学園回想 ミレイユ編Ⅰ-2
ミレイユと談話室に向かうと、そこには授業と授業の間が空いて暇をつぶす生徒や勉強会をする生徒の姿がちらほらとあった。
俺は席に着くと早速尋ねる。
「まず、ミレイユさんは戦史の何が苦手なんだ? 他の科目が出来るってことは何か原因があると思うんだが」
優等生のミレイユはアンナのように机に向かって教科書を読むだけで眠くなったり身体がむずむずしたりするタイプとは違うだろう。
「ええ、正直に言うと純粋な興味の問題ね。今後私が他家に嫁ぐにしろ、婿をとってブリュメール家を継ぐにしろ、政治や経済といった知識は必要になる。それに文化や魔術には個人的な興味もあるわ。だから他の歴史はそれなりに出来るんだけど、戦史だけはちょっと」
ミレイユは神妙な表情で答える。
確かに穏やかで大人しそうなミレイユが戦争で剣を振るったり指揮をとったりしている姿は全く想像がつかないし、戦争でどっちがどんな陣形をとったとかどんな兵器を使ったとかにも興味がなさそうだ。
するとミレイユははっとしたように言った。
「でもそれで言えばカミル君もそういうタイプには見えないわ」
「そうだな。俺も戦記物や歴史物が好きだから元々詳しかったってだけだ」
俺も武術が得意な訳ではないし、兄上がいる以上エクハルト家の軍勢を指揮することはないだろう。だからこれは純粋な趣味だ。
「なるほど、そういうことね」
「ああ、どうにかミレイユさんにも興味を持ってもらえればいいんだが……。そうだ、政治史とか経済史が好きならそこをとっかかりにしてみるといいかもしれない」
「どういうこと?」
「例えば今日の授業でやったシュライン川の戦いを例に説明してみよう。その時の政治的な背景とかは分かるよな?」
尋ねながら、俺は懸命に頭を動かしてミレイユに分かりやすい説明を考える。
「ええ、皇帝ハインリヒによるアストレア帝国統一の最後の戦いね。ただ当時この辺りを支配し、ハンブルク王国の国王を自称していたエドマントは最後までハインリヒによる統一を拒んでいた」
さすが優等生、戦史以外についての知識はすらすらと出てくることに俺は感心してしまう。
そう、今でこそこの辺りは広大なアストレア帝国が支配しているが、初代皇帝ハインリヒによる統一前は大小さまざまな国が乱立しており、エドマントのハンブルク王国もそのうちの一つであった。
「そうだ。ではなぜシュライン川が決戦の場になったと思う?」
「う~ん、確かシュライン川周辺は穀倉地帯だったわ。ハインリヒはそこを制圧しようとしたのかしら」
「そうだ、そのためにハインリヒは宣戦布告してハンブルク王国領に侵入した。そして当然エドマントはそれを防ぐために兵を出し、川を挟んで向かい合った。ハインリヒは圧倒的な兵力を擁していたが、シュライン川の川幅は広く、渡るとなれば大きな損害が出てしまう」
そんな俺の説明をミレイユはうんうんと頷きながら聞いている。
政治史は得意とするだけあって、戦いが始まるまでの経緯はばっちりらしい。
「でもそれなのになぜエドマントは自分から川を渡ったのかしら。不可解だわ」
そう、この後エドマントの軍は川という最大の防御を放棄して渡河作戦を決行する。
授業ではその理由が語られずに軍の動きだけを解説されたのでミレイユのように戦いに興味がない生徒は理解出来なかったのだろう。
「シュライン川周辺には豊かな平原が広がっている。エドマントはそこを守らなければならない。もしミレイユさんがハインリヒだったらどうすると思う?」
「えっと……とりあえずシュライン川北部の支配を固めるとか?」
「確かにそれも一つの手だが、ハインリヒはそんなまどろっこしいことはしなかった。いきなりシュライン川北部の小麦を刈ったんだ」
