再会1
ようやく長話から解放され、集まっていた貴族たちは自然といくつかのグループに分かれた。
まずはドムラー公を囲むように集まりおべっかを垂れる者たち。彼と個人的に親しい者に加え、皇帝のお気に入りであるドムラー公と仲良くしておこぼれにあずかろうという打算を働かせている者もいることだろう。いや、多分ほとんどが後者だ。集う者皆が作り笑いを浮かべ、阿諛追従に満ちた美辞麗句をかわしている様は見ていて気持ち悪いが、現状この中で最も勝ち組と言える。
次にこれを機に社交の輪を広げておこうと他の貴族たちに挨拶して回る者。ドムラー公の権勢を誇示するためのパーティーにいやいや集められたとはいえ、その機会を最大限生かして人間関係を広げようとするのは貴族らしい行動だろう。
そしてそんな会場を遠巻きにして冷ややかに見つめる者たち。俺のように周囲に後ろ指を刺されて輪に入れなかった者や、自分の社交よりも他者の人間関係の観察に重点を置く者、中にはドムラー公と取り巻きに憎しみの籠った視線を向ける者もいた。
こうして観察していると、改めてドムラー公の権勢の大きさと好かれていなさがよく分かる。
最後が、それらを全て無視してひたすらテーブルに並ぶ帝国各地の珍味を胃袋に入れていく者、というか少女一名。彼女も白い目で見られてはいたが、「まああのダメ息子のお供だしな」でスルーされていた。
そんな中、最初は取り巻きにちやほやされて楽しそうにしていたドムラー公はやがてその輪を外れて会場を歩いていき、一人の女性に声をかける。
「やぁ、君が噂に聞くブリュメール伯爵家のミレイユ嬢か。是非お会いしたいと思っていたので来てくれて嬉しい」
そこに立っていたのは髪をあげ、白と水色のドレスで着飾ったミレイユだった。
学園卒業から一年ほど経ち、制服ではなくドレスを着ているということもあり、美しさを増していた。服装もあって、あのころに比べて色気のようなものが増している気がする。この場でも彼女は優等生らしく、律儀に他の貴族たちに挨拶して回っていた。
少し前に夢で見たせいか、俺は彼女が本当に自分の旧友だったような気がしてくる。そしてこんな美少女を直接見れただけでもこんなパーティーに来た甲斐があったというものだ。
しかし噂によると彼女の家では当主であるブリュメール伯が病に倒れ、跡継ぎだった長男は東異遠征で戦死という大変な状況になっていて、実質彼女が政務を執っているという。そのせいか、美しい表情にはかすかに疲れが滲んでいた。
それはともかく、主催者に声をかけられた彼女は愛想笑いを浮かべながら軽く頭を下げる。
「こちらこそ、ご招待いただきありがとうございます」
「こうして会ってみるとお噂通り、いやお噂以上に美しい。帝都の学園では常に優秀な成績を修めた才媛で、今は父君に代わって家を切り盛りしているとか」
「い、いえ、私は微力を尽くしているにすぎません」
突然の褒め殺しに、警戒を滲ませつつも恐縮するミレイユ。
が、ドムラー公はグラスを固めつつもなお上機嫌に続ける。
「いやいや、その年で立派なことだ。うちのオリバーなどいまだに遊び惚けてばかりだからな。いや、しかしこのご時世、家を維持するのも何かと大変だろう」
「ええ、まあ……」
この会話がどう続いていくのか、ミレイユは警戒しつつ曖昧に答える。
あのドムラー公が、特におべっかを垂れてくる訳でもないミレイユにここまで親し気に接してくるということは裏があるに違いないとは俺も思ってしまう。もはやパーティー全体の観察など忘れて俺も二人のやりとりを見守る。
するとドムラー公は例によって気味の悪い笑みを浮かべながら言った。
「そうだろうそうだろう、そう言えばミレイユ嬢は婚約相手はお決まりかな?」
「それは……」
突然のぶしつけな質問に答えに詰まるミレイユ。
ちっ、やっぱりそういう話だったか。貞操が逆転していようと、身分が高い方がこういうことを言い出すのは変わらないらしい。
が、ドムラー公は返答を待つことなく言葉を続けた。
「ブリュメール伯も今は色々と大変なご様子。こういう時は強い後ろ盾が必要だろう。であれば……」
「お、ミレイユ、久しぶりだな」
これ以上こんな話を聞いてられるか。
明らかにドムラー公が彼女に縁談を持ちかけている中、俺は空気を読めない振りをしてミレイユに声をかけた。
「か、カミル君!?」
突然の俺の乱入に、ミレイユは驚いたようなほっとしたような顔で俺を見る。
良かった、もしここでちょっとでも迷惑そうな目で見られたら心が折れるところだった。
「いや~こんなところで会うとは奇遇だな。あ、ドムラー公、本日はお招きありがとうございます。おかげで彼女と再会することが出来ました、実は私は彼女とは帝立学園の同期なんです」
そう言って俺は空気を読めない振りをしてぺこぺこと彼に頭を下げる。
が、俺のような貧乏貴族がそんなことをして彼が機嫌を損ねない訳がなく、
「おぬし、わしは今ミレイユ嬢と大事な話をしているのだ。挨拶は後にしてもらおう」
そう言ってぎろりと俺を睨みつける。
それを見てミレイユが俺に耳打ちした。
「いけないわ、今ここで彼に目をつけられたらわざわざこのパーティーに来た意味がなくなってしまう」
言葉にはしないが暗に「後で酷い目に遭わされる」と言っているのだろう。いくら俺が空気の読めない振りをしていても、明確に「後にしろ」と言われたのを無視すれば報復を受けても仕方がない。
とはいえこんなやつにミレイユを口説かれるのは気分が悪い。
そう思った俺はちらりとアンナを見る。左手に皿を、右手にフォークを持ちながら料理を頬張り、見るからにパーティーをエンジョイしている様子ではあるものの、一応護衛の意識はあるのか、ちらちらとこちらを伺っていた。
俺はそんなアンナに、密かにアイコンタクトを送る。
「きゃっ!? ご、ごめんなさ~い!」
その瞬間、人混みの向こうからアンナのやや棒読み気味の声が聞こえる。
べちゃっ
次の瞬間アンナは隣に立っていた女性のドレスの裾を踏んづけて盛大に転び、皿に載っていた肉団子が二つすごい勢いで飛んできて、俺とミレイユの服を汚した。肉団子にはいい匂いのするソースがかかっており、俺の質素な服はともかく、せっかくミレイユが用意したきれいなドレスは台無しだ。
「すみません、服が汚れてしまったので着替えてきますね」
それを見て俺はドムラー公にそう言うと、ミレイユに目配せする。
ミレイユも俺の意図を理解したのか頷いた。
「ちっ……」
ドムラー公は不快そうに舌打ちしたが、さすがにミレイユの汚れたドレスを見てこのまま話を続けろとは言えない。俺はミレイユを連れてそそくさとその場を去るのだった。




