パーティーへ
「カミル様、そのような格好でドムラー公の元へ向かわれるのですか!?」
数日後、屋敷を出ようとした俺はもはやすっかり聞きなれたライナーの呆れ声に止められる。
実際、俺の服装は平服に外套を羽織っただけ。平民からすれば普段の服装も十分高級品ではあったが、貴族のパーティーと言うからには礼装をしていくのが常識であった。
「ああ。そもそも父上や兄貴はともかく、俺の礼服なんてないだろ?」
「それはそうですが、それなら招待状が来た時に一声かけていただければ用意しましたものを」
「別に俺はパーティーに名声を上げにいく訳じゃない。ただ余計な疑いを招かないために行くだけだ」
口には出さなかったが、貴族の価値観などない俺にとってパーティー用の豪華な礼服など無駄遣いでしかなかった。エクハルト伯家の財政は火の車だし、余計な出費は銅貨一枚でも少ない方がいい。
「ですがそれでは礼も知らない貴族と噂されますぞ」
「大丈夫だ。俺はすでに『ビッチ』『股間が緩そう』などと言われてるからな」
「~~っ!?」
自分から不名誉なあだ名を口にするとライナーは絶句する。普段あれほど説教してくるのに、俺が自分からこのあだ名を言うといつも怒ったような反応になるよな。
とはいえ彼が何と言おうと俺にとって他人の評判のためにエクハルト伯家の財政に負担をかけるつもりはなかった。
もっとも、久しぶりにミレイユと会うのに野暮ったい恰好を見せてしまうということだけには忸怩たる思いはあったが。
「ですがせめて供ぐらいつけてはいかがですか。お一人では酔った女性に襲われて万一ということも……」
そうか、この世界では男の一人外出にはそういう危険が伴うのか。
とはいえ今のエクハルト伯家に余分な人員はいないのだから供と言っても何らかの人員を引き抜くことになってしまう、と俺が反論しようとしかけた時だった。
「そうだよ、カミルはあぶなかっしいところがあるし、アンナが護衛するよ!」
そこへ言い争いを聞きつけたアンナが出かける準備万端といった様子でやってくる。まあ彼女も出かけるのに必要なものを荷物にまとめた程度で、服装自体は俺と同じようにいつも通りなのだが。
「いや、貞操的な意味ではお前が一番危ないだろ!」
転生初日の朝のことを思い出しつつ突っ込みを入れると、アンナはてへっと笑う。
「ま、まあその件はいったん置いておくとして。一応伯爵家の息子なんだし、武力的な意味でも護衛はいた方がいいって」
「いや、アンナはただパーティーで出るうまい料理が食べたいだけだろ?」
唐突にカミルの記憶からアンナが暴食する記憶がいくつも蘇ったので再び突っ込むと、図星だったらしく「うっ」と呻くような声が聞こえる。
が、やがて彼女はしおらしい顔をすると俯きながら言った。
「だって最近うちで出る料理は妙に水っぽいというか……」
「うっ」
「はぁ、カミルは貴族だからついていけばいっぱいおいしいご飯食べられると思ってたのにな……」
そう言って彼女は上目遣いにちらちらとこちらを見てくる。学園に平民からの特別入学を果たしたアンナにとっては、貴族と聞けばどこでもおいしくて高級な料理がたくさん出てくると思っていたのだろう。
節約のためやむを得ずではあるのだが、アンナの悲しそうな顔を見て少し胸が痛くなる。食いしん坊の彼女にとっては少し物足りないのかもしれない。
それにアンナとミレイユも俺を介してではあるが一応友人でもあった。久しぶりに顔を見れれば嬉しいだろう。
「分かった、アンナはついてきていいから」
「やったー! 食べ放題、食べ放題!」
満面に笑みを浮かべ小躍りして喜ぶアンナ。
俺一人で行くよりもっと評判が下がるような気がしたが、アンナが喜ぶならまあいいか。
「ライナーもそれでいいな?」
