学園回想 ミレイユ編Ⅱ-1
ミレイユとの出会いから数日、あれから俺は授業の空きや放課後に何度か彼女に戦史を教えていた。
その間に『帝国戦史』の授業での小テストもあり、今日はマーリンが一人一人に小テストを返却していく。俺が前に進み出ると、彼女は笑顔で〇が並ぶ答案を差し出した。
「相変わらずカミル君はよく勉強していますね。素晴らしいです」
「ありがとうございます」
先生は真面目な性格らしく、俺の成績がいいのは俺が真面目に勉強しているからだと思っているようだ。でもそれは授業のおかげというよりは趣味で読んでいる戦記物のおかげだし、それは先生が意図的に教材から外してる他国の史書を元に書かれてるものも多いんだけどな。
お礼を言いながら内心少し申し訳なくなる。
席に戻ってしばらくすると、ミレイユの名前が呼ばれた。先日話した時は手ごたえがあると言っていたが、どうなったのだろうか。普段はクラスメイトの成績なんて気にならない俺だが、思わず注目してしまう。
彼女が進み出ると、先生はにこりと笑って言った。
「よく頑張りましたね。前まで苦手にしていたのに今回は素晴らしい成績です」
「ありがとうございます!」
答案を受け取った瞬間ミレイユは表情を輝かせる。
「この調子でこれからも頑張ってください」
「はい!」
そう言われてミレイユは踵を返すが、そこで俺は彼女と目が合った。
さすがに授業中に彼女をじっと見てたのがバレるのは少し気まずいな、と思っているとミレイユは小さく手でVサインを作って俺に見せる。
それを見てミレイユにもあんな無邪気なところがあるんだな、と思い俺も嬉しくなるのだった。
「おい、お前最近ミレイユ嬢と仲がいいらしいな」
が、授業が終わるとそんな俺のいい気分をぶち壊すように話しかけてくる男がいた。この他人を見下すような目つきと、性格の悪そうな笑みを浮かべた口元、そして侍らせている取り巻き数人。男に興味はないが、ボーゲン公爵というこの辺り、つまり帝都周辺の大貴族の息子であることを自慢していたことだけは覚えている。
「それがどうした?」
「平民や下級貴族の娘に節操なく手を出されてるビッチ野郎の癖にミレイユ嬢にまでちょっかいをかけやがって」
平民というのはアンナのことだろうか?
他にも仲良くしている女子は何人もいるが、残念ながら今のところは「そういう関係」には至っていない。
何にせよこいつは大貴族の生まれの癖に、自分に振り向いてくれなかった(これは想像だが)ミレイユが俺と仲良くしているのが気に食わないのだろう。
取り巻きと一緒に俺を囲んで見下している風でいて、その目には嫉妬が滲んでいる。
「とにかく、今後お前はミレイユ嬢に近づかないと誓え」
「嫌だね。俺が誰と仲良くしようがお前には関係がない」
そう答えた瞬間彼の眉がぴくりと動く。
「何だと? お前は田舎貴族出身の分際で帝都の公爵令息である俺に逆らうのか?」
「ああ。この学園は皇族だろうが平民だろうが入学すれば平等だからな」
もちろんそんなことは建前に過ぎないし、アストレアの皇族が在籍していたのは数十年以上前になる。
俺の言葉に彼は顔をひきつらせたが、次の瞬間歪んだ笑みを口元に浮かべて言った。
「いいだろう、そこまで言うならちょっと面貸せよ」
そう言うと、彼の取り巻き数人が俺の手を引っ張って無理矢理立たせる。
それを見た周囲の生徒たちは面倒事に関わりたくないとばかりに俺たちから離れていく。俺のような女好きだのなんだの言われてるやつをかばってボーゲン公の息子と揉めたくはないということだろう。泣き叫んで助けを請えば誰かが先生を呼んできてくれるかもしれないが、そこまでする気にもなれなかった。
そしてボーゲン公の息子とそのご一行は俺を連れ、校舎裏の人気のないところへとやってきた。休み時間の学園はどこも騒がしいが、この辺りまで来てしまうとその喧噪も随分遠くに感じられる。つまり、ここで何をしてもすぐに誰かが来ることはないということだ。
「どうするつもりだ? 一応言っておくとこの学園で私闘は禁止されているが」