「えぇ!? でも確か戦いは夏ごろで、収穫の季節ではなかったのよね?」
俺の言葉にミレイユは目を丸くした。
普段穏やかそうな彼女は驚く顔もかわいい、と勉強中なのにも関わらず俺はそんなことを考えてしまう。
「いわゆる青畑刈だな。もしそんなことを許せばシュライン川北部は今後エドマントに従わないだろうし、仮に従ったとしてもその年の税収はなくなる。そこでエドマントはやむなく渡河を決行したという訳だ」
「なるほど……。でもそういうことなら、どうして先生はそう説明してくれなかったのかしら」
理解すると同時にミレイユは当然の疑問を口にした。
「それは……今の話はアストレア帝国の正式な歴史書に記載されてるものじゃないからな」
「えぇ!? じゃあ真偽不明ってこと!?」
「一応そうなるが……。しかし隣国の史書などにはしっかり書かれている。これは俺の推測だが、恐らく建国の英雄であるハインリヒがこのような戦法をとったことを伝えたくはなかったのだろうな」
「そうね。その辺りは今はしっかりと帝国領になっている訳だし、そんな事実が残っていればそこに暮らす人はいい気持ちはしないでしょうね」
ミレイユは納得したように頷く。
戦史のマーリン先生は悪い先生ではないのだが、帝国の公式な史書に書かれていることのみを元に授業を行っている。そのためこのように時々、重要な出来事が省かれていることがあった。
「理解出来たわ。ありがとう」
そう言ってミレイユはにこりと微笑む。
その柔らかな微笑みを見て、俺は人生で一番、戦記物オタクであったことを良かったと思った。
「いや、大したことじゃない。ただこういうのが趣味ってだけだ。それでエドマントの渡河作戦だが……」
「何で彼はわざわざこんな遠いところを迂回して渡ったのかしら」
「帝国軍の目を避けるためだが、実はその辺りの民は帝国への忠誠心が低くてエドマントに協力的で……」
「そ、そうなの!?」
「ああ。それでエドマントの軍勢が向かうと、川底が浅くなっている秘密の渡し場を教えてくれたんだ」
その後も俺はハンブルク王国征服戦争について、その経過を出来るだけ政治や経済の事情と結び付けて説明する。
戦史を苦手にしていたミレイユだが俺の説明は理解してくれたようだった。俺の方も最初はミレイユのような美少女と会話出来る機会を喜んでいたが、次第に彼女に教えること自体が楽しくなってきて、あっという間に一時間が経過した。
授業の終わりを告げる鐘が鳴り、俺たちははっとしたように会話を止める。
「あっ、そろそろ次の授業に行かないと。カミル君の説明が分かりやすくて一瞬だったわ」
「それなら良かった。俺もミレイユさんに教えられて楽しかったよ」
「そう言ってくれてありがとう。あの……もし良ければまた教えてくれない?」
ミレイユは少しためらいがちに尋ねてくる。
俺は力強く頷いた。
「ああ、もちろん」
「ありがとう」
そう言って彼女は花が咲くような笑みを浮かべる。
ああ、こんな清楚な同級生にこうやってお礼を言ってもらえるなんて最高だ……。
「はっ!?」
そこまで思い出したところで俺は目を覚ます。
どうやらミレイユの話を聞いたせいで彼女との出会いを思い出したらしい。
夢の中の俺は俺ではなくカミルの人格だったが、こうして追体験してみると基本的にはいい話なのに貞操逆転部分だけが妙に浮いているように感じられてしまう。
にしても俺は男なのに「ビッチ」とか言われてたのか。まあ元の世界で言えば、女子の友達はいないのに男友達を複数人作ってる女子みたいなイメージを持たれていたんだろうな。
そしてそういう常識のこの世界でも”清楚”なミレイユは、俺が思ってる清楚キャラよりも数倍珍しいってことなんだろうな。
そう思うと憂鬱なパーティーが少しだけ楽しみに思えてくるのだった。