「はい、まあ」
ライナーは渋い顔で頷く。
どう見てもただの食べ盛りの子供にしか見えない彼女であるが、武術の腕はすさまじく、平民の出でありながら武術一本でアストレア帝立学園に特別入学した異色の経歴を持つ。貴族の品位とかは微塵もないが、護衛としてこれほど適した人物もいないとライナーも認めざるを得なかったのだろう。
「よし、これで決まり! あぁ、お肉~♪ お魚~♪ 無限のお料理がアンナを待っている~♪」
アンナは腰に差していた剣を鞘ごと抜いて、指でくるくると回しながら雑な鼻歌を口ずさむ。
こうして俺はラフな格好に少女一人という貴族らしからぬいでたちでドムラー公の領地へ向かった。
「うわ、これは酷いな……」
俺とアンナは街に出ると乗合馬車でドムラー公の領地へと向かった。本来、普通の貴族であれば自家の馬車で向かうものだがうちにそんな無駄なものを維持する余裕はない。そのため俺はアンナと、そして平民の乗客たちと一緒に乗合馬車に揺られていた。幸い(?)俺もアンナも質素な身なりをしているので乗合馬車にも溶け込んでいる。
が、エクハルト領とドムラー領の領境沿いの大きな街を出た瞬間、周囲に広がる荒廃した畑が視界に飛び込んでくる。数年前、場所によっては十数年前までは恐らく耕されてはいたのだろうが、今はすっかり放棄されているようだった。
「はい、ここは酷いものですよ」
隣に乗り合わせた商人風の男がひそひそと囁く。
「やはり重税か?」
「はい、ただでさえ若い男は徴兵されて遠征に向かわされ、残った女子供で必死に畑を耕しても収穫した作物は根こそぎ税で持っていかれる。そのため農民は逃げ散ってしまったようです」
「それは酷いな」
最低なことにドムラー公は自分は遠征に行かないのに、領民は家臣に率いさせて皇帝の元に送っているらしい。
本当に、奴は皇帝の寵愛と自分の保身が出来ればどんなことでもするようだった。領主としては最悪だが、自分も父と兄のおかげで遠征に行かなくて済んでいる身なので口汚く罵ることも出来なかった。
「まあでも、この辺りは皆似たようなものですからねぇ」
言外に「悪いのは皇帝だから誰が領主でも大して変わらない」と言いたげである。もちろん、そんなことを口に出せば罰せられるので曖昧に言ったのだろう。俺も「そうだな」と曖昧に頷く。
が、そこで不意にアンナが口を開く。
「はぁ、じゃあパーティーに行っても大した料理は出てこないのかな?」
それを聞いて商人はぎょっとしたような顔になった。
「えぇ!? もしやあなた方はドムラー公のパーティーに向かうのですか!?」
「あ、ああ」
まあこんな格好で供もアンナ一人ではただの旅人だと思われても仕方ないか、と俺は少し気まずくなりながら頷く。
くそ、せっかく溶け込んでたんだからわざわざバレるようなことを言わなくても良かったのに。
そんな俺に商人の男は蒼白な表情で手を合わせる。
「あの、先ほど言ったことは是非ご内密に……」
「分かってる、元々この話題を始めたのは俺だしわざわざ告げ口みたいなことはしない」
それを聞いてそのことを思い出したのだろう、彼は露骨にほっとした表情になった。こんなことを告げ口されれば首が飛んでもおかしくはない。
「しかしそちらのお嬢さんご安心ください」
「どうして?」
アンナが首をかしげると、商人は皮肉めいた笑みを浮かべて言った。
「ドムラー公は領地から根こそぎ集めた金で豪華な屋敷で暮らしていますからね。パーティーを開いたとなればきっと素晴らしいご馳走が並ぶはずですよ」
「そんなぁ。それを聞いたらせっかくのご馳走もまずくなっちゃうよ……」
出かける時のハイテンションもどこへやら、ずーんと落ち込むアンナ。
そして屋敷がある街に着くまで気まずい旅は続くのだった。




