カミル・アーノルドの日常
「お待たせして済まなかった。非才の身ゆえ、政務が滞ってしまっていてな」
部屋に入るなり俺はしゃあしゃあと嘘をつく。
応接室のソファに座っていたのは目をぎらぎらと輝かせ、高そうな服を着たいかにも欲深そうな男だった。ただの徴税吏の癖に俺より高価な服を着ており、むしろこちらが貴族のようだ。同じ服をずっと着まわしている俺とはえらい違いだ。
一体この国はどうなってるんだ?
彼は俺の姿を見るとゆっくりと立ち上がって慇懃に頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそお忙しい中押しかけてしまい申し訳ございません」
それを見て俺は内心ため息をつく。
丁寧な言葉遣いで深くお辞儀をしているというのに、なぜか彼からは誠意のようなものを全く感じない。まさに慇懃無礼という言葉が似合う男であった。
まあ俺も転生前に培った営業のスキルで、心にもない笑みを浮かべてもてなす訳だが。
「いやいや、それがあなたのお役目だろう。さ、座ってくれ」
「はい、失礼いたします」
そして俺たちは向かい合ってソファに座ると、彼が語り出す。
「まずは改めまして、もはや自己紹介も不要かと思いますがアストレア帝国徴税吏のノイマンと申します。このたびの東異遠征の軍費調達を陛下から仰せつかっております」
「それは大変なお役目ご苦労な事だ」
「そう言っていただけると嬉しいものです。貴家ではエクハルト男爵に加えて御曹司様も従軍しているとか。すでに大変ご活躍していただいているところ恐縮なのですが、追加戦費の納付はいつごろになるでしょうか?」
ノイマンの言葉を聞きながら、俺はカミルの記憶を探る。
アストレア帝国の当代の皇帝ディートハルトは敬虔なヨハネス教徒であり、同時に大変な戦争好きであった。
ヨハネス教というのは俺も含めたアストレア帝国全域、そして近隣の国々でも信仰されている一大宗教である。教え自体は善行や博愛による死後の救済を説く一般的なものだが、問題はその発祥の地である東方が、現在は異教徒により占領されていることであった。それを屈辱とした教会はかねてから奪還の機会をうかがっていたが、熱心な信仰に加えて元来の戦争好きもあるのだろう、ディートハルト皇帝はたびたび東方への遠征を繰り返した。教会では東方にいる異教徒をまとめて“東異”と呼ぶため、これらの遠征は“東異遠征”と呼ばれるらしい。
何というか、どこの世界でも同じようなことが行われているようだ。
とはいえいくら皇帝が東異の兵を蹴散らしても遠く離れた地を占領し続けることは難しく、遠征して土地を占領しては取り返されるということを繰り返していた。そして当然、何度も繰り返される遠征は人死にと国庫のひっ迫をもたらすばかりであった。
そんな遠征に父であるエクハルト伯爵ハーゲンと、兄のラルフ、さらに三千の兵が同行させられているというのに、エクハルト伯家はさらに追加の戦費の負担を迫られているという訳である。
そんなもの出せる訳ないだろう、という言葉を飲み込んで俺は手ずから彼の前のティーカップに紅茶を注ぐ。俺たちが軍役や重税でひぃひぃ言ってる中肥え太っているこの男の機嫌をとるというのが半分、屋敷に余計な使用人を置く余裕がないのでこういう時に呼ぶ者がいないというのが半分であった。
ちなみに一介の徴税吏に過ぎない彼がここまで裕福そうなのは、どう考えても俺たちから集めた税金の一部を懐に入れているからだろう。
「悪いが当家は相次ぐ遠征で土地は荒れ果て、民は疲弊しきっている。さらに大黒柱である父上や兄上がおらず政務も滞っている。もう少し待っていただけないだろうか」
「ふむ、ご事情は分かりますがそれはどの家も同じ。何より陛下がどう判断するかですな」
そう言ってノイマンは意味ありげに笑う。
カミルの知識によると皇帝ディートハルトは短気で気が強く、自らに逆らう者は容赦なく罰してきたという。これまでも東異遠征に反対した者たちが数多く左遷・取り潰しなどに遭ってきたようだ。
そんな暴君を絵に描いたような皇帝が親征において、戦費を拒否したと伝えられれば烈火のごとく怒るだろう。要するにこいつは皇帝の命令を笠にきて俺を脅しているという訳だ。くそ、転生早々何でこんなことを。
内心かなり不愉快ではあったが、俺はそれを押し殺して愛想笑いを浮かべる。そして必死にカミルの記憶を漁り、打開策を考える。こいつの要求する戦費を出せば確実に家が傾く。もしくは更なる重税を課さなければならない。だがこいつは皇帝本人と違って、遠征自体はどうでもいいはずだ。
となれば……俺は現代で営業をしていた時のことを思い出す。
「まあまあそう言わずに。実はノイマン殿が来られたらと思っていいものを用意しておいたんだ」
「ほう、それは何ですかな?」
「ちょっと待ってくれ」
そう言って俺は自室に戻ると、引き出しを開ける。
中から出てきたのは大事そうにしまわれた精巧な銀細工の獅子だった。どうも最近帝都の富豪の間では金銀で細工された動物が流行っているらしい。これは転生する前のカミルが留学時代にプレゼントされたものらしく、そのことを思い出すと心が痛むが……。
