ドムラー公デイビス
ドムラー領の中心部にある都市エールに着くと、これまでの荒廃した畑と同じ領地とは思えないほどの繁栄ぶりを見せていた。通りには高級な食品や装飾品を売る店が並び、役人や商人がせわしなく往来している。加えて今日はパーティーのせいか、貴族のものと思われる馬車も何台か見えた。
「うわ、突然別世界に来たみたいだ」
「はい、ドムラー公は領地から集めたお金を派手に散財していますので街の中心にはそれ目当ての商人が集まるのでございます」
「うわぁ……」
「しかも今日はパーティーですから、特に稼ぎ時でしょう」
そんなことを話していると馬車は街の門を入ったすぐの場所で停まる。
「色々教えてくれてありがとうな」
俺は商人に礼を言うと、再びアンナと二人になって屋敷へと向かった。
ドムラー公の屋敷は広さだけでエクハルト伯屋敷の十倍ほどもあり、高い塀で囲まれてはいるが、その上からきれいな建物と、一昔前に流行った建築様式で建てられた尖塔や装飾を凝らした屋根が目に入る。
屋敷の前にはすでに他家の馬車がいくつも停まり、着飾った貴族とそのお供たちが続々と門に入っていく。俺とアンナもそれに続いて入ろうとするが、それまでの客には何も言わなかった門番が突然俺たちを制止する。
「待て、お前たちはどこの者だ」
「エクハルト伯ハーゲン・アーノルドの次男カミル・アーノルドだ。こっちは供のアンナ」
「エクハルト伯の……? 嘘だろう? いくらあの“ビッチニート貴族”とはいえ身分を詐称するのは許されないぞ」
そう言って兵士は剣に手をかけて剣呑な視線を俺たちに向けた。
うわ、あだ名が合体してる……。
が、それを見てアンナも、俺と兵士たちの間に割って入って負けじと剣に手をかけた。
「ちょっと、いくらカミルが“ビッチニート貴族”だからって本人にそんなこと言うのは失礼だよ!」
「いや、そこは否定するところだろ」
「……否定出来る要素ある?」
厳しい……さっきまで食べ物のことしか考えてなかった癖に。
そんなことを思いながら俺は外套の内ポケットに手を伸ばす。
が、正門での騒ぎということもあり、すぐに後からやってきた貴族たちが二人を指さしてひそひそと話し出す。
「あれが噂のエクハルト伯家のカミル?」
「噂通りかそれ以上に冴えない恰好ね」
「いや、あれは偽物って噂だぞ」
「おい、門が詰まっている。どかぬと言うなら……」
そんな貴族たちを見て門番の兵士たちも殺気立つ。
「まあ待て、ほらあったあった」
俺はアーノルド家の紋章が刻まれた短剣を取り出す。
アーノルド家の宝物の多くは質に入れられていたが、これは数少ない残った宝物の一つであった。
それを見た門番はさすがに目の色を変える。
「も、申し訳ございませんでした」
「ああ、分かればいいんだ」
俺はどこか釈然としない門番たちの前を何事もなかったかのように通っていった。
中に入ると、建物の周囲には美しく手入れされた庭園が広がっていた。小川や噴水がある野山を模したエリアや、四季折々の花が集められた花壇などがあり、これを維持するのにどれほどの資金と人員がかかるのかと考えると気が遠くなりそうだ。
が、そんな俺には場違いな庭園を抜けて屋敷に入ると、そこにはさらに場違いな空間が広がっていた。天井には美しい意匠のシャンデリアがいくつもぶら下がり、壁には庭の風景をきれいに切り取った窓と古代の高名な画家が描いた絵画が並ぶ大きなホール。そこにはきらびやかに着飾った貴族たちが集められ、帝国各地の名産料理が所せましと並んでいた。
「わぁ、すごい! おいしそうな料理がたくさん!」
それを見たアンナは先ほどの馬車での会話など忘れたかのように目を輝かせる。目の前の料理を前にドムラー公の所業など頭から吹っ飛んでしまったらしい。
「ああ、俺は挨拶とか色々あるから好きに食ってきていいぞ」
「あいよ~!」
そう言うとアンナは料理に向かって駆けだしていく。
もちろんその様子を見て「あれがエクハルト伯のだめな方の息子か」「予想以上にうだつが上がらないな」「さっきも門で騒ぎを起こしたらしい」「しかもかなりビッチらしい」「何であんなやつがモテるんだ」などささやく声もあったが俺は一向に気にしなかった。家は兄が継ぐ以上俺の評判なんてどうでもいいし、むしろモテると言われて少し気を良くしたぐらいだ。
