再会2
「ふぅ……。久しぶり、助けてくれてありがとう」
パーティー会場を抜けた俺たちは着替えるために近くの空室に入った。二人きりになってミレイユはようやく張りつめた緊張の糸が緩んだように見える。
そのせいか、彼女の表情に浮かんだ笑みは学園時代のような自然なものとなり、俺もほっとした
「いや、俺の方こそ大事なドレスを汚してしまってすまない]
「やっぱりあなたの仕業だったのね。そう言えば直前にアンナちゃんの声が聞こえたような気がしたわ」
「ああ、そういうことだ。ドレスを新調する時は俺の名前でつけておいてくれ」
「そういうところは相変わらずね。そちらも大変だろうに」
そんなことを話しつつ俺たちは室内のソファに腰を下ろす。
本来ならすぐに着替えて戻るべきだろうが、俺たちはどちらもそうするつもりはなかった。ミレイユはこちらを見ると懐かしむような表情をしながら言う。
「にしても卒業後もあなたの噂を調べても女関係の話ばかり。相変わらず昼行燈を気取っているのね」
「いや、それは……」
どれだけ噂になってるんだよ。まあアンナやノーラのことを思い出すと噂になっても仕方ないのか?
それより、どうも彼女はカミルのことを「無能を演じている才能ある若者」のように思っているらしい。カミルの記憶を思い出す限りでは買い被りのような気もするが……。
「まあ、俺なんてちょっと成績がいいだけの不真面目な次男だ。せいぜい兄上の留守番ぐらいしか出来ない」
「ふ~ん? まあそこまで言うならそういうことにしておいてあげる」
ミレイユにとっては俺のこういう反応も慣れたものなのだろう、懐かしそうに笑う。これはなかなか脈ありでは? 貞操逆転のせいか元のカミルは在学中に明確にプロポーズをしなかったようだが、もしも俺がここから頑張っていいところを見せればまだチャンスがあるのではないだろうか。
「でも俺と違ってミレイユの方は大変なんだってな」
「ええ」
その話を振ると、彼女の表情は懐かしさから一転、暗いものになる。
「ええ、お兄様は戦死してお父様は病中。しかも遠征費用がかさんで財政は火の車よ。もっともこれはどこの家も同じでしょうけど」
「そうだな」
俺は元々評判が良くないので今日のように色々な出費を切りつめてもどうにかなるが、元々優等生として名高いミレイユの方はそうもいかないだろう。日頃からブリュメール伯令嬢にして当主代行にふさわしい装いをする必要があるし、屋敷に客があれば相応のもてなしを期待され、今日だって高級そうなドレスでしっかり着飾って来ている。
俺としても出来れば助けてあげたい気持ちはあるが、我が家にそんな余裕はない。
「原因は兵役と重税だって分かり切ってるからな。どうしようもない」
が、俺がそう言うとミレイユは首を縦に振らずに真剣な眼差しでこちらを見つめる。
「本当にどうしようもないのかしら」
それはどういう、と聞き返そうとした時だった。
「あ~、二人ともここにいたんだ! はぁ、この屋敷の人にすっごく怒られて大変だったよ! おかげで料理も途中までしか食べられなかったし」
愚痴とは裏腹に明るいアンナの声が響く。
話が暗くなっていたところで彼女が来てくれたのは助かったと言えるかもしれない。
「ごめんね、私のためにありがとう」
「あ、ミレイユさん久しぶり!」
そう言ってアンナは彼女に駆け寄るとぎゅっと抱き着いた。
ミレイユもそんなアンナを懐かしそうに抱き留める。
元々俺を介して知り合った二人だったが、学園生活が終わりに差し掛かるころにはすっかり仲良くなっていた。
「アンナもミレイユさんがあいつと結婚なんて嫌だから気にしないで。あ、でもカミルは後で何かすごい物奢ってもらうから」
「わ、分かった」
ああ、ただでさえ少ない小遣い(貴族なのに貧乏過ぎて俺が自分の自由に使えるお金はそう呼べるぐらいしかない)が……。
とはいえ今回はアンナに助けられてしまったので仕方ない。何か考えておこう。
「アンナちゃんはどう? 元気にしてる?」
「まあ元気だけが取り柄だからね。でも最近はカミルが食事の量をケチって少しひもじいんだよね」
「あはは……まあどこも大変だからそれぐらいは許してあげて」
「はぁ、伯爵家の次男に直接雇われて卒業した時はもっといい暮らしが出来ると思ったんだけどな~」
「うちも伯爵家だけど多分大して変わらないわ。今は家柄よりもどれぐらい兵と金を出させられてるかの方が重要だから」
「そんな~」
その後も俺たちは三人で積もる話をするのだが、この一年であったことと言えば暗い話ばかりで、どうしても湿っぽい雰囲気になってしまう。
「しかもさ、カミルったらアンナに訓練と称して野盗の退治ばかり押し付けるんだよ? 酷くない?」
「ご、ごめん」
カミル、お前学園で仲良くなった美少女にそんなことをさせていたのか。
「まあ確かに、アンナちゃんがいれば兵士を雇うお金が何十人か減らせそうだし、合理的ね」
「もう、ミレイユさんまでそんな風に言って!」
アンナは憤然とするが、実際ミレイユの言う通りなので仕方ない。
済まないアンナ、いつか財政が好転したらご飯だけでもいいものを食べさせてやるから……。
するとミレイユがいたずらっぽく笑う。
「そんなにカミル君のところが不満ならうちに来る?」
「行く!……って言いたいところだけどこの流れだとミレイユさんのところでも同じことさせられそう」
「あはは……」
苦笑するミレイユ。
いつの間にか俺を差し置いて二人で盛り上がっている。
「そう言えば最近のカミル君はどう?」
「隣に本人がいるんだから俺に聞いてくれよ」
「う~ん、正直釣った魚に餌をあげないところはあるよね」
お前も俺を無視して答えるな!
カミルの認識としてはアンナの武術の腕を買って武将にするために連れ帰ったようだが、アンナの認識は違ったらしい。
「へぇ、意外と身持ちが固いんだ?」
「そう言うと聞こえはいいけど、何か違うんだよね~」
やはり女子二人が再会するとどうしてもそっちで盛り上がってしまうのはこの世界も変わらないようだった。
「それにアンナはもっとこう、ぱーっと格好良く活躍するところみたいなのが見たかったんだけどな~」
「大丈夫よ、彼ならきっといつかやってくれる」
「本当かなぁ」
何というか、この話を聞いてるとカミルが売れないバンドマンで、アンナはそれに引っかかったダメ女に見えてきてしまうのだが……。
とはいえ何かしら期待されているだけマシなのだろうか?
その後も近況やら思い出話やらに花を咲かせた後、頃合いを見計らって服を着替えた俺たちはパーティーに戻り、散会の挨拶だけを聞いてそそくさと帰路につく。最近は世知辛いことも多かったが、久しぶりに旧友とたくさん話せて楽しかった。
とはいえこの直後に俺の、そして帝国全体の運命を揺るがす大きな岐路が迫っていることをこの時の俺はまだ知らなかった。
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