今の俺にとって重要なのは転生前の思い出よりも今この場を切り抜けることだ。俺はそれを来客用の銘菓の箱に詰めると、急いで応接室に戻る。
「お待たせしてすまない。これを是非ノイマン殿に受け取ってもらいたくてな」
それを見た瞬間、ノイマンは何かを察したようににやりと口角を上げる。
「おや、一体なんですかな。ここで開けても?」
「もちろんだ」
俺が頷くと彼は菓子の箱を開ける。
そして中を見ておぉ、と顔を綻ばせた。
「まさかこのような美しい物をお持ちとは。しかも細部までなかなか細かく作りこまれており、大変すばらしい。ふむ、そういうことであれば仕方ありませんな。”エクハルト伯は陛下のために忠勤している”と伝えておきましょう」
「ああ、よろしく頼む」
そう言って俺が丁重に頭を下げるとノイマンは上機嫌で立ち上がる。
それを見て俺は内心ほっとすると同時に言いようのない嫌悪感がこみあげてきた。日本での接待経験が役に立ったが、悪い意味でスケールが大きくなっている。
俺はそんな気持ちをぐっとこらえて彼を自ら玄関まで送ると、彼は鼻歌を歌いながら豪華な馬車に乗り込んで次の貴族の元へ向かうのだった。
「あの、カミル様、彼は一体どのような難題をふっかけに来たのでしょうか? もはや当家には全く財貨の余裕はございませんが」
ノイマンが帰った後、ライナーがおそるおそる声をかけてくる。
執事と言っても彼の仕事は屋敷の家事ではなく、留守中のエクハルト伯家の財政を取り仕切ることであった。そのような彼にとってノイマンの要求ほど恐ろしいことはないのだろう。
ちなみに転生前のカミルは残念ながらあまり優秀な人物ではなかったらしく、実務はほとんどライナーに任せていたらしい。
「ああ、確かに東異遠征の戦費を払って欲しいと言ってきたが、誠心誠意当家の窮状を話したら今回は待ってくれるとのことだ」
「えええええっ!? あの地獄の悪魔よりも残酷、金がなければ相手の皮を剥いで帰ると言われる徴税吏めが!?」
ライナーはまるで信じられないものでも見るかのような大声をあげる。
実際、皇帝から戦費調達を命じられた徴税吏たちが貴族相手にした非道な仕打ちはいくつも聞いたことがある。
ある時は家にあった先祖伝来の宝剣や宝玉を持ち去ったり。
ある時は基金の救済にと集めたなけなしのお金を無理矢理供出させたり。
またある時は高利貸しから無理矢理借金させたこともあると言う。
もちろん、少し前まではそのような理不尽な要求をはねつけた貴族もいたが、彼らは皆皇帝の逆鱗に触れて取り潰されてしまった。
本来徴税吏と言えば貴族と対等な口を利ける立場ですらなかったが、戦費調達の仕事とその裏にいる皇帝の存在によって、突然このような権力者となってしまったのだ。
だからそんな徴税吏が支払いを待ってくれることなど本来はありえないことである。
「一体どのような手段を使えばそのような魔法のようなことが実現するのでしょうか?」
「別に大したことじゃない。あいつが欲しがっていそうな銀細工をたまたま持っていたから渡したというだけだ」
「そ、それはつまり賄賂ということでしょうか!?」
「し、声がでかい。賄賂とかではなく、エクハルト家の忠勤が評価されて納付を待ってもらったんだ」
俺がそう言うと彼はようやく声をひそめるが、表情にはまだ納得出来ない色が残っているようだった。
「ですが本当にそれで大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、父上も兄上も東異相手に必死で戦っているのは事実だろうからな」
いくら徴税吏に賄賂を贈ったところで、彼らが皇帝に「手心を加えるな。屋敷を売り払ってでも金を工面させろ」と言われてしまえばおしまいである。
そうなっていないのは、恐らく他にも戦費を出せていない家がいくつもあるからだろう。そうなった時、ノイマンは”より悪質な滞納”を槍玉に挙げてうちには目が向かないようにしてくれるはずだ。
「とはいえこれも一時しのぎ。いつまで持つかは分からないが、まあその間に陛下の気が変わって遠征が終わるのを待つしかないな」
「……」
「どうしたライナー、そんな神妙な顔をして」
「いえ、今日のカミル様は少し普段と違うなと……」
まずい、その場を乗り切るために頑張ったが、何か急に怪しまれている。
記憶を辿るに、今までのカミルはどちらかというともう少し頼りない感じの男だったらしい。
「はぁ、疲れた……。あいつと話すので疲れたから今日の政務はライナーが代わりにやっておいてくれ」
これで上がり過ぎた株も下がるだろうし、どの道今日はもう少し色々な記憶を取り戻すのに専念したいし、一石二鳥だ。
案の定それを聞いたライナーは顔をしかめる。
「いや、それとこれとは違いますし、そもそも”今日の”ではなくいつも任されているような……」
「任せたぞ!」
俺がそう言うと、ライナーは「やっぱり気のせいだったか」という顔をして去っていく。それを見て俺はほっと息を吐くのだった。
ご覧いただきありがとうございます。
おもしろい・続きが気になるなど思っていただけたらブクマ・☆評価お願いします!