「はぁ? これは私闘じゃない。ミレイユ嬢の目を覚まさせるだけだ。それに俺はあのボーゲン公爵家の跡継ぎだ。仮にお前が告発したとして学園はどちらの言うことを信じるだろうな」
そう言って彼はにやにやと笑う。
物語の中でも学園が出てくると必ずこういうやつが出てくるが、それは古今東西変わらないらしい。あと、こういう時校舎裏に呼び出されるのも大体変わらない。
「そういう訳だ。痛い目に遭う前にこれ以上ミレイユ嬢に近づかないと誓ってもらおうか」
「おいおい、お前は何を勘違いしているのか知らないが、最初に声をかけてきたのはミレイユの方だぞ?」
それを聞いた瞬間、彼の顔が真っ赤になった。
「てめぇ、自慢のつまりか?」
「いや、事実を述べただけだ。何せ男の方から女子に声をかけるなんてハードルが高いからな」
「うるせぇ、ビッチ野郎の癖にいきなりまともぶりやがって! いいだろう、それなら俺がミレイユ嬢の目を覚まさせてやる!」
そんな俺の言葉にこいつだけでなく取り巻きたちも怒りを露わにした。いや、俺をぼこぼこにしたらミレイユは余計にお前たちに失望するだけだと思うのだが。
とはいえ、まあそろそろ大丈夫か。俺は遠くからこちらに近づいてくる気配を感じるが、こいつらは怒りで我を忘れているのか全く気付いていないようだ。
「もやし野郎の癖に……そんなに言うなら望み通り、誓うとか関係なく、二度と手出しする気も起きないぐらいにボコボコにしてやるよ!」
言われてみればこいつはそこそこ体格が大きいし、武術の授業をとっていたような気がする上に、数人の仲間も一斉に俺に襲い掛かってくる。
一方の俺はミレイユのように座学ばかりで授業を埋めており、確かに「もやし野郎」である。わざわざ取り巻きを連れてこずとも一対一でも勝ち目はなかっただろう。
が、その時だった。
「えいっ」
「うわっ!?」
人気のなかった校舎裏に目にも留まらぬ速さで何者かが現れたかと思うと、次の瞬間ボーゲン公の息子はその場に倒れていた。
「え、あれ?」
突然のことに目を白黒させる彼と取り巻き。
「やぁっ」「うわっ!?」
が、現れた人影は俺の周りに立つ人影を次々と投げたり足をかけたりしてその場に転ばせていく。気が付くと俺を囲んでいたはずの男たちは皆草むらに寝かされ、代わりにそこにはピンク髪の少女が立っていた。
ボーゲン公息子と取り巻きたちはあまりに一瞬の敗北に、無傷だというのに戦意を喪失しまっているようだった。
「ありがとうアンナ。それにしても傷一つつけずに五人を倒すなんてすごいな」
いくら向こうが仕掛けてきたとはいえ、こいつがボーゲン公爵の子であることは事実。下手に傷つけて訴えられればアンナの身は危うくなる。
「ううん、この程度の相手を無傷で倒すぐらい大したことないよ」
倒れてる本人たちの前でそんなこと言ってやるなよ。
が、アンナにとってそんなことはどうでもいいようで、今度は彼女が俺の手を引いて校舎へと歩いていく。
「それよりもう昼休みだよ? 今日は奢ってくれるって言ったよね?」
「ああ、そうだったな」
「それなのにこんなところにいるなんて……もしかしてカミルはアンナよりもあいつらの方が大事なの?」
「そんな訳ないだろ!!」
平民の身で特別入学した彼女は学費は免除されているものの、どうやら食堂の代金は別らしい。貴族や王族が通う学園だけあって学食もやたら高級なのに加え、アンナはやたら大食いなので、俺は何かにつけて彼女に奢っていた。そして食べ物に対するアンナの執着は凄まじく、どんな理由があれその約束が反故になることは許さない。
だから俺が行方不明になってもそのうちアンナが探してくるだろうと思って適当なことを話しながら時間を稼いでいたという訳である。
「よし、気を取り直してお昼にしよう」
「うん、ご飯ご飯! 今日は何と何と何を食べようかな~」
「いや、食べる数おかしいだろ」
「だって今日はせっかく奢りなんだもん。たっぷり食いだめしておかないとね」
うちも別にそこまで裕福じゃないんだが……。
こうして俺たちは連れ立って食堂に向かうのだった。




