学園回想 ミレイユ編Ⅰ-1
アストレア帝立学園はアストレア帝国初代皇帝ハインリヒが帝都に建てた、帝国の次世代を担う者を育てる学園である。
主に貴族の子女が通うが、ハインリヒの強い意向により、何らかの才能を発揮して教員のお眼鏡に叶えば、平民でも特別入学という形で入学することが出来た。
貴族であれば若いうちから幅広い人脈を養うことが出来るし、平民にとっては入学さえすれば一気に出世の道が拓ける。そのため貴族の子女は特段の事情がなければ帝都に留学して学園に通い、何らかの才能がある者はこぞって入学を目指した。
教科は幅広く、例えば歴史一つとっても『帝国政治史』『帝国戦史』『帝国文化史』『帝国魔法史』『帝国経済史』『大陸政治史』『大陸戦史』……などたくさんの科目があり、座学だけでなく武術や魔術の実技もあった。それらのうち必修科目に指定されたものと、一定数の選択した科目を受講することで進級することが出来る。
「……という訳で初代皇帝ハインリヒは現状アストレア帝国の領地とされている地域を統一したのだった。本日の授業はこれで終わるけど、次の授業ではこのアストレア建国戦争までの範囲を試験するから各自復習しておくように。それでは」
そう言って『帝国戦史』の担当教員であるマーリンは教室から去っていく。それを聞いて一部の生徒たちから「うぎゃああっ」という悲鳴があがった。どの授業であれ“試験”という単語が出ると脊髄反射で悲鳴を上げる者はいるものだ。
「うわ~ん、試験とか無理だよぉ。何か人名と地名がいっぱい出てきて聞いてるだけで眠くなるし、戦争なんて勝ったんだからそれでいいじゃん!」
が、特に悲痛な声をあげたのは俺の隣に座っていたアンナだった。彼女も他の生徒同様貴族服を模したブレザー型の立派な制服を着ているが、丈あまりして袖も裾もぶかぶかになっていて、明らかに服に着られている感じがある。
平民から武術の腕だけで入学した彼女は合格当初は有頂天になっていたものの、(彼女にとって)難解な座学の数々にすでに心が折れそうになっていた。
「いや、それを言ったら歴史の授業全部無意味になるだろ」
思わず突っ込みを入れるとアンナは真剣な表情で首を縦に振る。
「うん、こんなの無意味だよ。昔のことを知ったところで今更どうにもならないし」
「いや、今後のことを考えるのに過去の知識が必要なんだって」
俺が一般論的な返答をするとアンナの顔がげんなりと歪む。
「うわぁ、これ出来る人の言い方だ……。こんなたくさんの人名とか地名覚えたところで、頭がいっぱいいっぱいになるだけで今後のことを考える役になんて立たないよ。大体カミルはどうやってこんなの覚えてるの?」
「どうやってって言われても俺はそういうのが好きだからとしか」
駄々をこねる少女を見てどうしたものか、と俺は考える。彼女の場合、放っておくと本当に赤点祭りで退学しかねない。せっかく仲良くなった以上一緒に進級したいが、座学は全滅に近い状態なのでそれはかなり難しい。
「まあとりあえず教えてあげるから一緒に勉強……」
俺だってそこまで成績がいい訳ではないが、一応友達だし出来ることをしてやろう。そんな善意の提案を口にしかけた瞬間、アンナは目にも留まらぬ速さで教科書をカバンに詰めて立ち上がる。
「あ、次は槍術の授業だった! またね!」
「え、ちょっと、じゃあ放課後にでも……おいっ」
が、俺の言葉など耳に入らなかったように、というよりは入れないようにアンナはすさまじいスピードで走り去ってしまった。
「はぁ、本当に一体どうしたものか……」
自分で言うのも何だが普段はかなり懐かれている気がするのに、勉強の話をするとすぐこれだ。
やはり彼女に勉強させるにはそれ相応の餌を用意しないと、などと考えていると入れ替わりに一人の女子生徒が声をかけてくる。
「あの、カミル君は次の授業ないのかな?」
「ああ」
そう言って彼が振り向くと、そこに立っていたのは銀髪の美しい少女だった。長くてきれいな銀髪を編み込みにし、知性が秘められた深い眼差しに、穏やかそうな口元。かわいらしさと綺麗さを兼ね備えた顔立ちに加えてスタイルも良く、制服の胸元は膨らんでいるのに腰回りはきゅっとすぼまっていて、スカートから伸びる足はすらりと長く、タイツに覆われている。
「ミレイユさん!?」
ブリュメール伯爵家の長女で、美貌だけでなく成績もよく、普段は上流貴族のお嬢様たちと一緒にいるし、その気になれば美男美女が集うこの学園でも恋人は選び放題だろう。
ブリュメール伯家はエクハルト伯家の近くに領地を持つということもあってお近づきになりたいと思っていたが、俺は実家が貧乏な上、すでにとある悪評が立っていたため彼女の方から声をかけてくるとは思ってもみなかった。
「うん、もし良かったら戦史を教えてくれない? も、もちろん変な意味はないから!」
俺はあまり縁がないが、もっといい家柄出身の男子はよく”勉強を教える”ことを口実に女子からアプローチされるらしい。
とはいえその気になれば男なんて選び放題な彼女がわざわざ俺を選ぶとは思えないし、彼女からはそういう噂を聞かないから本気なのだろう。
「それは疑ってないけど、むしろ俺の方こそ変な噂があるのにいいのか?」
俺は幼いころのとある事件により、同い年の男子に苦手意識を拗らせていた。
そのため入学してからはアンナを始め、女子の友達ばかりを作りがちになっていたのだが、そのせいで「複数の女子をキープしている」「思わせ振り男」「ビッチ」「股間が許そう」などと陰口を叩かれていた。
「構わないわ。私はそういうことにあまり興味がないし。も、もちろん忙しかったら無理にとは言わないけど」
確かに本当に勉強を教えてもらうのが目的ならそういうことはどうでもいいか。
それは理解したものの、驚きは大きい。何せミレイユはその大人しそうな見た目通り、座学全般を得意としているイメージがあったからだ。
ちなみに俺は勉強は苦手ではないものの、どうしても好き嫌いによって成績にムラが出てしまい、総合では中の上から上の下といったところだ。
「それは分かったけど、でも俺がミレイユさんに教えられるのか?」
「実は私、戦史の授業ってあまり得意じゃなくて。カミル君この前当てられた時すらすら答えてたでしょう?」
「それはそうだけど、俺より成績いいやつなんて探せばいると思うが」
確かに俺は史書や物語を読むのは好きだが、だからといって成績が最上位という訳ではない。
確かにミレイユのような清楚な女子とお近づきになれる機会は逃したくないが、どうしても疑問に思ってしまう。
「この前談話室でアンナさんに教えているのを聞いてしまって、すっごく分かりやすくて教え上手だなって」
「あぁ……」
それを聞いて俺は腑に落ちた。
「すっごく分かりやすく上手に教えないとアンナには伝わらないからな」と思ったが、彼女の名誉のためにその言葉は胸にしまっておこう。
「分かった、そこまで言ってくれるなら喜んで教えよう」
それを聞いたミレイユの表情がぱっと輝く。
「良かった! ありがとう、代わりにもし私に教えられる教科があったら遠慮なく言ってね」
「ああ。じゃあ早速談話室に行こうか」