それから少しして、でっぷりと太った着飾った男がぞろぞろと供を連れながら正面の壇上に上がる。いかにもな“悪徳貴族”の外見をした彼こそがこの屋敷と領地の主であり、俺とはけた違いの数々の悪評を持つドムラー公デイビスであった。
貴族たちも、面と向かって彼の悪口を言えないから俺の悪口を言って気を紛らわしているというところもあるのだろう。ていうかそうであってくれ。
「本日は皆さま、遠路はるばる集まっていただきご苦労であった」
彼がそう言って軽く頭を下げると盛大に拍手が鳴り響く。
俺も一応、見とがめられないように形ばかりに手を叩いた。
「さて、知っての通り皇帝陛下の東異征伐遠征もこれで八度目。帝国始まって以来の軍才を持つ陛下でありながらこれまでの戦いは苦難の連続であった。しかししぶとい東異どももさすがに限界を迎えているはず。こたびこそ彼らを撃滅できるかどうか、運命の分かれ目と言えるだろう」
ドムラー公の演説はこの場にいない皇帝に対する阿諛追従に満ちた聞くに堪えないものであり、内容も全く現実に即していない。撃滅どころかかつて獲得した領地はいくつも奪われ、今回の戦いはそれをいくつ取り返せるかという程度の戦いだった。
強いてあっているところがあるとすれば、帝国始まって以来というほどではないにしろ、皇帝ディートハルトには軍才があるということぐらいだろうか。実際のところ、皇帝が軍を率いての直接対決では帝国軍は東異にかなりの勝率を誇る。もっとも、いくら戦勝しようが帰国すれば奪った領地は奪い返されるし、帰国しなければ戦費が無限にかさんでいくのだが。
演説を聞いて白けていた俺は注意深く辺りを見回す。一生懸命聞いている振りをする者も多いが、内心の呆れや諦観がにじみ出ている者、俺と同じように周囲の様子を伺っている者など様々でもあった。
「……と言う訳で国元に残る我らとしては陛下の勝利を祈願することこそが最大の義務ではないか! さあ皆で共にヨハネス神に勝利を祈願しよう!」
その後数分に渡る長々とした演説を終えると、彼はこちらに背を向ける。そして広間の前面に置かれた神像に手を合わせ、来客たちもそれに倣った。ちなみにドムラー公が敬虔な信徒という話は聞いたこともないのでこれも”陛下のために祈りを捧げる忠実な臣下”のポーズなのだろう。
全員が(本心はともかく)祈りを捧げ、喧噪に満ちていた会場はしんと静まり返った。
一分ほど経って祈祷が終わると、ドムラー公は再びこちらを向いて言う。
「これでヨハネス神に祈りは届いたし、陛下もご満足くださることだろう。もっとも」
そこで言葉を切るとドムラー公はそれまでの上機嫌から一転、威圧するように周囲を見渡しながら言う。
「今日ここに見えなかったエンゲル伯を始めとする数人の者たちには厳しい鉄槌がくだるだろうが」
『……』
その言葉に広間から声にならないざわめきが漏れる。
冒頭の彼の中身のない挨拶は自分がいかに皇帝に忠義を尽くしているかを示すものであった。この場にいる者たちはそれに形ばかりに従っているが、逆に言えばこの場にいない者はそのようなパーティーへの参加を拒否したということになる。
恐らくドムラー公はこのことを盾に来なかった者たちに揺すりたかりを働くだろう。そして要求を拒絶すれば彼は皇帝にあらぬ讒言をして、最悪謀反の罪に問われるかもしれない。集まった者たちの誰もがそれを想像したに違いなかった。
ドムラー公が嫌いなのか、忙しいのか、パーティーに行くお金がないのか、色々理由はあるだろうが、その選択により余計大きな困難が降りかかることになるだろうと思うと同情してしまう。
そんな恫喝めいた宣言を終えるとドムラー公は気味の悪い笑顔を貼り付けて言う。
「いや、突然変なことを言ってすまなかった。ここに集まってくれた陛下への忠義に溢れた皆には関係のない話だったな。今日は皆のために国中の珍味を用意した。堅苦しい話は終わりにして、ここからは大いに楽しもうではないか!」
そんなドムラー公の言葉により、立食形式のパーティーが始まる。そしてようやく長話から解放された貴族たちは談笑しながら立食を始めた。
彼の人間性はともかく、このように常に背後の皇帝をちらつかせながらしゃべることで周辺貴族たちが逆らえないようにするという立ち回りは、悪い意味で見事ではあった。
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