のポケットからお菓子のキャンディーを無理矢理取り出すと、リビングの隅の方へ走って行った。
「本当に助かりました。ありがとう」
日当たりの良い窓際に置かれている椅子に座って、無表情で子供を眺める幸元に頭を下げた男が一人。
「・・・お礼なんていいのよ別に」
子供に向けていた視線を自分の目の前で直立する男に戻して、口元だけで笑い、隣の椅子に座るように男を促した。
「やっぱり龍ちゃんだったんだぁ。あなた目立つものね」
目の前にいる男は長めの茶髪にところどころ金色もメッシュが入っている。グレーのコンタクトレンズをつけ、身なりはそのままホストだにしか見えない。そして、左手薬指には入れ墨が入っている。
物腰は柔らかく、車から人を蹴り落とすようなことをしそうには到底思えない。
「ひばりさんのおかげで警察から出ることが出来ました。なんと言ってお礼を言ったらいいか・・・」
「お礼なら私のハニーちゃんに言って」
4人で食事をしていた後、メガミが会計に行った隙にトイレに駆け込み、ミャンマーにいる旦那に連絡をして一部始終をざっと話した。
旦那は、こっちに全てまかせておけと言い、素晴らしく手際よく、いい弁護士をつけてこの男を助け出した。
そうこうして、後をつけてくる警察を撒いて、幸元の所有するマンションの一つに身を隠しているわけだが、幸元自身もまた警察にマークされている身なので、携帯電話やパソコン、身元の特定される機器はここでは使わないように旦那に強く釘を刺されていた。
「で、龍ちゃん、なんであんたが歌舞伎町なんかにいて、しかも女の子一人を車から蹴り落としたわけ?」
険しい顔をして追求してくる幸元の視線をゆっくりと反らし、深呼吸をひとつついた。
王 龍友 国籍は中国だ。
しかし、生まれも育ちも日本なので、王の話す日本語に中国訛りはない。
前妻との間に子供が一人、訳あって子供は2歳になる頃に王が引き取り、それ以来ずっと一人で育ててきた。夜の仕事をしながら生計を立てていると、幸元は旦那から聞いたことがあったが、王の家から歌舞伎町はけっこうな距離があったはずだ。
「それは・・・言うわけには・・・」
「助けたのに、言えないってわけ?」
「すいません、ひばりさんに助けて貰っておいてあれなんですが、どうしてもそれだけは・・・」
「あの3人が関わってるとか?って、あったりする?」
「・・・・・」
ひばりの突っ込みに王は下を向き、黙秘を続けた。
「・・・助けなきゃよかった。警察に連絡しようかしら」
「それは・・・お願いしますよ」
煮え切らない態度の王に、幸元は追い打ちをかけた。
「龍ちゃんは人を殺したりできるような人じゃない。それは分かるし、だからこそ私のハニーちゃんだって助け出したんだと思う。・・・音を仇で返すってこういうことね?」
「ひばりさん、お願いしますよ。その時が来たらちゃんと話しますから。今はまだまずいんです」
幸元の目を真っ正面からまっすぐに捉えるそのグレーの視線は、コンタクトレンズと分かっていても、神秘的で魅力的で、惹かれてしまう。
端正な顔立ちは中国人にしておくにはもったいないほどに整っていた。
その神秘的な目に捕まるわけには行かなかった。
4人がみんな、それぞれに何かを隠している。
王があの場所に血まみれの女を蹴り落としたのは、たんなる偶然か?それとも仕組まれていたことなのか、幸元一人の頭では答えは出せなかった。
やはりここは、野本の力が必要なのかもしれないと思った矢先、王の携帯電話が音を上げた。
「ちょっと、逆探知されるから電源は切れって言ったじゃない」
慌てて王から携帯を奪い画面を確認した幸元は固まった。
「・・・どういうことこれ?」
画面を見たまま王に聞くが、自分が見る前にひったくられた為、誰なのか分からない。
幸元の手元を覗き込んだ王は「あっ」と小さく声を出した。
間近で見る幸元の顔は、王に負けないくらい美しい。
世界的にも有名で、ごく一部の選ばれた人間にしかできないと言われる下着モデルをしていただけあってか、その美貌は誰もが認めるものだ。
そんな目力を持つ幸元に睨まれた王は、その目に引き込まれそうになって動くことができない。
リビングでは子供がまた騒ぎ始め、足をばたばたさせて泣き始めた。
幸元の手の中では、携帯電話は留守電になることなく、けたたましく鳴り続けている。
その画面にたたき出されている名前は、
『白戸 雷鳥』だった。




