転生
「……ル、……ミル! カミル起きて! もうお昼だよ?」
「んんんんんっ……」
夢を見ていた俺は唐突な知らない女性の声と、ついでに身体が揺すられるような感覚で意識が引き戻される。ここ最近残業続きで睡眠がとれていなかったから身体が重い。
にしてもカミル? 誰だそいつは。俺はそんな名前じゃないんだが。もしかしてまだ夢を見ているのだろうか?
起きたくなさ半分、困惑半分で俺が反応を返さずにいると、俺の身体を揺する手が止まり、代わりにふふ、というかすかな笑みが漏れる。
「完全に寝ちゃってる。あ~あ、アンナは一生懸命起こそうと思ったんだけどな~。それでも女の子の前で無防備に眠り続けてるなんて何されても文句は言えないよね~?」
アンナ? この声の主はアンナと言うのか? まあ名前を聞いても全く誰だか分からない訳だが。にしても彼女、突然誰かに言い訳するようなことを言いだしたんだが、一体何をするつもりなんだ?
俺が困惑しているとごそごそと音がして足の方にかかっていた布団がめくれる気配がする。そして声の主の気配が近づいてきたかと思うと、俺のズボンに手がかけられた気配がした。その瞬間、本能的な危機感ゆえか俺の意識が一気に覚醒する。
「うわあああああっ!?」
叫びながら上半身を起こすと、布団の中で俺の下半身にまたがり、ズボンを脱がそうとしていた少女と目が合う。
「あ、起きちゃった、あと少しだったのに」
彼女はそこまで悪びれる様子もなく片目をつぶってみせる。
彼女、アンナは十代前半ぐらいにも見える華奢な体躯で、そのあどけなさと愛嬌を併せ持った顔には人なつっこい笑みが浮かんでいる。正直どれだけ酷いことをされてもこの笑顔を見せられたら思わず許してしまいそうなかわいらしさだ。
そしてピンク色のセミロングの髪をポニーテールに結んでおり、かわいらしさの中にも活動的な印象を受ける……ってピンク色の髪? そんなのアニメか漫画でしか見たことがないが、目の前の少女は全く違和感のないピンク色の髪をしている。俺は一体……いや、今はそんなことはどうでもいい。
何でこんな美少女が俺の布団に潜り込んでズボンを脱がそうとしているんだ!
「な、何をやってるんだ!」
「だって起きてこないから、好きにしていいっていうサインなのかなと思って」
そう言ってアンナは名残惜しそうに俺のズボンを見つめる。
それを聞いて俺は絶句した。
彼女はこんなかわいい顔をして一体何を言ってるんだ?
ていうか俺たちは一体どういう関係……それ以前にカミルというのは何者なんだ? そう思いつつ部屋を見渡してみると、そこは見慣れた俺のワンルームマンションではなく、テレビもパソコンも漫画もない、机とクローゼット、それに本棚があるだけの簡素な部屋だった。しかも全体的にどことなく違和感があるというか、ビニールやプラスチックのようなものが全く見当たらないというか、まるで中世風ファンタジーのような……
俺がますます困惑しているとアンナはこほん、と咳払いして布団から出る。
ノースリーブのシャツに革のベルト、丈の短いスカートという良く言えば活動的な、悪く言えば目のやり場に困る見た目をしているのだが、意外にもその手足にはしっかり筋肉がついていて鍛えているのが伺える。
「それよりライナーさんが呼んでたよ? 何か徴税吏の人が督促に来てるって」
「あ、ああ」
徴税? 督促?
税金を滞納している割には普通の部屋に住んでいるようだが……。
あとライナーって誰だ?
「分かった。とりあえず着替えるから出ていってくれないか?」
「は~い」
そう言ってアンナが出ていくと、俺ははあっとため息をつく。
どうやら俺は元々俺が暮らしていた現代日本とは全く違う世界のカミルという人物になってしまったようだ。
窓を開けると外からは太陽の光が差し込み、だるさが残っていた身体も覚醒するのを感じる。そして外に広がっていたのはあまり手入れのされてない、そして車やらコンクリートの塀やらが一切ない広い庭だった。
やはりここはアニメや漫画でよく見る中世風ファンタジー世界なのだろうか。
しかも早速徴税の督促とやらが来ているようだし、早くこの人物の記憶を取り戻さなければ。ん? こんな広い庭があるような家に住んでいるのに督促されるということは、もしかして俺は身分ある家の生まれなのだろうか?
すると俺は部屋の隅に姿見を見つける。これだ、と思った俺はそれを見て目を疑った。
そこに写っていたのは元の俺とは似ても似つかない青年だった。髪色は同じ黒だが、顔立ちはファンタジー風の目鼻立ちがはっきりしたものになっており、しかもそれなりにイケメンだ。年齢も恐らく十代後半ぐらいまで若返っている。
そんな自分の姿を見た瞬間、俺の脳裏に“自分”の記憶が蘇ってきた。
カミル・アーノルド。アストレア帝国南部の辺境の貴族、エクハルト伯爵家の次男だ。現在当主である父のハーゲンと、跡継ぎである兄のラルフは皇帝とともに隣国の遠征に赴いていて、俺は留守を預かっている。ライナーはエクハルト家の執事を務める老人だ。
一年ほど前まで帝都のアストレア帝立学園というところに留学しており、アンナとはそこで知り合って以降、武術の腕を見込んで友達兼家臣のような形で領地に連れ帰った。ん、友達兼家臣? どう考えてもさっきの距離感はそういう感じではなかったが……。
いや、今はそれよりも徴税吏か。とりあえず俺はクローゼットを開けると、中には漫画やアニメでしか見たことがないような服がたくさんかかっている。俺はその中から記憶の中の自分が一番よく着ていた、貴族らしい服を纏う。まあこの家が貧乏なせいか、漫画やアニメの貴族の服と違って全体的に古びているし、見えないところにほつれがあるが……。
着替えを終えた俺が部屋を出ようとした時だった。
「うわっ!?」「おおっ!?」
ちょうど扉の前に立っていた人物とぶつかりそうになり、互いに声を上げる。
黒い執事服を纏った白髭の老人、彼こそがライナーのようだ。彼の服も多少古びてはいるものの皺やほつれが一切なく、彼の几帳面さをうかがわせる。
「失礼しましたカミル様。起こしにきたのですがご自分で起きられたようで良かったです。しかしカミル様は留守を預かる身であるというのにこんな遅くまで寝ているなんて困ります。もう少しエクハルト伯家の一員としての自覚をお持ちください。大体貧乏とはいえ伯爵家の生まれだというのに異性に対していつも無防備で、いくら仲がいいとはいえ婚約者でもない女性を私室に入れるなど……」
うわ、転生して早々説教が始まった。遅くまで寝ていたのは多分転生の影響だから勘弁して欲しいんだが。しかも放っておくと長くなりそうな雰囲気がする。
「悪い、徴税吏が来ているらしいから後にしてくれ」
面倒になった俺はそう言うと逃げるように応接室へ向かうのだった。
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